戦乙女 Ⅳ

 僕の村から出発した荷馬車の車列、それを襲撃した野盗達を追跡。

 だが、僕はその野盗達に包囲され、戦闘が発生した。


 拳銃を再装填する暇もなく、逃げ出す隙もない。

 そんな乱戦の中、僕に向かってナイフが飛んでくる。

 思わず、目を閉じてしまった――が、飛んできたナイフが身体に刺さるような痛みはやってこない。


 すぐ近くで、誰かが悲鳴を上げる。

 その声に紛れて、どこかから足音が聞こえる。

 軽く、速い、風のように草木を揺らしながら……走っているようだ。


 

 目を開けると、目の前にいた野盗の首に深々とナイフが刺さっていた。

 周囲にいた野盗も、飛んできたナイフと迫る足音に、警戒を強めている。

 横目で足音のする方を見ると、何者かがこちらに走ってくるのが見えた。


 フード付きのチュニックを着た女性。

 チュニックの下には簡素な革鎧、手にはショートソード、腕に付けているガントレットには針のような投げナイフが縫い付けられていた。

 目深に被ったフードの奥で、赤い瞳が垣間見える。


 フードから麦の稲穂よりも美しく輝く金髪が飛び出すと同時に、女剣士は腕の投げナイフを手に取り、こちらに向かって放る。



「――退けェッ、狩人!」

 女性の凜とした声が森に木霊する。


 彼女の言葉を信じ、飛び退くようにして野盗から距離を取る。

 すると、女剣士の放ったナイフは弓を構えていた射手の肩に刺さった。

 野盗達の意識が女剣士に集中する。その間に、僕は身を隠して拳銃の再装填を始める。


 女剣士は軽やかな足取りで野盗に接近。それを待ち構えていた野盗の男が斧や剣を振り回す。

 だが、その刃は彼女にも、その美しい金髪にも、掠りもしなかった。

 そして、女剣士は舞い踊るように攻撃を避けつつ、野盗それぞれに斬撃を浴びせていく。


 それは『戦闘』ではなかった。

 圧倒的な実力差、数的不利に臆しない度胸、武器や防具を装備しているというのに猫のような素早い立ち回り、それはまさしく一級の戦士と呼べるものだ。

 彼女にとって、これは戦闘ではなく。獰猛な肉食獣の「狩り」とでも言うかのような一方的な展開だった。



 木の陰から弓矢を手にした野盗が姿を見せる。

 女剣士はまだ野盗に囲まれたままだ。腕に付けていた投げナイフはもう残っていない。


 さっきまで僕がいた状況に、彼女は置かれている。

 屈強な剣士でも、背中から射られる矢を避けるのは難しいはずだ。

 

 身を隠していた木陰から飛び出し、女剣士と野盗の乱戦の現場を回り込んで射手を狙える位置に着く。

 撃鉄を起こし、引き金を引く――――発射炎、銃声、矢を射ることなく射手はそのまま倒れた。

 これで女剣士は心置きなく戦える。――と思っていたのだが……

 

 銃声を聞いた野盗達の視線は、僕に向けられていた。

 女剣士を包囲している数人が武器を手に、こちらに迫ってくる。 

 だが、その隙を彼女は見逃さない。背を向けた男を後方から切りつけていく。

 

 倒れる仲間の悲鳴で立ち止まった野盗に、僕は拳銃を向けた。

 僕が引き金を引く度に野盗は倒れ、別の野盗を女剣士が斬り伏せる。

 そうして、僕らを包囲していた野盗達は、血溜まりの上で息絶えることになった。


 

 

 僕は拳銃に銃弾を装填し、女剣士は息を整えている最中、やや離れた木陰で何かが動いた。

 装填したピストーレを構えると、木陰から現れたのは「小綺麗な野盗の男」だった。


 率いていた野盗を僕に差し向け、自分はずっと安全な位置に隠れていたらしい。

 リーダーとしては、情けない姿だ。


 そして、野盗のリーダーはこちらに背を向けて駆け出した。

 その情けない背中に、ピストーレの照準を重ねる。

 

 逃げた先に、野盗達の拠点があるかもしれない。

 だが、その確証が無いのも事実だ。

 それに――


 ――もう、終わりにしたい……


 

 野盗の拠点を探し出すのは重要だ。

 だが、逃亡した野盗のリーダーが仲間を引き連れてきて、再度戦うことになるのは避けたい。

 だから、ここで仕留めてしまおう――


 引き金に指を掛け、ゆっくりと引く。

 発射炎と聞き慣れた銃声、銃口から立ち上る硝煙。

 銃声とほとんど同時に、すぐ隣で風切り音が鳴った。


 

 逃げ出した野盗のリーダーの背中を、拳銃弾が穿つ。

 そして、回転しながら飛んでいく「棒状の何か」が間髪入れずにリーダーを串刺しにした。

 どう考えても、あれで生きているはずがない。


 隣にいた女剣士が歩き始める。

 彼女に追従すると、手にしていたはずのショートソードが無いことに気付いた。


 女剣士が立ち止まった先には、あのリーダーの男が横たわっていた。

 革製のジャケットを貫き、土の上に血溜まりが広がっている。

 

