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岡山ではミサを挙げただけで多くの
その途中、旧知のオルガンティーノ師とフロイス師はもちろんだが、オルガンティーノ師とヴァリニャーノ師も話が弾んでいた。しかも二人は堂々とイタリア語で話し、オルガンティーノ師はそのまま私やトスカネロ兄にも話をふった。そこに時折フルラネッティ師も話に加わり、皆が堂々とイタリア語で会話した。このようなことは久しぶり、いや日本に来てからは初めてであった。
やがて、
「おお、ドン・ジュスト」
と、オルガンティーノ師が感嘆の声を上げた。
「高槻の城の
「
私は一瞬耳を疑った。その周りに一緒に並んで我われに歓声を上げているのは城の
「間違いないです。私もドン・ジュストがあのような方だということは聞いていました」
と、そのドン・ジュストの方へ歩きながらヴァリニャーノ師も言った。
我われがドン・ジュストの前まで行くと、ドン・ジュストはまずオルガンティーノ師に深く頭を下げ、
「ご苦労様です」
と言った。その脇には女性と、それに手を引かれた五、六歳の男の子がいた。
さらにドン・ジュストは我われの中にフロイス師を見つけ、
「おなつかしうございます。お変わりはございませんか」
と、フロイス師の前でにこにこしながらまた頭を下げた。
「お久しぶりですね。あなたこそお元気そうでなによりです」
フロイス師もそう言うと、ドン・ジュストは、
「天竺よりおいでになった偉いバテレン様はどの方でしょうか」
とフロイス師に尋ねた。フロイス師がヴァリニャーノ師を示すとドン・ジュストはすぐにその前に行き、なんと驚いたことに、
「はじめまして。ジュストと申します。わざわざこの地においで頂き光栄です」
と流暢なポルトガル語で言ったのである。
教会にいる同宿や説教師でポルトガル語を話す日本人もいることはいるが、殿でポルトガル語を話す人とは初めて会った。
「妻のジュスタと息子のジョアンです」
ドン・ジュストの妻も頭を下げ、その息子もしっかりと礼をなした。そしてその背後から顔を出したのは、我われと同じエウローパの人で、スータンと帽子からやはり我われと同じ司祭であると分かった。
「
と、オルガンティーノ師がヴァリニャーノ師に紹介しているのを聞いて、私もその司祭の名を知った。その名から明らかにスパーニャ人である。私とほぼ同世代だった。笑顔でヴァリニャーノ師と握手し、我われには目礼をした。
「さ、皆さん。行きましょう」
と、笑みと共にまたもやポルトガル語で我われを促し、ドン・ジュストは馬に乗った。
それからというもの、街道の両脇には延々と人垣ができていて我われが通ると歓声を上げてくれた。
「皆さん、高槻の
と、私はオルガンティーノ師に聞いてみた。
「そうですよ。驚いたでしょう?」
おどけて笑いながら、馬上からオルガンティーノ師は言った。
「どのくらいいるのですか?」
「今は高槻だけで一万五千人はいますね」
私は言葉が出なかった。さらに聞けば、高槻の人口は二万人くらいだというから、ほぼ七割が
高槻の町が見えてきた。町へ入ると、ここでも
高槻の城は町の中央にあり、城といっても山の上でも丘の上でもなく、全くの平地に造られていた。一応城らしく堀に囲まれ、石垣が築かれているのでただの屋敷とは違うようだが、石垣の中へ入ってしまえばそこは屋敷だった。
堀の橋を渡って門をくぐり、さらに内側の堀に沿ったかなり広い道をまっすぐに進む。左手の堀の向こうは石垣で、その中がこの
教会堂は二階建てで、二階の部分の屋根は三角形が四つ集まった形をしていた。その向こうが日本建築の平屋の屋敷の司祭館だ。かなり広い庭もあって、そこには大きな池があるのが見える。さらに第一印象として庭全体がまるで花畑のように、折しも春の日差しの中で多くの色とりどりの花が満開に一面に咲き誇っていた。そして池の手前には前方と左右に三つの階段を持つ台の上に大きな十字架が立てられていた。
まずは、我われは
その日の夜はドン・ジュストが司祭館の方まで出向いて来てくれて、簡単な会食をした。ここでも我われが上座で、ドン・ジュストは一番下座に席をとっていた。
「四旬節でなければもっとおもてなしができるのですが」
と恐縮するドン・ジュストにヴァリニャーノ師は、
「とんでもありません。あなたとこうしてお会いできたというだけで、私には最大の恵みです」
と、日本語で言った。それに対して、
「いえいえ、はるばるローマから巡察師においで頂けたということこそ、我われ高槻の信徒にとっては最大の恵みですよ」
と返すドン・ジュストはポルトガル語で、なんとも奇妙な会話だった。
「さらに今年のご復活にごミサをお上げ頂けるなんて、夢のようです」
ドン・ジュストはうっすらと涙さえ浮かべているようだった。さらにはドン・ジュストと初対面のメシア師や私、トスカネロ兄にも一人ひとり言葉をかけてくれた。その気さくだが丁重な口ぶりといい笑顔といい、彼が一城の城主であり領主であるということを忘れてしまいそうになるほどであった。もう、古くからの友人と談笑しているような感覚なのだ。いや、彼の態度は友人というよりはむしろ、我われに仕える下僕のような態度でさえあった。
ヴァリニャーノ師が、
「ドン・ジュスト」
と呼びかけると、ドン・ジュストは笑いながら
「ドンはいりませんよ。ジュストで結構です」
と言った。日本人は他人の名を呼ぶ時には、親子・夫婦のような家族や主君が家来を呼ぶ時などのほかは必ず名の後に「
そして、我われが疲れているであろうと気遣い、とりわけ腰を痛めているヴァリニャーノ師の体に配慮して、ジュストは早々に切り上げて場内の屋敷に帰っていった。
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