3
もう外はすっかり暗くなっており、室内もわずかなろうそくの火でともさているだけの闇に近い部屋である。それなのに、私は部屋の中が急に明るく輝いて見えるようになった気がした。
「バテレン様」
「
ルカスとヴァリニャーノ師が私を呼ぶ声が、同時に重なって聞こえた。
「あ、大丈夫です。続けます。その彼はさらにこう言います。心ある人々は聞きなさい、と。『
ルカスがうなずいたのを確かめてから、私は話を進めた。
「その時にヨブに話した人の言葉を借りれば、人がどんな良いことをしたからとて、それで人が『
私が感じたのと同じような魂の躍動を、ルカスも覚えているのかもしれないと、その無言だが真剣な表情を見て私は確信していた。
「そしてとうとう、『
ルカスはうなずいた。
「ここに『
一気に読んだ後で顔を挙げ、私は息を継いだ。そうして言った。
「誰も『
私はまた、聖書に目を落とした。
「非難する者、『
そしてまた目をあげると、ルカスの目に光るものを見た。
「それを聞いてヨブはこう言います。『
ルカスはうなだれて聞いていた。
「さて、バテレン・ヴァリニャーノ様がなぜこの『ヨブ記』のことをここで言いだされたか分かりますか?」
「はい、まっこつの意味でわいを慰め、勇気づけてくださるためやっちゃが」
「それもあるでしょう。しかし、あなたが通って来られた道、今の境遇に着いて、単に罪を犯した罰ではなくて、もっと深い意味があるということですね。たしかにこうすればこうなるという一定の法則、あなた方の言葉でいう
私は一度息を継いだ。
「先ほどはあえて言わなかったのですが。実はこの『ヨブ記』の冒頭に大事なところがあるのです。それは、なぜ『
フロイス師もここで、なるほどという顔をしていた。
「実はヨブは先ほども言いましたように、最初に完全であり正くて、『
しばらく考えてからルカスは、
「『
と小声で言った。それは私が予想していた答えとは違ったが、私の中のひらめきが勝手に話を合わせて続けていた。
「そうですね。信仰とは『
「はい。てげ昔やっちゃがけんどん、バテレン・トーレス様から聞いたげな気もしますじ」
「『
こうして私の話は終わった。終わってしまったら自分が何を言ったのかさえよく覚えていない。ただ覚えているのは自分で話しておいて自分の胸に突き刺さった『
ルカスもその妻も号泣していた。
「ありがたい。ありがたい」
と、ルカスは何度も言ってから、懐から十字架をとりだした。
「実は、おりが
ルカスは十字架を、我われに押し戴くように示した。
「財産はとうになくしたけんどん、ちっとばかり残されちょった家財道具も全部灰になりましたじ。でんたった一つ、たった一つ持ち出せたんがこん十字架と苦行のための鞭だけじゃったが」
「そうなると、もう間違いなく『
と、ヴァリニャーノ師も感動しながら、そこだけは日本語で言った。
「そっでもやはり、いろいろと罪は犯してたと思います。どうか告解をたのんます。そんために来ちゅうわけじゃから」
ルカスが言うので、ヴァリニャーノ師は今度はフロイス師に告解を聞くように言った。フロイス師はまずはルカスを連れて別室へと言った。次に妻となる。
その間ヴァリニャーノ師は私に、
「いや、よく勉強したね」
と言ってくれた。
「いえ、違うのです。私は何も考えていないのです。あれは私ではない。私が言うべきことは頭では何も考えなくても口が勝手に動いて、勝手にしゃべってくれました。本当に不思議な気分でした」
「あなたも、聖霊に満たされていたのかな?」
そう言ってヴァリニャーノ師は笑った。私も一緒に笑った。
まさか本当にそうだとは毛頭思っていないし、畏れ多くもおこがましい、そんな大それたことがあるわけもない。だが、先ほど私がヴァリニャーノ師に言ったことは本当だった。
「しかしやはり、
そういうヴァリニャーノ師は、いつしか真顔に戻っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます