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翌日は日曜日だった。
旅先なのでまともなミサは挙げられないが、見晴らしのいい高台の上で、ヴァリニャーノ師の司式で主日の野外ミサを執り行った。昨夜の盗賊の難から逃れ得たことへの感謝を捧げるという意味もあった。聖歌を歌うところは、歌詞を言葉で唱えるのみとした。
そのあと、すぐに出発した。
カブラル師の話だと、この後の道筋には二つの選択肢があるという。一つは
もう一つは信徒はいないが、大友の殿の有力な
ヴァリニャーノ師は、後者を選択した。信徒の住む村というのも行きたいが、
カブラル師にとっても
われわれは、その
街道はまた山間の道となったが、それほど高い山はなく、左右は緑の森に覆われた丘という程度だった。時々パッとわずかながら平野が開けたりした。水田の稲穂はすっかり生長し、風が吹くと緑の波のように見えた。
そして夕刻にはちょうど、ちょっとした町に着いた。カブラル師はさすがによく知っている町らしく、さっさと馬を歩ませていく。ところがカブラル師の馬は町を通り抜けて、街道からも外れ、山へ登る道にさしかかった。そして馬上から振り向いて、
「もうここは
と、言葉少なめに簡潔に説明した。
山道は何度も曲がりくねりながら延々と続いた。くねりながらもどんどん深い山へと登っていく。道の両脇に石を積み上げた壁、すなわち
やがて、城門が見えた。かなりの高さまで登ってきており、時々木々の間からは二本の川に挟まれた山間の町や、遠くの山々までが一望できた。有馬の殿の城よりもかなり高い山にある城のようだ。
城門を守る兵士は、カブラル師を見るとすぐに通してくれた。もう顔なじみのようだった。
ヤスフェの身はこの城の兵士に託した。隈本の時はヤスフェが日本語を話せることを知らなかったから、うまく寝泊まりできる場所がもらえたか心配だったが、もう今はヤスフェが自分で兵士と交渉して寝床にありつけるであろうことは心配いらなかった。
そして我われは一宿の恩義を賜るための挨拶のため、大広間で殿とその妻を待った。やがて現れた殿は四十歳くらいに見えたが、武士の格好ではなく異教徒の僧侶の服装で、頭も剃髪していた。
「遠路はるばる、御苦労である」
そのひと言に、我われは尻をついて座り、手を突いて頭を木の床板につけた。
「今夜一夜であるなら苦しゅうない。ゆるりと過ごされよ」
にこりともしない。尊大な態度である。ほとんど友人かあるいは我われの方を師として立ててくれる有馬の殿とは大違いで、また異教徒でも隈本の殿はもっと親密に接してくれた。
さらには、その脇にいた妻が我われを見る目には、敵意さえ含まれているような気がした。信徒である大友の殿の重臣にしては、我われに対する態度がとげとげしい。私は、あまり愉快な気持ちではなかったが、泊めてもらえることはありがたいことだった。
殿への挨拶は、ほんの短い時間で終わった。あとは
「あの妻は、どういう人なのです?」
「あれは、大友のドン・フランシスコの娘ですよ」
「え?」
ドン・フランシスコはこの豊後の領主の父親で、我われのよき理解者であり庇護者でもあり、熱心な
「
あの敵意を含んだような目からすればそうではないことは分かっていたが、一応聞いてみた。果たして、カブラル師は首を横に振った。
「クリスタンどころか教会の敵です」
それから私だけではなく、食事をしている全員に向かってという感じでカブラル師は話を進めた。
「母親がまずいのですよ。彼女はもうすでにドン・フランシスコからは離縁された元妻の娘なんです。その母親というのがものすごい教会嫌いで、だからドン・フランシスコも信仰を守るために彼女を離縁し、今の妻のジュリアを娶ったのです。そのもとの妻はまさしく教会の敵、悪魔の手先です」
そこまで言うかと私は思っていたが、カブラル師は真面目な顔で、
「豊後の教会では彼女、つまりドン・フランシスコの元妻のことを
と、言った。
「霊名なのですか? 一度は洗礼を受けたのですか?」
と、トスカネロ兄が聞いた。めったに笑ないカブラル師が、ほんの少しだけ苦笑した。
「そんなわけはありませんよ。ジェザベルというのは霊名ではなく、我われが勝手につけたあだ名です。ほら、『
つまり古代イスラエルのアハブ王の王妃でありながら、異教徒であり、ユダヤ教やその預言者を迫害したことで有名だ。
「そんな人の娘ですからね。しかもいくらドン・フランシスコの娘でもあるとはいっても、実の娘ではない。ジェザベルはドン・フランシスコとは再婚で、前の夫とは死別している。ここの殿の妻はその前の夫の間にできた娘で、つまりジェゼベルの連れ子なんです。だから、我われを快く思っていない。殿の
今回の旅に出てから、カブラル師がこんなにもしゃべったのは初めてだ。
「でも、追い返したとあっては主君である大友殿に対してまずいことになる、ただそれだけの理由ですよ。だから我われも、明日には早々に立ち去りましょう」
「ま、そうでなくても我われは先を急ぐ身だから、何日もこの城に逗留することなどできはしませんがね」
と、ヴァリニャーノ師が口を開いた。また、カブラル師は黙って、ひたすら食事を続けていた。
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