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 オーカとイーシオンがアルハの話で盛り上がっている間、セネルは冒険者ギルドに、英雄ヒーロー冒険者達と連絡が取れないか、持ちかけていた。

 世界に英雄ヒーローは4人いるが、そのランク故に忙しくしていて、親交のないセネルでは話ができる状況ではない。

 そんな中、呼びかけに応じた英雄がひとりいた。

 ギルド経由でアルハの名を出し問い合わせれば、通信石に出たのは青の英雄ヒーロー、ハイン本人であった。


 連絡の30分後、別の大陸に居たはずのハインは、ラクという冒険者を伴ってジュノ国を訪れていた。


「本当に、この短時間で……」

 セネルが挨拶の次に発したセリフに、ハインはこともなげに返した。

「アルハなら、このくらいやるだろう?」

「確かに」

 ハインとセネル、そしてラクの3人が深く深く頷いた。


 このやり取りで、セネルのある懸念は払拭された。

 懸念とは、ハインが本当にアルハを知っているかどうかだ。

 アルハの名は世間に知れ渡っている。本人は口を開けば「目立ちたくない」「静かに暮らしたい」と言うが、その行動は言葉と相反している。

 町に寄れば近隣の手強い魔物をあっさりと討伐し、怪我人を見れば魔法で癒やす。多くの人を救いながら、見返りを全く求めない。

 時折、よからぬ腹積もりを持って近寄るものがいても、即座に見破り相手にしない。

 そして、珍しい黒髪黒目で、冒険者にしては華奢な体躯。

 目立たない方がおかしい。

 故に、「アルハを知っている」という者がいても、「噂をたくさん見聞きした」だけという場合があるのだ。


 真にアルハを知る者は、アルハがどれだけ非常識な強さを持っているか、理解している。




「竜……?」

「そうじゃ」

 ハインがラクを紹介すると、セネルは開いた口がなかなか閉じられなかった。

「ここへすぐに来られたのも、ラクのお陰だ。俺は至って普通の人間だからな」

 自虐のような台詞だが、ハインは大真面目に事実を伝えただけである。

「ギルドは把握しているのですか」

 果たして、竜が冒険者になったことが、過去にあったかどうか。

 セネルも長い期間、冒険者ギルドに関する職務に携わっているが、全く記憶にない。

「人として登録しておったが、色々あってバレてのう。そのまま冒険者をやらせて貰う代わりに、この首輪じゃよ」

 ラクの首には、銀色の金属でできた細い輪が嵌っている。一見すれば只の装飾品だが、これには魔法がいくつも重ねられている。

「服従と、忠誠と、抑制と……あと何じゃったかのう」

「隷属だ」

「それじゃ。つまりはヒトに危害を加えたと見做されれば、ギルドの判断でこの輪が絞まることになっておる」

 と言うや、ラクは首から輪をスッと外してみせた。

「えっ!?」

 流石のセネルも、モノクルの奥の瞳でラクの手の輪を凝視してしまった。

「こんなもの、効かぬと言うたのだがな。他のものに向けた示しじゃと」

 再び輪を首に戻す。

 竜は人から見て害獣にカテゴリされる。それも、ハイン1人程度では敵わない相手だ。

 恩情措置になった背景には、過去にアルハが竜を退治したことが挙げられる。

 いざとなったらアルハを呼べば良いという判断だ。

「ラクはこれまで多くの魔物を討伐し、町にも馴染んでいるからな。今更竜だからと排除しようとする人間は、少なくともメデュハンには居ない」

 ハインは、だから安心である、と言外に含ませて、セネルに説明する。

「元より、アルハ殿の知であるなら問題はないと確信しております」

 執事然とした顔に戻ったセネルの言葉に、ハインとラクはゆるやかな表情を浮かべた。




 コイク大陸はテファル城下町の冒険者ギルドに、マサンやセイム他、アルハにゆかりのある者達が集まっていた。

 アルハがテファルを発ってから、テファル冒険者ギルド統括のボーダは他の大陸のギルドへの連絡を密にするとともに、アルハの動向を追っていた。

 つまり、アルハが一度他の大陸に渡った後、消息を断っていることも気づいていた。

「先生に何か……あるわけないよなぁ」

「そうだぞ。なにせ先生だからな」

「でも、一体どうしちまったんだろう」

 テファルの冒険者達はそのほとんどが、アルハに冒険者の心得を教わった者たちである。彼らは皆、自主的にアルハを「先生」と呼ぶ。

 アルハは生徒たちの前でスキルや竜の力は使わず、ヴェイグのことも伏せていたが、異常な強さは隠しきれなかった。

 何より、相手と握手するだけで力量を見極めることのできる者たちである。アルハの真の力が只事ではないことぐらい、とうの昔に見抜いていた。それをアルハがひた隠しにしているので、直接は何も言わなかっただけである。

「何か分かりましたか?」

 集まった中で唯一、冒険者でも討伐隊でもないセイムが、ボーダに問いかける。

「いいえ。ですが先程、冒険者ランクが英雄ヒーローの方と話をつけました。その方もアルハ殿の件で別の方に呼ばれたそうです。話を終えてなにか解れば連絡を……と、来ましたね」

 ボーダが通信石と話しながら、別の部屋へ移動する。皆がいるフロアはざわめきが大きく、通話がしづらいのだ。

英雄ヒーローって、どのあたりだ?」

「確か先生が一番上の伝説レジェンドで、英雄ヒーローはそのすぐ下だ」

 アルハの教え子たち――アルハより年上のものが多数だが――の殆どは熟練者エキスパート指導者リーダーへとランクアップを果たしていた。アルハ本人が滅茶苦茶な過程で強くなったというのに、アルハの教え方は的確でわかりやすく、また教え子たちも優秀であったからだ。

「先生をランク付けするの、すごく違和感ある」

「わかる」「わかる」

 誰かの言葉に、その場に居た全員が首肯する。

 そこへ、ボーダが通話を終えて戻ってきた。


「アルハ殿は無事だ。だが……」



「呪術、呪い……。他の大陸ではそんなに禁忌扱いされているのか」

 セイムが顎に手を当てて呟く。

 他のものは、別の理由で憤っていた。

「なんだそのくらい。だったらこの国に住めばいいじゃないか」

「そうだ」

「先生を呼ぼうぜ。家建てとくか?」

「いいな。知り合いの大工に声かけてくる」

「おい待て早まるな」

 再び騒がしくなった室内で、セイムとボーダだけが冷静に、とりあえず家はやめろと言い聞かせた。

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