4 道中譚
「何も起きないな……」
日が暮れて、野営の準備をしはじめたハインがぼそりとつぶやいた。
道中、魔物と全く遭遇しなかったことを言ってるんだろう。
いざとなったらスキルで先に倒してしまうつもりだった。ところが、この辺りには魔物の気配が殆どない。
竜は確かに山に棲んでいる。とてつもなく大きな気配が、山の中にある。
「竜がいるから他の魔物は近づきたくないのかな」
独り言のように、しかしハインに聞こえる音量で声に出す。
ハインはぴくりと反応するも、平静を装って寝袋に入っていった。
僕が焚き火の前に座り込んでいると、寝袋から顔だけ出したハインが怪訝そうにこちらを向いた。
「寝ないのか?」
「見張りするよ。ハインは寝てて」
3日くらいなら寝ずに過ごしても平気だ。ヴェイグに叱られるから試したことはなくても、そんな気がする。
「……そういうわけにはいかん」
ハインが寝袋から出てきてしまった。
「大丈夫だってば」
焚き火を挟んで向かい合うように座る形になった。ハインはしばらく無言で、火を木の枝でつついていた。僕も黙ってその様子を見るともなしに見る。
やがて、ハインが意を決したように顔を上げた。
「アルハ。夜が明けたら町に帰れ」
「やだ」
子供が駄々をこねるような口調になってしまった。事実、ここまできて帰りたくない。
僕の言動がどこかツボに入ったらしく、ハインは声を殺して笑い出した。
「いい
ハインはひとしきり笑った後、真面目な顔を作った。
「じゃあ約束してくれ。竜が危険だと判断したら、すぐに逃げてくれ」
「ハインを置いて、ってこと? それも嫌だよ」
「お前なぁ……。相手は竜だぞ」
二人きりになってすぐの頃の「俺は嫌な奴だぞアピール」芝居はやめたようだ。見ていて辛かったから助かる。
ハインは本気で、僕がハインより弱いから、竜には敵わないと思ってるんだ。
そしてハイン自身は、竜と刺し違えてでも僕を逃し、町を守る覚悟でここにいる。
冒険者には、食い扶持を稼ぐ手段と割り切ってる人のほうが圧倒的に多い中、ハインのような考えを持つ人がたまにいる。
強い人ほど、その傾向にある。
「どうして一人になりたがるのさ」
それでも、冒険者といえばパーティを組むのが普通だ。僕にはヴェイグがいるから厳密に一人じゃない。
チートもなしに
その理由は、苦々しくも単純だった。
「俺とパーティを組んでたやつは、皆死んだんだ」
魔物と戦っていれば、そういうこともある。ジュノで朱雀が出現した時、冒険者が何人も亡くなったのを目の当たりにした。
僕に関係ないとは言い切れない。
だからこそだ。
「僕は死なないし、ハインも死なせない。あんまり言いたくなかったけど、僕はハインより強いんだよ」
ここまできて、自分のことを隠していたら、僕の言葉を信じてもらえない。だから、正直に白状した。
「何を……っ!?」
話し声がおびき寄せたんだろう。山にいる数少ない魔物のうちの1匹が、少し離れた茂みから飛び出してきた。
気づいてた上で、ギリギリまで放置しておいた。
スキルで創った短剣をノールックで投擲する。
短剣は魔物の首を正確に切り離し、遠くの木の幹に勢いよく刺さった。
魔物が消えてから、立ち上がって自分の手でドロップを回収する。振り返ると、ハインが中腰になっていた。僕を警戒しているようだ。
「なんで、強さを隠してた?」
「ごめん。目立つの苦手でさ。あと自分で言うのも何だけど、強さが人間離れしてるから」
ドロップアイテムは、巨大な牙と手のひら大の青い封石だった。
「これ、俺が倒した難易度Aの魔物のよりでかい封石じゃないか」
封石のサイズや形状は、強い魔物ほど大きかったり特殊な形をしている。
「魔物、何だったんだろうね」
「分からずに倒したのか!?」
「観察する暇なかったし」
僕がさらりと言うと、ハインは腰が抜けたかのようにぺたん、と座り込んだ。
「は、はは……。黒の
「知ってたの?」
「ただの噂と思っていた。実物と同じなのは、黒髪で痩せた優男の部分だけかと」
「一体誰がそんな噂流すんだよ……」
今度は僕が頭を抱えて座り込む番だった。急募、筋肉の付け方、太り方。本気で。
「すまん、気にしていたのか」
僕が本気で凹んでいると見るや、ハインは素直に謝ってくれた。
「ほぼ間違ってないから、仕方ない」
「では、噂がどこまで本当か、今度こそ腹を割ってくれるか」
僕より年上のはずのハインは、そうは見えない笑顔になった。
朝になり、山の麓を目指している間に僕のことをざっと話した。
転生や、ヴェイグのことも話し、ヴェイグと挨拶も済ませた。
「そんなことが起こりうるのか……世界はまだまだ広いな」
転生とヴェイグの話は、毎回だいたい受け入れてもらえる。皆、懐が深い。
山に登山道なんて便利なものはない。この先は道なき道を行くどころか、ロッククライミングをする予定だった。
ハインにスキルのことを話す前に決めていたことだから、そういう装備も持ってきてある。
今は話してしまったし、便利で安全な道がスキルで構築できるなら、それを利用しない手はない。
切り立った崖のような山肌に、創った大剣をぐるりと差して階段状にした。
先に僕が少し登り、足場を確認する。大丈夫そうだ。
「ハイン、来てみて」
「スキルとは、こういう使い方をするものなのか?」
ハインは妙な疑問を抱きつつ、おそるおそる剣の階段に足をかける。一歩目は耐久性の確認のためか強めに踏み、二歩、三歩目はそろそろと登る。信頼たると確信したのか、十段ほど登った後は、待っていた僕を追い抜いて先へどんどん進みだした。
「これなら天辺まで登っても時間はかからんな」
楽しそうだ。ちょっとわかる。空中を登ってるような気分だもんね。
“アルハ……いや、いい”
つられたヴェイグが出たそうにしてる。スキルで創った剣を他人が命綱にしてる状態で交代するのはやめたほうがいいと判断して、自重したようだ。今度別の機会にまたこの階段を作ろう。
中腹あたりで洞穴を見つけて、そこへ入る。竜の気配は、ずっと山の中心部のあたりから動かない。
「この洞穴が巣へ続いていれば都合がいいのだがな」
ハインの希望は、半分くらい通った。
洞穴を進むと、山の内部で丸くなって眠る赤い竜を、かなり上から見下ろす位置に出た。
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