ボディーガード2/3


 ディセルブの城は慌ただしかった。式はジュノ国メインで執り行われるとはいえ、こちら側も準備がある。

 応接室に通されると、タルダさんがいそいそとやってきた。

「慌ただしくて申し訳ない。皆、慣れぬ準備に追われておりまして」

「お気になさらず。それで、ご用件は」

 タルダさんとは気のおけない関係を築けている。お互いに、挨拶や礼儀を端折って気安く話せる。


 結婚式には各国の要人も参加予定だ。送迎に、ディセルブが誇る飛行船を使うことにした。

 ところが、ある国から「空怖い」という連絡が、今更来というのだ。

 もっと早くに連絡があれば海路と陸路で間に合うのに、式まで時間が押している。

 魔物の対策は勿論、空で何か起きた時に対処できる人間は限られている。大事な式を控えているイーシオンを護衛に駆り出すわけにはいかない。


 空の旅に難色を示している国の名を聞いて、やっぱりか、となった。

「その国からの依頼は受け付けていないのですが……」

「承知しております。しかし事情もありまして。私からも、お願いします」

 なぜかタルダさんに頭を下げられてしまい、こちらが慌てた。


 以前、特段危険な魔物もいないのに僕を呼びつけ、ただただ宴会やお茶会に出席させられた国があった。

 シーズ大陸にあるエイブンという国だ。

 僕をもてなして懐柔し、あわよくばお抱えにしたかったらしい。

 ギルドを通して正式に抗議し、今後招集には応じないと通告してある。

 その後本当に危険な魔物が出て、王様はだいぶ立場が危うくなったと伝え聞いていたのに。

「その時の王は既に退いております。今の王は、当時の第二王子です」

「第二王子?」

 お妃様や王子様にも会ったけど、印象は王様と似たりよったりだった。

 それに、王子は一人しか会っていない。

「常日頃から、王や側近たちに過度の贅沢を控えるべきと苦言を呈していたような人物です。アルハ殿を歓待する席にいらっしゃらなかったのは、そのためでしょう。先日の失態で、先王に追従していなかった者が選ばれたのですね」

 それならまともな人かな、という僕の期待は、この後ちょっと外れた。


 タルダさんから「事情」を聞いて、僕とヴェイグは「それなら行こうか」と意見が一致した。



 久しぶりに再会した飛行船技師のニールからは大歓迎を受けた。

 あれから魔力炉に蓄えられる魔力の上限を「今できる技術の限界」まで増やして僕を待ち構えていた。

「そんなに期待されても……」

「七十万まで増えました! この船にはそれを三基積んでありますっ!」

 どや、っとニールが胸を張る。

「それ全部満タンにすればいい?」

 僕の魔力は七十Mメガ、つまり七千万あるから、二百十万なら余裕で提供できる。意を決してステータス見たらまた増えてた。トーシェ以降、強化イベントはなかったのに。何故だ。

「全部、満タン?」

 ドヤ顔から一転、口をぱかんと開けたままになったニールに問い返されて、頷いた。

「……やってもらおうじゃないのー!」

 妙なテンションになってしまったニールの前で三基の炉を満タンにすると、今度は顔を唇で狙われた。なんとか全部避けました。




 数日後、飛行船の客室内で、僕の右腕に少年が一人、ひっしとしがみついている。

 仕方のないこととはいえ、しがみつき方に全く容赦がない。マリノより少し大きいほどの全身で、右腕に巻き付いているのだ。

「あの、いざという時動けなくてですね」

「……そのときは、振り払ってくれ」

 僕の抗議に、少年はますます腕に力を込めた。



 エイブン国の新しい王様は、まだ13歳の少年だ。この世界で成人と呼ばれるのは16歳からとはいえ、それにしても若すぎる。

 しかし、今より若いときから前王や周囲を諌めていたくらいだから、頭の出来は良い。僕なんかより数段良い。いくつか受け答えしたら、ヴェイグも舌を巻くほど賢かった。


 タルダさんから聞いた「事情」を踏まえていくつか打ち合わせをし、船に乗り込む時になった。


「私を目隠しして拘束していただきたい」

 ついさっきまでの凛々しさはどこへやら。エイブン国王ハリダは情けない顔で、そんなことを言い出した。

 特殊性癖につきあわされるのは依頼内容に含まれておりません、と言いかけて、これも「事情」にまつわることだったと思い直した。

 両サイドから側近さん達に布とロープを渡される。

 それを手に、躊躇するふりをしながらハリダに問いかけた。

「何故そのようなことを?」

 疑問に答えてくれたのは側近さんだ。

「陛下は高所も船も苦手なのです」

 王様は目を閉じ両手を組んで祈るようなポーズで拘束を待っている。少しカタカタと震えているから、手早く済ませたほうが良さそうだ。


 王様をぐるぐる巻きにして肩に担ぎ、船に乗り込み客室の椅子に座らせて拘束を解いたら……僕の右腕を掴んで離さなくなってしまった。

 側近さんたちの一部が怪訝そうな顔になっている。そりゃそうだろう。僕だってここまでするとは思わなかった。

「王……」

「わかってはいるのだが……すまない、もう少しだけ」


 食事もその状態で済ませ、夜更けを過ぎてもハリダは僕にひっついたままだった。流石にやりすぎだと側近さんが剥がそうとしたら、側近さんたちは退去を命ぜられてしまった。

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