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翌日、本当ならばドン・フランシスコの長男であるこの
ただ、一応形式だけでもということで、ヴァリニャーノ師はメシア師と私を伴って殿の屋敷に向かった。ルイス師も
殿の屋敷は教会と隣接していたが、教会は屋敷の西にあった。屋敷の門は東側だというので、回り込まなければならない。屋敷は日本語でも
屋敷の東側には河口間近のかなり大きな川がほんの少し先の所に横たわり、我われはその川に向かって開いている大きな門を入った。門から中央の大きな建物までまたかなり歩いた。
建物に入り、大広間まで通されると、出てきたのは私と同じくらいの年かっこうの無骨そうな
「
殿の代理人であろうから、一応は殿に対するのと同じ礼をなした。
そしてヴァリニャーノ師はルイス師の通訳があるので、今日はとうとうとしゃべった。
そして、どうしても殿に挨拶がしたいので殿が敵の城を包囲している陣中へ行きたい旨を、通訳を通してヴァリニャーノ師は語った。
「それなら心配ご無用」
若林という武士が語るところでは、今敵は
「そこで拙者が大友の船手衆を率いて出陣し、その海上補給路を断つ所存。明日か明後日にでも、風の具合を見て出発する予定でござる」
これは願ってもない話なので、ヴァリニャーノ師は早速お願いする旨を伝えていた。なにしろ安岐城とは、馬で行っても途中で一泊しないと着けないそうだ。それに、これまでの旅とわけが違って、戦場へ行くのである。普通に陸路を馬で行ったらどんな危険が待ち受けているかわからない。
翌日は風がなく、出発はもう一日延ばす旨を屋敷の方からの使者が伝えてきた。ちょうど一週間の長旅で疲れていたので、延期になったその日は十分な休養に当てることができた。
ヴァリニャーノ師の目的は単に挨拶ではなく、カブラル師から聞いていた話を、本人に直接会って確かめたいということだった。つまり、五郎殿の受洗延期の真相と、その後に再び堕落したという話の真偽である。
その次の日、十七日の土曜日に、ヴァリニャーノ師とメシア師、トスカネロ兄、そして私は港へと向かった。カブラル師は、どうしても行かないと言って動かなかった。そもそもカブラル師にとってはこの豊後の地がこれまでずっと長く暮らしたいわば本拠地で、やっと帰ってきたという感じだろうし、さらにはどこに行くにも土地勘があって勝手を知っているがためにどこにでも自由に行かれる。だから、他に行きたい所ややりたいことが山ほどあるのだろう。
港までは歩いてもすぐだ。そこですでに数隻の軍船が止まっているのを見た。軍船といっても関船と呼ばれる木でできた箱型の船で、普通の船の甲板に当たる所の上に木の板の壁でできた船と同じ大きさの箱が乗っている。その上が甲板だ。ポルトガル海軍の軍艦などとは比べようもないくらいに小さかったが、それでもこの国では十分巨大な船なのだ。ほかに同じ形だけれども半分くらいの大きさの船がかなりの数で、関船の周りを取り囲んでいた。
そのうちの一艘に、ヴァリニャーノ師とメシア師、私、トスカネロ兄の四人は馬と共に乗りこんだ。さらには万が一の時のためにと、ヤスフェも同行させた。
船には多くの兵士と馬が乗りこんでいた。その中で我われは小さくなっていたが、かなり窮屈ではあった。船の漕ぎ手は漁民たちのようだった。平時は海に漁に出ているが、こういった戦争の時は借り出されて軍船の漕ぎ手か、あるいは船手衆の兵士になるようだ。
そもそも戦争で指揮を執るのは武士だが、実際に戦う数多くの兵隊たちは皆農民なのだそうだ。だから、秋の収穫の農繁期前にはこの戦争の決着をつけないとまずいということで、今や五郎殿たちは最後の全力で総攻撃をかけるところだという。
船はどんどん沖へ出た。だがここでも海岸線は大きく湾曲していて、その湾の向こうが左手から回り込んで目の前の遥か彼方で霞んで見える。船はそこを目指しているようだ。つくづくこの国の海岸線は複雑だと思う。ずっとまっすぐな砂浜というのは、あるのかもしれないが私は日本に来て以来まだ一度も見たことがない。
ほんの三時間ばかりで、もう目的地に着いた。海上から見るとここは府内と同様にかなり平らな土地が広がっており、大地の行く手を遮る横たわる山はずっと向こうの方だ。
馬でまる二日と聞いていたのに、こんなに早く着いたので驚いた。だが、それもそのはず、別に船足が早かったとかいうのではなく、府内からここまでもし陸路ならあの大きな湾にそってぐるりと大回りに回り、さらにはちょっとした峠道も越えなければならないという。それが海上の船だとほとんど直線距離で来られるので、所要時間に大きな違いが出るらしい。
たしかにかなり海岸近くに小高い丘があって、そこが城のようだ。その周りを囲むように多くの兵士たちが幕を張って待機している。その中でも何本かの旗が立っているところがあり、そこに五郎殿がいるようだ。
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