戦乙女 Ⅲ

 森の中に入ってから、数刻が過ぎた。


 山道で僕らを襲撃した「野盗」の足跡は探し出すまでもなく、堂々と土や草の上に刻まれている。

 僕でなくても追跡するのは難しくないだろう。


 

 問題は野盗達が「どこにいるか」だ。

 複数人の足跡が重なってしまい、それぞれの歩幅が分からなくなっている。

 これでは、後を追うことは出来ても対象の「状態」を探ることができない。


 足跡以外は木にぶつかったり、細枝を折ったりという痕跡があった。

 ただ怯えて撤退したようにも見えるが、どこまでが本当なのかわからない。

 木の皮の剥げ方には不自然さは感じられないし、若木は膝丈で折れている。痕跡を偽装したようには見えなかった。


 

 足跡はどんどん森の深部へと続いている。

 木々の間隔が狭まり、木の葉が濃いせいで日が差し込まず、薄暗くなっていた。

 

 山間部の森に足を踏み入れること自体少なかったが、山道から外れて森の奥まで進んだことはほぼ無い。

 野党の拠点がこの先にあるとすれば、地の利は向こうにある。

 相手の出方次第だが、非常に危険な領域ということだ。


 

 痕跡を辿っていく最中、足跡が徐々にバラけていくのがわかった。

 数人ごとに別れ、多方向に進路が広がっている。

 あえて、目立つところに足跡を残しているところからすると、追跡から逃れるために散開したわけではなさそうだ。


 それはつまり――



 近くの茂みに身を隠しながら、周囲を観察する。

 すると、木の上や濃い茂みの中に野盗が待ち構えていたのが見えた。

 僕が来たのを察知していないようだが……?


 しばらく観察していると、木々の間から身なりの良い野盗の男の姿を視認した。

 どうやら、部下に指示を出しているらしい。

 だが、部下の士気は低いようだ。隠れもせずに堂々と寝転がる野盗、木の上にいた男は腰を降ろして居眠りを始めていたほどだった。


 頭数や地の利という点では不利だが、こちらには拳銃がある。

 初手で威嚇すれば、蜘蛛の巣を裂いてでも逃げ回るだろう。

 追い立てた先に、彼らの拠点に辿り着けるとは思わないが……


 ——だが、こちらが動くしかないな。


 野盗達は明らかに足が止まっていた。

 ここで休憩を取っているようにも見えるし、追手を待ち伏せしているようにも見える。


 ならば、あえて刺激することで「住処」まで逃げてもらうことにしよう。



 野党のリーダーが見えている内に、僕は拳銃を手にしたまま茂みから飛び出す。

 歩きながら、木の上にいる男に向けて発砲。銃声に野盗達が一斉にこちらを向く。

 リーダーの男は慌てて木の陰に隠れる。

 

 茂みから立ち上がった男が弓矢を構えようとしていた。その矢が放たれるより先に、引き金を引く。

 銃声が鳴り、発射炎が瞬く。弓を引き絞っていた男はそのまま前に倒れ込む。



「殺せェぇぇ!」

 リーダーの男が叫ぶ。その声に突き動かされたように、野盗達は武器を手に走り出した。

 僕に、向かって――!?


 拳銃を続けて発砲、次々と襲い掛かってくる野盗の前に再装填の余裕は無い。

 あっという間に回転弾倉に装填していた銃弾を撃ち尽くす。

 飛び道具が無ければ、あとはダガーで相手をしなければならない。



 野党の男が大斧を振り上げ、距離を詰めてくる。

 その大斧が振るわれる前に、僕はその男の懐に飛び込んだ。

 そして、男の無防備な太腿にミスリルのダガーを這わせる。

 剣身がするりと太腿に入り込み、深い傷を創り出す。男はその痛みと出血に耐えられずに膝をついた。


 別の野盗が手斧を振り下ろしてくる。その攻撃を避けながら、腕や脇腹にダガーを突き立てた。

 しかし、野党は血を流しながらも手斧を手放さない。

 雄叫びを上げながら、野盗は手斧を横薙ぎに振るう。

 それを僕は姿勢を低くして回避。同時にその背後へ回り込み、背中に深々とダガーを突き刺す。


 力が抜けたように倒れる野盗の背中からダガーを引き抜くと、間髪入れずに別の野盗が襲い掛かってくる。

 その攻撃をダガーで受け流し、距離を放そうとする――が、野盗に包囲されていた。


 包囲から逃げることは難しくない。

 だが、遠巻きに弓矢を構えている者もいる。背を向けた瞬間に矢を射られてしまえばおしまいだ。

 あえて、逃げずに野盗に包囲されていた方が弓矢で狙われにくい。

 しかし、このままでは野盗を撃退することもできない。

 

 このままでは、僕の方が追い詰められてしまうだろう。

 野盗の包囲を突破し、射手をどうにかしなければ……僕は殺される――


 

 乱雑に振るわれた手斧や棍棒を避け続ける。

 野盗達は連携が取れているわけではない。頭数が多く、我先にと果敢に攻めてくる結果、連続した攻撃になっているだけだ。

 互いに連携して攻撃する訓練をした敵だったなら、僕はとっくに血を流していただろう。

 

 ダガーで反撃したり、ピストーレの再装填をするような余裕は無い。

 鼻先を掠めるくらいギリギリまで攻撃を引きつけて回避。

 

 野盗達の動きは単調だ。

 攻撃と同時に片足を踏み込み、身体を捻るようにして武器を振るう。

 腕の延長として長物を振り回すのは、基本中の基本と言える。

 だからこそ、その一連の動作は『先を読みやすい』


 各々が素人のような単調な動きで攻撃してきたとしても、それが重なれば避けるのは難しくなってくる。

 それに、永遠と避け続けるわけにもいかない。

 痺れを切らした射手が立ち位置を変えてくる可能性だってある。



 そして、何かが僕に向かって飛んでくるのが見えた。

 金属の光沢、鋭い刃先、それはナイフのようだった。

 致命傷にならなくても、動きは鈍ってしまう。そうなれば、野盗達に切り刻まれるのは言うまでもない。


 やがて、やってくるだろう痛みを想像して、僕は瞼を閉じてしまう。

 どこかから聞こえてくる、妙に軽い足音が、はっきりと聞こえる気がした。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

  

 


 


 

 

 

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