10.笑顔が魅力の女の子

「ねぇ」

「どうした?」


 有栖川が泊まらせて欲しいとやってきた翌日、当然といえば当然なのだが、俺と有栖川は一緒に学校へと向かう。その途中、有栖川に突然呼び止められた。


「ちょっと笑ってみてくれない?」

「えっと、こうか?」


 笑顔、ということに関しては今の有栖川にとって一番大切な要素だろう。なので、特に躊躇うことなく俺の可能な最大限の笑顔を作ってみせる。


「んっ! げほっ、げほっ……」

「そんなに変か」


 ふるふると首を振っているが、その様子は本当に苦しそうなので背中をさすってやる。ほんの少ししたら通ったようで、深呼吸をしながら俺の方へ向く。


「変とかじゃないから。ただ、まあこっちの事情かな」

「こっちの事情とは」

「それは、言えません……」


 俯かれてしまったので、きっと俺には言い難いことだということはわかったのでこれ以上の言及はしない。

 とりあえず、有栖川の口の端に指を当てて、若干強引に口角を上げる。


「んあ?」

「やっぱりぎこちないな」

「そりゃ、無理やり口角上げてるだけだもん」


 当然の指摘をされてしまったので、言い返すことはできない。その代わりということにはならないだろうが、頬をこねくりまわす。


「痛い痛い痛い」

「楽しい」

「遊ばないで欲しい……」


 ふと我に返り、なかなか奇妙なことをしている自覚が芽生えたので有栖川の頬から手を離す。

 不機嫌になるかと思いきやそうではなかったので、実は嫌がってはいないんじゃないかとも思ったが、世間体的にまずいのでやめておこう。






 そもそも俺は笑うことそのものが得意ではない。というか、うまく笑えない。やはりこういうのは笑顔が映えるような人にやってもらうべきなのだろうが、ネットで調べてもそんな、それこそアリスのような輝く笑顔は見つからない。

 だが、俺は一人だけその笑顔を見せてくれる人を知っている。


「朱音」

「ん? どうかした?」

「ちょっと笑ってみてほしい」

「……にひっ!」


 謎の擬音付きで、とびきりの笑顔を見せてくれる。朱音は俺と二人でいることが多いのだが、それでも友達は多い。それはきっと、この屈託のない笑顔が人を信頼させるからだろう。当然ながら、俺も朱音の笑顔は好きだ。

 と、そんなことをごたごたと考えていると、朱音は顔を覗き込んでくる。


「大丈夫?」

「おう。ちょっと、有栖川のことでな」

「……そっか」


 さっきの謎の擬音が聞こえてきそうな笑みを浮かべる。が、何年も一緒にいる俺にはさすがにわかる。ほんの少し、長く一緒にいないとわからないくらい些細な、悲しそうな目。


「なんかあったか?」

「……あーもう! そういう誰にでも優しくする癖、治した方がいいよ!」

「あ、おい!」


 何故か、慌てて走り出した。そして、それから朱音は授業が始まっても戻っては来なかった。






 放課後。荷物を置きっぱなしにしているので戻ってくるだろうと思い、教室で待ち続けている。すると、有栖川がやってくる。


「あれ、三澤先輩と一緒じゃなかったんだ」

「ちょっとな」

「まあいいけど」

「で、どうしたんだ?」

「えっ、泊めてくれない?」

「ああ、それは構わない」


 朱音のことが気がかりで有栖川のことを忘れてしまっていた。かなり申し訳ない気もしながら、家の鍵を手渡す。


「俺はもうちょっとだけ朱音を待ってから帰るよ」

「それはいいけど……ほんとになにがあったの?」

「実は俺もよくわかってないんだよな」


 とりあえず、さっきあったことを有栖川に話した。そしたら呆れたようにため息をつかれてしまい、少しだけイラッとする。


「私も待ってようかな」

「なんで」

「多分、私と三澤先輩って同じだから」

「は?」


 彼女の言っていることはよくわからなかったが、一人で待つよりは気が楽かもしれないと思い、結局待ってもらうことにした。






「なーにやってんだろ、私は」


 わかりきっていたはずだ。今、祐介にとって一番大切なのは有栖川更紗ちゃんなことくらい。というか、そんなこと今に始まった話じゃないではないか。私と出会う前から、彼はアリシアに、アリスに夢中だったのに。

 それでも。そんな現実に私の感情は納得してくれないらしい。私のことは眼中にないのに。


「なんでかなぁ……ほんと……」


 自然と涙が頬を伝う。悲しいわけじゃない。むしろ、祐介がちゃんと毎日を楽しそうに過ごしていて嬉しいのだ。この涙は、ただ自分自身が情けなく感じているだけ。

 そろそろ見切りをつけるべきだろう。こんな、実ることの無い恋には。

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