3-22-2 一人で過ごす

 アルハが起きない。


 昨日、移動の全てを飛行した。

 俺は一切止めなかったし、むしろ推奨した。

 呼吸や心音は穏やかな睡眠時のそれであるから、飛行の反動で眠り続けているだけだろう。

 残念だが、こうなってしまった以上、飛行時間に制限を設ける必要がある。


 ともあれ、野外で寝たままの状態は、周囲に結界魔法を施していても拙い。

 身体の主導権を自分から取れるようにしておいてよかった。

 自分で身体を動かし、起き上がる。本人が深く眠っているせいか、いつもより身体が重い。最低限の身繕いと携帯食料による食事を済ませた。

 結界魔法を張り直し、今日の予定を考える。


 今は、アルハの力を以って各地の解呪をし続ける旅をしている。

 解呪や呪術の痕跡探しは、俺には不可能だ。

 魔物の相手はできるが、逆に言えばそれしか出来ない。

 俺とこの身体に限ってよもやということはないだろうが、万が一ということもある。

 怪我でも負わせてしまったら、アルハに合わせる顔がない。

 トイサーチに一旦帰るのも止めておく。アルハの状態を伝えれば、俺がいくら無事を伝えたところで彼女らは心配するだろう。

 だが、この結界の内側で不動じっとしているだけでは退屈だ。


 現在地の座標を覚え、近くの町へ引き上げることにした。



 まだそれほど不足ではなかったが、食料や旅の備品を買い足した。

 よく知らない町のため、店を探すためにあちこち歩き回った。

 フードを目深に被っていたのだが、すれ違った冒険者に呼び止められた。

「なあ、あんた、もしかして黒の」

「人違いだ」

 俺のアルハのふりは一向に上手くならない。しかし今は、似ていないことが功を奏した。

「失礼した」

 冒険者は一言詫びて立ち去った。


 更に何度か別の者に呼び止められ、煩わしくなった。買い出しは万全ではなかったが、目についた宿屋に入り、部屋をとった。

 荷物を下ろし旅装を解き、寝床へ仰向けに転がる。

 アルハが同じように町を歩いていても、今日ほど声は掛けられない。

 よくよく思い返せば、アルハは人の視線をかいくぐり、死角を選んで通り抜けるのが上手い。

 俺は、知らぬ町とはいえ、無防備すぎた。

 頭の中で反省していると、口元が自虐の笑みに歪む。


「アルハがいないと、俺は何も出来ないな」


 まだ昼を過ぎたばかりだったが、その日はもう宿から出なかった。




◆◆◆




「熱石買っておいてくれたの? ありがとう」

 熱石は、調理用の火を熾すための魔道具だ。消耗品で、使う度に小さくなる。火を熾すという機能以外は石鹸に似てる。

“暇だったからな。思いついたものは買っておいた”

 バックパックの中には、少なくなっていた調味料や茶葉が追加されていた。そろそろ買い換えようと思っていた浅鍋も新品になっている。

「ヴェイグ、食べたいものある?」

 ヴェイグが買ってきてくれたものは、全て食事関係だ。

 僕が丸一日寝ていたということは、ヴェイグは丸一日、携帯食料か外食で過ごしたということだ。

“テリヤキが食べたい”

「わかった」

 即答されて思わず緩む口元を必死に抑えつつ、携帯コンロを組み立て浅鍋を置いた。

 鳥肉の照り焼きを作りながら、ヴェイグと駄弁る。

「久しぶりの一人はどうだった?」

 僕とヴェイグは一つの身体を共有している。元々僕の身体だからか、融通が効くのは圧倒的に僕だ。

 ヴェイグの希望があれば身体を渡しているけど、丸一日ヴェイグが自由に過ごせたのは、この状態になって初めてだと思う。


“退屈で仕方がなかった”

「退屈だったかぁ」

 僕がヴェイグなしで一日過ごすのを想像して、その退屈がありありと浮かんだ。

「じゃあ、しばらく飛ぶのはお預けだね」

“…………そうだな”

 退屈と飛行を天秤にかけたヴェイグの苦渋の声に、僕はまた笑いをこらえるのが大変だった。

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