35 大陸一周徒歩旅行

 城の、恐れ多くも僕専用にしてくれた客室に到着して、中から扉を開けたら廊下にセネルさんがいた。

「アルハ殿、戻られたのですか」

「急にすみません。お邪魔してます」

 セネルさんはこの部屋を定期的に掃除してくれている。王族の、しかも現王の夫なのに。執事業が趣味と言い切ってるとはいえ、恐れ入ります。


「アルハ! 無事のようね」

 そのままセネルさんに案内されて、ちょうど城で話をしていたオーカ達とも再会した。

 そこで、ディセルブやノルブでのこと、グランシスターのことを話した。

 グランシスターの正体については、オーカは薄々予想していたようだ。ヴェイグの妹だとは思わなかったみたいだけど。


「それで、ファウについては、もう危険はないと」

「うん。僕らに協力してくれてるよ」

「ならば、罪を問うのはその後ですな」

 セネルさんの発言に、少し違和感を覚える。けど、僕の考えを払拭したのはヴェイグだった。

“罰を受けることで償えるなら、ファウにとってありがたいことだろう。ファウがそれを良しとするかどうかはわからぬがな”

 そういう考え方もあるのか。


 解呪のことも話して、すぐに向うと伝えた。

「それは…歯がゆいけど、アルハ達にしかできないわね。協力できることがあったら何でも言って」

「部屋は常に使えるようにしております。いつでも」

「ありがとうございます」

 せめて、セネルさんはメイドさんに手伝ってもらってほしいかな。


 じゃあ早速…と席を立ち、ふと思いついた。

「行く前に、牢にいる例の人たちに会ってもいいですか?」

「構いませんが…」

 セネルさんに困惑されつつも、牢へ向かった。


“俺にも理由が分からんな”

「あの人達も呪術を使ってたんでしょう?」

“そうか”


 格子越しに、例の人たちの前に立った。全員、最初に来ていたローブじゃなく、囚人用の簡素なチュニックを着ている。

 なにかボソボソと話をしていたのに、僕らの姿を見るなりお互い顔を背けて壁を向いた。

 あれから、一人が口を割ったあとも、何も喋っていないそうだ。


 そんな彼らに、[解呪]を発動した。

 呪いが剥がれる瞬間は、重苦しい空気にスッと風が吹くような感じがする。予想通り、手応えがあった。

「あ…あああああああああ!!」

 一人が叫びだして、他の人も動き出した。

 同じように叫ぶ人、泣き出す人、蹲って動かなくなったり、倒れてしまったり。

 最初に叫びだした人がこちらへ近づいて、格子を掴んだ。

「俺は…俺はなんてことを! そこの人!全部、全部話す、話させてくれ!」

 他の人も次第に嘆いたり騒いだりするのをやめて、似たようなことを言い出した。

「これは…」

「ファウさんは、呪術のせいで心が蝕まれたって言ってた。だから、彼らもことの重大さに気づいたというか…」

「わかりました。落ち着いたら、改めて取り調べましょう」

「お願いします」



 城を出て、まずはジュリアーノの町へ。

 以前忍び込んだ建物は、立入禁止になっていた。近くに人気はなく、どこか不気味な雰囲気が漂っている。

“アルハでなくても、呪いを感じ取れそうだな”

 実際に呪術の痕跡があったので、解呪する。それでも不気味さは払拭できなかった。

“まだ解呪しないのか?”

「え?」

“え?”

 ……。次行こう、次。


 町の中を巡ってから、外へ。

 たまに遭遇する魔物を討伐しつつ、解呪を行っていく。


 町の外周をぐるりと回り、北へ向かってそのまま森に入った。



 カリンの家に入ると、カリンがラーメンをずぞぞぞ、とやっていた。

「んもっんもっ」

「食べながら話すんじゃありません」

 行儀の悪さに思わずおかんムーブしてしまった。

 カリンはスープまできれいに飲み干すと、魔法で食器を片付けてこちらに向き直った。

「久しぶりー。今日は何しに来たの?」

 カリンと別れてから起きた出来事や、解呪のことを話す。

 それから、気になっていたことを聞いた。


「何故ここに、魔物を閉じ込めているの?」


 カリンはいつものニコニコ顔のまま、黙り込んでしまった。

「言えない?」

「ううん。いつか言う。でも今はまだ言えない」

「どういう…」

「前に、転生の呪術はもう止められない、みたいなこと言っちゃったね。今のアルハなら止められるかもしれない」

「え?」

 人の心や未来が視えるというカリンなのに、曖昧な物言いだ。

「次の解呪地点ポイントまで送ってあげる。またね」

「あっ…」

 何か言おうとした時には、眼前の景色が変わっていた。

 ヴェイグに座標魔法で確認してもらえば、確かに次に行こうとしていた場所だった。

 遥か彼方に見える森の気配を探っても、カリンの気配は見つけられなかった。


“肝心なところははぐらかされたな”

「うん…」

 今、森へ戻ってもカリンはいない。でも、必要になったらまた会える。そんな気がする。



 それから7日間、大陸中を解呪し続けた。

 地図上で平地も山地も関係なくルートを決めたから、ほぼ道なき道を進んでいる。

 それでも最初に思ったとおり、不眠不休でいけそうだった。

 ヴェイグに叱られるし、身体を乗っ取られてしまうだろうから、夜は野営するか城に帰って休んだ。


 8日目。野営のあとを片付けて、次のポイントへ向かった。

 その呪術の痕跡の周りには、大量の魔物が集まっていた。ランクはHからBくらいまで、様々だ。

 魔物は相変わらず、僕を見ると逃げ出す。

 でも、今回は違った。

 魔物たちは僕を囲み、ぞわぞわと不気味な声を上げはじめた。

「様子が変だ」

“ああ”

 いつでも倒せるように、スキルは準備しておく。

 魔物の方はじりじりと囲みを狭くしてくる。

 いい加減蹴散らそうかとした時、目の前に雷と共に何かが落ちた。衝撃で地面が砕け、大気が震える。

 舞い上がった砂埃の向こうに、奇妙な人影が現れた。


 赤黒い肌に、虹彩のない黄色い瞳。頭と額には角があり、背中にはコウモリのような黒い翼。

 体格は僕より少し大きいくらい。だけど…。


 こいつ、強い。


“なんだこいつは”

「ヴェイグもわからない?」

“見たことも聞いたこともない姿だ。それに、これは…”


 僕のファンタジー知識で言い表せば、人型の魔物、『魔族』がしっくりくる。


 魔族は鋭い牙の生えた口を開閉させてガチガチと音をたてる。なにか喋っているようにも聞こえるが、意味はわからない。

 しかし魔物たちには伝わったらしい。



 複数の種類の魔物が連携して襲いかかってきたのは初めてだ。

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