5 鍋鎮魂歌

◆◆◆




 僕がこの世界に来て、1年と少し経った。

 六大陸のうち、足を踏み入れていなかったスィア大陸に来ている。

 ここは、海流の都合で他の大陸から船で来ることが難しい、というより殆ど不可能に近い場所にある。

 異界を通って来てみれば、人の気配が全く無かった。

 3日かけて大陸中を探索して分かったのは、この大陸の人類は絶滅したようだということ。


 元々は人が暮らしていた証に、あちこちに、人工建造物の名残や残骸がある。

 造りからして、文明は他の大陸と遜色ないほど進んでいたはずなのに、人だけが急に消えたような残り方だった。

 天変地異か、魔物の仕業か、大きな戦争でも起きたか。

 理由までは推察できなかった。


 一番まともに残っていた廃屋を簡単に直し、そこを仮拠点にした。


 今、僕らがやるべきことは、カリンが言っていた第7の大陸、マデュアハンを探すことだ。

 カリンは、呪術の無力化の方法もマデュアハンにあるようなことを言っていた。

 早いところ呪術を無力化して、トイサーチで気兼ねなくのんびり過ごしたい。


 と言っても、僕にできることは少ない。せいぜい、ヴェイグに言われた場所まで移動するくらいだ。

 ヴェイグの目的地にたどり着いた後、中に引っ込んでいる。


 ヴェイグは朝から日暮れまで、既存の地図や座標魔法を駆使して全世界の地図を作っている。

 このひと月ほど、身体を使っているのはヴェイグの方が長い。


「アルハ」

 名前を呼ばれて、視界を取り戻す。

 もう夕方だから、交代しようってことだ。

“どのくらい進んだ?”

「まだ先は長いな。そちらはどうだ」

“1つできた。ご飯食べながら話すよ”

「わかった」


 食事の支度は僕の役割だ。ヴェイグはついに料理を諦めた。

 本当にいるんだね、水を沸かそうとするだけで鍋を爆発させる人。あの時、周りに誰も居なくて本当によかった。

 ヴェイグが獲ってきてくれた鹿っぽい動物の肉を捌いて、食べる分以外は無限倉庫に仕舞う。

 町へ寄ったときに手に入れておいた根野菜や調味料を入れて、しばらく煮込む。

 出来上がった肉と野菜のポトフ風スープをもそもそと食べながら、お互いの首尾を詳しく聞き合う。


 僕の方は、中で瞑想みたいなことをしている。

 感覚遮断して、自分の内側に集中していると、自分だけの空間のようなところに入り込める。

 そこで、スキルの研鑽を積んでいる。



 前に、スキルでやっていることをスキルなしの状態で極めたら、極めたことに関連するスキルがステータスから消えて、「能力」という項目にスキルと同じ名前の能力や、代わりの能力が追加された。

 この「能力」は、ヴェイグも使えることが判明した。

 チートの差で僕と全く同じようには再現できないけど、ヴェイグは満足している。

 というか、「これ以上持てない」みたいなことを言っていた。


“アルハは怖くならないのか”

 だそうだ。

「何が?」

 と聞き返すと、ヴェイグは真面目な顔で解説してくれた。

“その強さだ。俺が持てば、溢れて己と周囲を壊してしまいそうな気がしてならん”

「竜の力のときに同じこと考えてたよ」

“よく受け入れたな”

「放っておくより良いかなって。ああ、もう制御できてるから心配しないで」

“そこは心配しておらん”

 相変わらず、信頼度は最大値のようで誇らしい。

「何かあってもヴェイグが止めてくれるんでしょう?」

“勿論だ。……だが、それは相手がアルハだから成り立つのであって、俺がアルハと同じ力を持てるかどうかとは別の話だ”

「んん?」

“あまりこういうことは言いたくないが、人にはどうしてもできぬことというのがある。俺とアルハでは、器の大きさが違う”

「器?」

“人格を論じるわけではないぞ、アルハはそちらの器も充分に大きいが。俺が言いたいのは、力を受け入れるための器だ。おそらく、この世界の人間とアルハは決定的に何かが違うのだろうな”

 さらりと内面を褒められたことについては、照れくさいのでスルーしておく。

 そういえば、僕は日本生まれの異世界人だった。1年も経つと馴染みすぎて、少し忘れていた。

“異世界人であることを忘れていたか”

 何故バレた。



“[気配察知]を……。何故スキルなしでやれると考えた?”

 ヴェイグの反応は、驚きと呆れと期待が入り混じっていた。

「マサンたちが似たようなことしてたから、いけるかなって」

 コイク大陸の討伐隊の人たちは、相手の手を握るだけで、強さを推し量ることができる。

 更に、魔物が襲撃してきた時に、まだ姿が見えないうちから、魔物が居る方向へ違わず向かっていった。

 この大陸に人はいない。でも魔物や動物は生息している。

 中にいる間、[気配察知]の感覚を研ぎ澄まし、そういう気配を読んでいた。

“俺には想像のつかない感覚なのだが。どうやったのだ”

「スキルがオンの時の感覚をオフのときに思い出してたと言うか」

“また例の、なんとなく、か”

「うん」

 スキルで得られる感覚について、僕は口で上手く説明できない。

 なんかこう、頑張っていたら、できた。語彙が少なくて申し訳ない。

「早速試す?」

“うむ”


 日が暮れて、時間が経っている。ランタンに明かりを灯し、足元に置いた。

 交代すると、ヴェイグはすぐに目を閉じ、それから「ううむ」唸るような声を上げた。

“どうしたの?”

「アルハ、こちらの方角で、一番近くにいるやつは何だ?」

“さっき食べた動物と同じやつ”

 僕が即答すると、ヴェイグは眉を寄せた。

「気配があることや、それの強さは分かるが、それが何かまでは分からん」

“僕も最初そうだったなぁ。気配の形はわからない?”

「形? ……なるほど」

 ヴェイグは頭が良くて飲み込みが早い。僕が上手く説明できなくても、一言二言で察してくれることが多々ある。

 しばらく僕と、何の気配かを言って答え合わせをしているうちに、ヴェイグはだんだんコツを掴んできた。

「アルハはこういう世界を見ていたのだな」

 ヴェイグが嬉しそうだから、僕も嬉しい。




 スィア大陸に来て、2週間が過ぎた。

 今の所、動物が魔物化したり、魔物が強くなる現象は起きていない。

 地図の作成は順調に進んでいる一方、僕は相変わらず手伝えることが少ない。

 次は何のスキルを極めようかな。

“取りたいスキルない?”

 ヴェイグにアンケートを実施してみた。


「料理」


 生活系のスキルは取り扱ってないんだってば。

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