19 檻に入れられたのはどっち
ガブレーンはツカツカと近づいてくると、僕の肩を両手でがっしりと掴んだ。
「アルハには、通常のクエストで活躍してもらいたいのだ」
……ええー……。
「冒険者なら他に大勢……」
「話が違うわ、ガブレーン!」
「こちらの台詞だオーカ嬢。アルハを連れて行くとは聞いていない」
「任せるって言ったじゃない!」
ガブレーンとオーカが言い合いをはじめてしまった。
どうやら、オーカは単独調査にあたり冒険者数人に手伝ってもらうと申請し、ガブレーンが了承。
ところが僕を連れ出そうとしたので、『うちの稼ぎ頭を取られるわけにいかない』とガブレーンが抗議。
いや、稼ぎ頭て。僕は確かにギルドに登録した冒険者だけど、ここでそんなに稼いだり専属になった覚えはない。
「僕が自分の意志でオーカを手伝いたいんですが……」
「勝手なことを言ってもらっては困る」
「勝手って、そっちこそ何言ってるんですか」
「アルハの力は規格外だ。皆のために使うべきだ」
「私の調査が皆のためにならないっていうの?」
会議室から出て一旦解散した人が、何事かと再び集まってきている。
騒ぎが大きくなる前になんとかしたいなぁ。
“アルハ”
「うん?」
ヴェイグが話しかけてきたので、ヴェイグにだけ聞こえる声で返す。
“ガブレーンの言い分は無茶苦茶だ。冒険者は魔物を倒すのが本分ではあるが、どんなクエストを受けるかは冒険者自身が決めることだ”
「だよね」
“だが、こうもアルハに執着するのは不可解だ。オーカには悪いが、一度ガブレーンの話を聞いてみてはどうだ”
「なるほど」
「ガブレーン、分かったよ。まずはクエストを受ける。何をすればいい?」
オーカがショックを受けた顔をする。大丈夫だから、という意味で目配せ、伝わったかな。
「分かってくれるか、アルハ! では早速頼みたいことがある」
「僕の話もちゃんと聞いてくださいね」
「分かってる分かってる」
そういえば、僕のギルドカードだけ見て初対面で武術大会参加を頼んできたり、試合を見て優勝がどうのと言ってきたりする人だった。王に一年間仕えればいいから、ってのもあったな。とにかく調子がいい人だ。悪い意味で。
統括専用の部屋に招かれた。勧められた椅子に座ると、ギルドの受付さんの一人がいい香りのするお茶を出してくれた。でも、手を出す気になれない。
「何か食べたいものはないか? 酒……はダメだったな。欲しい物があれば遠慮せずに……」
「クエストの話をお願いします」
「まあそう急くな」
「急いでるんです。クエストが出てるなら、それを片付けます」
僕が突き放すと、ガブレーンは黙り込んでしまった。
暫く待っても黙ったままなので、今度は僕から話を切り出す。
「ギルドや統括に、僕のクエストの内容を決める権限は無いですよね。緊急ということなら受けますが、そうでないならこれで……」
「トイサーチと連絡をとった。家族がいるんだって?」
浮かしかけた腰を、再び下ろした。
「俺がここで、アルハに造反の意思がある、と言い出せば、どうなるかわかるだろう?」
気味の悪い空気を纏いはじめたガブレーンは、僕に取り憑いた感情が何か、気づいていないようだ。
「何をすればいい?」
「俺に従ってくれたらいい。アルハの手柄は、俺の手柄になる。そうだな、まずは素直になってもらうか」
ガブレーンが指をぱちり、と鳴らすと、扉から男性が数人入ってきた。冒険者ではなく、受付や事務の人たちだ。
「例の場所へ」
「ヴェイグは投獄されたことある?」
“城の牢に閉じ込められたことなら、何度もある”
「なにそれ」
石造りの壁に、金属製の格子と鍵付き扉。いかにもな牢屋だ。ギルドの地下ってこんなのもあるんだ。
手足には重り付きの枷を嵌められた。なんとなく、されるがままにしておいた。
入れられてしばらくは、ヴェイグに謝られっぱなしだった。
“あんなに器の小さい男だとは……俺の人を見る目もまだまだだ”
「気にしないでよ。僕だって分からなかったし」
僕は石の床に直に座るのって冷たくて痛いんだなぁ、とか暢気なことを考えていた。
それから、ヴェイグにさっきの質問を投げたところだ。
“城の図書室で本を読み漁った、武術の稽古で相手を殺さずに逃した、そんなことで牢に入れる王だったのでな”
「おおう……」
想像以上にヘヴィーな話が出てきてしまった。
本を読んだり、殺されかけた人を逃がすだけで牢って……毒親じゃないか。
“まあ、牢に入れたら入れたで、そのことすら忘れられてな。すぐにタルダが気づいて出してくれていた。脱獄で咎められたことはない”
「変なこと聞いちゃって、ごめん……」
“謝ることはない”
一時間は放置されただろうか。人がやってきた。男性が五人。今度は冒険者のようだけど、見たことのない顔ばかりだ。
彼らは無言で扉を開けると、僕の周りに立った。一人が、僕の胸ぐらを掴み、乱暴に立たせようとする。
……もたもたしてたから、殆ど自分で立ちあがった。
ここに来る前のガブレーンの台詞、場所、状況。この後何をされるか、容易に想像はつく。
“アルハ、代われないのだが”
ヴェイグからの交代を拒むことに成功したのが、ここでの唯一の収穫かもしれない。
男たちに、代わる代わる殴られた。
主に顔と腹を殴られ、右手と左足は骨が折れたかもしれない。
怪我がすぐ治るのを見せたくないから、スキルの[治癒力上昇]はオフにしてある。
めちゃくちゃ痛いけど、僕を痛めつけてどうするのか知るために、やられっぱなしになっている。
僕がぐったりと動かないふりをしても、男たちはまだ攻撃の手を休めなかった。
殺そうとするにしては、急所を避けすぎてる。単純に加減がわからないんだろう。
“だから、何故一人で引き受けようとする”
「ヴェイグだってそうしようとするでしょ」
いつもならヴェイグにしか聞こえない声で言えるのに、痛みで余裕がなくて、口から出てしまった。
「……なにをブツブツと、気色悪い」
一人がはじめて喋った。ずっと無言で人をボコボコにする連中に気色悪いとは言われたくないなぁ。
「少しやりすぎじゃないか?」
白々しい台詞とともにガブレーンがやってきて……その隣に知らない男性たちと、オーカがいた。
「酷い……。ガブレーン! 一体どういうことなの!?」
腫れて開けにくい瞼の隙間から、かろうじて見えたオーカは、手に枷がついていた。枷の鎖は、隣の男が握っている。
「オーカ嬢。こんな姿になっている冒険者が、本当に森や呪術つきの魔物を全て討伐したと?」
「こんな姿って……あなた達の仕業じゃない!」
何故オーカにまで枷を? 何がしたいんだ。
「ギルドの指示を聞いてもらえないのでね」
「許されることじゃないわよ!」
「姫だからってなあ、ギルドに口出ししすぎなんだよ!」
ガブレーンが振り上げた拳が、下ろされることはなかった。
“悪手を打ったな”
枷を外し、牢をこじ開けて、オーカの前でガブレーンの拳を掴んだ。
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