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翌日の日曜日のミサに、ヤスフェはにこにこの笑顔で現れた。
三人ほど、首から十字架を下げた
ミサの後には彼は残ってもらって、洗礼のための
また、毎週ミサに与るかなり身分が高そうな
年の頃はまだ二十歳を少し出たくらいの若さだ。
私はある日、ロレンソ兄に
「ああ、
やはりカンベという名だった。通称は三七殿というらしい。
「今では養子に出て神戸の家を継いでいますが、あの方は上様つまり信長様の三男です」
あまりにさらりとロレンソ兄は言うので、私の一瞬聞き流しそうになって我に返った。
「信長殿の、お子?」
「はい」
私はしばらく口をぽかんとあけていた。そう言われてみれば、信長殿とよく似た顔をしている。
そして、ふと思い出した。我われが都からこの安土へ向けて出発する前夜に不意に教会を訪ねて来た貴人が、確か信長殿の三男といっていた。あの時は私は準備に忙しくてその貴人が帰る時の背中を見ただけで、その顔を直接は見ていなかった。
だが、たしかにその信長殿の三男は教会に理解はあるが、まだ
「信長殿のお子? キリシタンなのですか?」
「いえいえ」
ロレンソ師は含み笑いを見せた。ではやはりそうかとも思うが、疑問も残った。
「しかし、ミサには毎週来ているし、しっかりと十字架を首からかけていましたよね」
「まだ洗礼は受けていませんが、お心はもすっかりキリシタンでしょう。普段もお屋敷ではキリシタンと変わらぬ生活をなさっているようです。ご本人も今にでもすぐに洗礼を受けたいとのことですが、何しろお父君である上様のお許しがないと勝手には受洗できないとのことで、まだ受洗の希望をお父君は話してはおらず、今はそれを話すために父君の顔色をうかがっているところだそうです」
「あの我われに親しげに接してくれた信長殿ならば、すぐにお許しくださるのでは?」
「たしかに上様はキリシタンを手厚く保護してくださってはおりますが、ご自身のお身内がキリシタンになるということになりますと話は別問題なのでしょう。ですから、なかなか切りだせずにいるようですよ。何しろお子様方でさえ、お父君である上様を恐れていますから」
あのにこやかな信長殿の顔を思い出すにつけ、皆から恐れられているという話が私にはどうも実感がわかずにいた。
「ごミサには何人かお城のお
その三七殿の実の名は
このことはすぐにでもヴァリニャーノ師のお耳に入れておかねばならないと私が上階に上がろうとすると、
「バテレン・ヴァリニャーノ様にお話しなさるのでしたら、もう一人お話ししておいた方がよい人がおりますね」
と、ロレンソ兄は私を呼びとめた。もう一人とは、三七殿とほぼ同じ年ごろの一人の殿で、すでに受洗の準備をしているということだ。
もともとは信長殿の妹の婚家である
ちなみにマリアは信長殿の妹の元夫の姉というから、信長殿とはかなり近い親戚といいうことになる。
私は早速、ヴァリニャーノ師に以上のことを報告した。
「信長殿のお子が
と、ヴァリニャーノ師も目を輝かせてその話を聞いていた。
そうこうしてあっというまに月日は過ぎ、我われが安土に来てからちょうどひと月後、その頃の五月十四日の日曜日がこの年の
その数日前の夕食の席でフロイス師はヴァリニャーノ師に、
「ここから北の土地です。そこの
それを聞いたヴァリニャーノ師は、目をつぶって少し考えていた。さらにフロイス師は日本人の修道士の同行を求め、
「できればロレンソ
と頼んだ。ヴァリニャーノはフロイス師の北陸行きは認めるとしたが、
「ロレンソ
ということで、同行はもう一人の日本人の説教師である
そうこうして聖霊降臨の祝日がやってきた。週日ミサは持ち回りだったが、主日のミサはいつもオルガンティーノ師の司式だった。だが、この日だけは特別な日ということでヴァリニャーノ師が司式司祭となった。復活を祝う五十日間の最後の日に当たるこの祝日の、ヴァリニャーノ師の祭服は赤だった。
そしてこの式典中に、ヤスフェへの洗礼が執り行われた。代父はいつも共にミサに与っている織田家の
閉祭時にヴァリニャーノ師がミサの最後を告げる「イテ・ミサ・エスト(行きましょう、主の平和のうちに)」という言葉と同時に、私やオルガンティーノ師、トスカネロ兄は赤い花の花びらが大量に堂内にまいた。これはヴァリニャーノ師の指示であるが、我われにとっては当然のことであった。
あとでフロイス師からそのことを尋ねられたので、イタリア半島諸国では
故国のしきたり通りにやりたいというのがヴァリニャーノ師の考えだったが、日本には栽培された赤いバラというのはなく、また野ばらも白い花ばかりなので、バラということはあきらめざるを得なかった。
そこで妥協して私とトスカネロ兄は事前に湖のほとりで、種類は問わずとにかく自生する赤い花を探してその花びらを採集しておいたのだった。
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