 明らかに絶命しているのは確かめるまでもなかった。

 生きていたとしても、この状態から助かるのは無理があるだろう。




「コイツで最後だ」

 女剣士は男の背中に足を置き、深々と刺さったショートソードの柄を掴み。強引に引き抜く。

 トドメを刺すために、再び背中を刺す――が、リーダーの男はぴくりともしない。


 ――あんなの喰らって、生きてる方が無理だと思うなぁ……


 矢や槍なら、貫通しても生還したという話があったりするのだが。

 さすがに投げた剣で串刺しになった男が生きていたという話は聞いたことがない。


「最後って?」

 ピストーレをホルスターに戻しながら、彼女に問いを投げる。


 女剣士は剣に付いた血を払ってから、さも当然のように言い放つ。


「――山賊たちが、だ」


「……拠点とか、あったりしないの?」

「片付けてきた」


 よく見ると、彼女の纏っているチュニックは血飛沫で汚れていた。

 ついさっきの戦闘で付いたものだけではなく、乾いた血痕もある。


「遅くなった理由がそれだ。わたしは前からヤツらの存在に気付いていたが、輸送隊の出発まで対処できなかった……」


 ショートソードを鞘に収め、女剣士はフードを脱ぐ。

 整った顔立ちに赤い瞳、病的な色白さに思わず視線が釘付けになっていた。

 彼女は視線を伏せたまま、言葉を続ける。


「銃声がして、手遅れだと思った。修練所を抜け出して、予め見つけていた山賊のシェルター群を襲撃した。まだ銃声が聞こえたから、手伝いに来ただけだ」



「ありがとう、助かったよ」

 僕の言葉に、彼女は視線を上げる。

 そして、その宝石のような赤い瞳と視線が重なった。



「本来なら、襲撃を防げたはず」


「僕らに被害は無いし、銃弾は買い揃えたらいい。何も問題は無いって――」


「そんなことはないはずだ。お前を怪我させてしまう結果になっている」

 女剣士の表情は険しい。

 そこまでして、森の安全を確保する必要は無いはずだ。

 ここを守ったところで、得られる利益があるとは考えられない。


 僕がそうしたことを理解できないだけで、彼女にとっては違うのかもしれないが……



「いや、助けに来てくれただけでも嬉しいよ」

 僕の言葉を聞いて、女剣士の表情がはっきりと曇った。

 明らかに不機嫌になって、そのまま走り去ってしまう。


 彼女を追跡しようと思ったが、体力が思っていたよりも消耗していただけでなく。彼女自身が痕跡を見つけにくいルートを選んで走っているのがすぐにわかった。

 石や砂利、木の幹を蹴るようにして跳躍。

 それは剣士の身のこなしというよりは、曲芸師のように見えてしまう。



 あっという間に彼女を見失い、僕は疲労困憊の四肢に鞭打って山道に戻った。

 なだらかな斜面を、僕は1人で歩く。


 気付けば陽は沈みかけていて、山道から見える地平線を紅が彩っている。

 出発した時刻を覚えていなければ、野盗の追跡を始めた時から太陽の位置を確認すらしていなかった。


 


 膝が震え出しそうになりながらも、なんとか山頂に辿り着く。

 そこには石造りの堅牢な要塞がそびえ立っている。

 門は無く、簡素な石扉があるだけだ。


 その重そうな石扉と外壁の向こうから、なにやら楽しそうな話し声と楽器、歌が聞こえてきた。

 もう、村人達は宴会を始めてしまったらしい。


 このまま修練所の中に入れば、休む暇もなく杯に酒を注がれることになるだろう。

 その前に、一休みしておくべきだ。


 

 扉の前にある小階段に、腰を下ろす。

 尻が凍りそうなほど冷たい石の感触が、なんだか心地よく思えた。

 肌を裂くような冷たい風が、僕を落ち着かせてくれる。


 命のやりとりをした興奮を、恐怖を、ゆっくりと冷ましてくれていく。

 今日もまた生き延びた。


 当たり前のことを、さも当然と享受することは難しい。

 この世界はとても残酷で、残忍だ。命や大切なものが、あらゆる方法で奪われてしまうことを忘れてはいけない。


 僕は誰かから「何か」を奪った。

 だから、生きている。


 生きる機会を、人や動物から奪って生きている。

 それは僕だけじゃない。誰だって、様々な手段で様々な「何か」を奪っている。


 それが生きることだと、僕は教わった。



 だが、「奪う」以外でも生きることはできる。

 そのおかげで、村人は楽しく杯を交わすことができて、山頂に住む戦乙女達は訓練に励むことができる。



 「奪う」と「救う」を選んで行使できる。

 それが、僕にとっての狩人としての生き方だ―― 

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