1-3*-2 町の人視点

 そいつをトイサーチで見かけるように、2ヶ月ほど経ったか。

 町には色んな人間が出入りする。その一人ひとりを一々覚えちゃいない。

 何故そいつだけ覚えてたかってぇと、ここらでは見ない黒髪のせいだ。


 酒場でレイセちゃんが黒髪に助けられた。なんでも、ろくでもない冒険者に難癖つけられてたそうだ。

 冒険者は良いやつと悪いやつ、両極端でな。レイセちゃんに絡んでたのは悪いやつの方だ。

 で、黒髪は冒険者になりたがったらしい。

 おかしな話だ。

 冒険者をやるなら、この町に来る前から冒険者をやってる筈だろう?

 訳有りに違いない。

 俺も、隣の道具屋の親父も、黒髪は怪しいってことで意見が一致した。

 長年客商売をしてきて、人を見る目には自信がある。

 ま、このときはまだ、黒髪のことは遠くからしか見てなかったがな。


 宿屋の旦那が、黒髪を泊めたっていうんだ。

 メルノちゃんが連れてきたらしい。

 よくよく話を聞けば、黒髪がメルノちゃんに宿屋の場所を尋ねたんだそうだ。

 なんてやつだ。

 メルノちゃんに宿屋の場所を聞いて、そのまま連れ込む気だったんじゃねぇのか?

 その場に居た俺達――トイサーチ北商店組合の連中――は気色ばんで旦那に食ってかかろうとした。


「いやいや。それがなぁ、マリノちゃんが懐いてたんだよ。だから大丈夫だろう?」


 マリノちゃんといやぁ、トイサーチの不思議っ子だ。小さいのに人一倍勘がいいし、精霊とも仲良くやってる。

 あの娘が赤の他人に懐くなんて、たしかに珍しい。

 その場は、まぁそういうことなら、という空気になった。

 納得してないやつも何人かいたが、その後の事件で全員手のひらを返したさ。


 メルノちゃん達が大蛇に襲われて、それを黒髪が助けたんだと。


 ギルドに出入りする人間や他の冒険者から、黒髪がとんでもなく強いって話は伝わってた。

 それでどうして今まで冒険者じゃなかったのか、ますます謎だ。

 けど、メルノちゃん達を助けてくれたんなら、俺たちも黙っちゃいられない。


 まず、宿屋の旦那は宿代をタダにしようとした。

 ところが黒髪はメルノちゃん家に泊まることになって、キャンセル料とやらを出そうとしたらしい。

 勿論旦那は断った。

 あんな強い男がメルノちゃん達の用心棒になってくれるんならありがてぇ。


 本格的にこの町に住むつもりになった黒髪に、商店街の連中は各々応戦した。

 やつが買い物に来たら……オマケや値引きは当たり前にしてやったさ。

 それを黒髪は、なんともまぁ謙虚に受け取ってくれるんだ。こっちの気分まで上がったね。


 更にその後も黒髪はどんどん凄いことをしてくれた。


 メルノちゃん達が悪い方の冒険者に絡まれて、黒髪が助けてくれた。

 町の近くに現れたでかい魔物は、全部黒髪が退治した。

 その魔物のドロップアイテムを町に寄付した…。


 誰だよ、アイツが怪しいなんて言ってたのはよ。


 黒髪がメルノちゃん達と暮らすようになって、早1ヶ月だ。

 そろそろいい関係になったんじゃないのか?

 俺の店によく買い物に来てくれる黒髪にそう言ってやったよ。


「メルノ達は妹みたいな感じなので…」


 顔はまんざらでもなさそうだったけどな。


 俺たちトイサーチ北商店組合改めメルノちゃんマリノちゃん見守り隊は、今日もお前を応援してるぞ、アルハ。

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