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そしてその日の夕食の席で、ヴァリニャーノ師は自らの今後の
「来週の木曜日、すなわち二十五日は
このことは前から分かっていたことなので、誰も異存をはさむはずはなかった。だが、フロイス師は不在である。日本語ではフロイス師に負けないオルガンティーノ師も
「
いきなり私の名前を出されて気恥ずかしかったが、ただ私は笑顔でそれを聞いているしかなかった。
しかし正直なところ、いくら
ただ、高槻なら相手がポルトガル語が堪能なジュストだから、その分楽ではある。
こうして三位一体の祝日である次の日曜日が過ぎたらオルガンティーノ師を残して、我われは高槻に行くことになった。そして、やはり一時的にも安土を離れるのだから、そのことを信長殿にも申し上げて挨拶に行った方がいいだろうということになった。
早速、翌週もミサに現れたヤスフェに、信長殿に会いたい旨を伝えてもらうことになった。ヤスフェはその日のうちに帰ってきて、翌日早速信長殿は会ってくれるという旨を伝えに来てくれた。
翌日の午後、我われは安土城に登り、信長殿と二度目、都でを含めれば三度目の会見を行った。今回はヴァリニャーノ師とメシア師、トスカネロ兄、私と、純粋に豊後から来たメンブロだけだ。迎えに来た案内の武士にヴァリニャーノ師は、今度は大手の方から登場したい旨を申し出た。やはりこの前の道だと、
大手から本丸までは幅の非常に広い石の階段がほぼ真っすぐに続く。今回は、前にロレンソ兄のために信長殿が貸してくれた
天主閣では前回に信長殿と会った最上階ではなく、一つ下の赤い柱の八角形の階で信長殿を待った。ここは窓はあるもののそれほど大きくはないので少し薄暗く、照明の灯りの油がともされていた。ここも壁には彩色が施されたチーナの国の人物の絵がぎっしりと書かれており、実にきらびやかだった。そして信長殿が座る畳の下は、床までもが真っ赤であった。
割とすぐに、信長殿は現れた。いつものにこにこした顔つきだった。
「いやあ、前にいらしたときに、こちらからまたお招きすると言っておきながら、そちらから先にお越しいただいて申し訳ない」
かつて信長殿の家来は、信長殿が我われに笑顔で接するのを何か魔法をかけたのかとか言っていたが、家来たちにとってはこの笑顔はとても珍しいものなのかもしれない。しかし、どんなに笑っていても、信長殿のその瞳の奥には確固として動かざる芯のようなものがあるように感じられた。
私がその信長殿の言葉をポルトガル語でヴァリニャーノ師たちに伝えているのを見て、信長殿は首をかしげた。
「いつもの通詞のフロイス殿は?」
「所用がありまして、席をはずしております」
私が直接返事をすると、信長殿は私をじっと見た。そして、
「コニージョ殿はお若いようだが、だいじょうぶか」
と、笑った。
「若いといいましても、もう三十半ばでございます」
「予から見れば若い。のう、フロイス殿やウルガン殿(オルガンティーノ師)から見ても若いだろうに」
信長殿の笑いと共に、ほんの少しだが日本語が分かるヴァリニャーノ師も共に笑みを漏らしていた。そういうふうにヴァリニャーノ師は少しでも日本語を解してくれるので、私もその分だけ通訳としての荷が軽くなる。ただ、メシア師やトスカネロ兄は日本語がゼロだから気を抜くことはできない。
ひときわ笑いが収まると、ヴァリニャーノ師は軽く頭を下げた。
「お招きもなく、こちらから押しかけて申し訳ありません。実は今日は、お願いがあってまいりました」
私がポルトガル語で話されたその言葉を、日本語で信長殿に告げた。
「ほう、なんなりと」
「実は我われは安土に参りましてから約ひと月が立ちました。つきましては、この御畿内のいろいろな地方でまだ我われを待つキリシタンたちがおります。せっかく九州よりこちらに参りましたので、いろいろな土地のキリシタンを訪ねたいと思い、それをお許しいただきたく本日は参上しました」
やはりフロイス師のようにすらすらとはいかないが、ヴァリニャーノ師の言葉をなんとか意味が通じる日本語にして言えたようである。
「あい分かった。いずこなりとも好きなところに行き、また説教士などを派遣するもよし、思う通り存分になされよ」
私の通訳を待つメシア師やトスカネロ兄よりも先に、ヴァリニャーノ師は
「ありがたき幸せ」
と、自ら日本語で言って頭を下げていた。
「予もキリシタンの教えが広く伝わることをうれしく思うぞ。ただし、その巡業が終わればすぐにまたこの安土に戻ってきてくだされ。必ずだぞ」
「はい、たしかに」
もう一度頭を下げてから、ヴァリニャーノ師は信長殿を見た。
「上様もキリシタンにとお考えになったことはありませんか?」
この話題となると、その話に反対し、無理だと断定していたフロイス師がいない今こそ、この話題を持ち出すべきだとヴァリニャーノ師は判断したらしい。
私の通訳を聞いてから、信長殿の顔はほんの一瞬だけ曇った。だがすぐにまた笑顔に戻り、さらには大声で笑いはじめた。
「前にも言ったであろう。予は
それをヴァリニャーノ師たちに伝えてから、私は直接信長殿に聞いた。
「では上様は、やはり一切の
「いや、そういうことではない。地上の組織としての教団には、いかなる宗門宗派といえども帰依する気はないということだ。
もっともイタリア語の
「だが、どんな教団でも、地上に降ろされたその時に地上の組織として独り歩きを始めてしまう。特に前に話した
信長殿はそこで、声を上げて笑った。
「それを全山焼き討ちしただの、何千人もの首をはねただの、言いがかりも甚だしい。ま、どうでもいいことだがな」
信長殿の笑いは少々苦笑に変じていた。だがすぐに元の笑顔に戻った。
「そなたたちの耶蘇尊者は『
なんだか遠回しに、洗礼を受けることをきっぱりと拒絶されたようでもある。それにしても、信長殿の頭の良さと知識の豊富さには驚かされる。それがキリストの教えにまで及んでいるからさらに驚きだ。キリストの教えについては教義の内容を、信長殿の口ぶりからして、すでにオルガンティーノ師からかなりの部分まで聞いているようだ。
それで、その話はそれまでとなった。
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