20 到着、ツェラント

「なっ」

 誰何される前に、女性の前で屈んでいる男へ1歩で距離を詰めて、鳩尾に蹴りを食らわせた。

 そいつは近くの木まで吹っ飛んで背中を打ち付け、そのまま気絶した。

「何しやがる!」

 残りの3人が剣を抜いて同時に斬りかかってくる。同時のつもりでも、人間が3人もいて合図もなしに同じ動きはできない。

 僅かな差を見極めて、短剣で順に切り返す。たたらを踏む姿勢もタイミングもバラバラだから、足、腰、腹に向かって蹴りをお見舞いする。

 足を狙ったやつだけ意識を残してた。倒れてるそいつの横にしゃがんで、頭を掴んで無理矢理上体を起こさせた。


「ぐあ……なんだ……お前……」

「一応聞くけど、あのひとに何しようとしてたんだ?」

「は? んな、決まってんだろ……なあ、離してくれたらお前も一緒……ぶぎっ」

 全部喋る前に、掴んでた頭を地面に叩きつけた。聞くんじゃなかったなぁ。


 振り返ると、女性が座り込んだまま呆然としていた。ていうか、服! ギリギリ!

 慌ててマントを脱いで女性を覆う。女性の体はマントにすっぽり隠れたが、モゾモゾするだけで中々立ち上がらない。

 ……そういえば、手を縛られてたんだった。


「ごめんっ、気づかなくて」

 後ろに回って拘束を外す。

「ぷはぁ、はぁ……」

 猿ぐつわの外れた女性は一つ呼吸をし、僕のマントを手繰り寄せて、身体を隠した。やっとちゃんと見れる。

 ややぐったりしてて、あちこちに擦り傷はあるけど大丈夫そうだ。

“頼む”

「うむ」

 ヴェイグに治癒魔法をかけてもらって、擦り傷も消えた。


「あっちで戦ってる人は君の知り合い?」

「……! ヘラルド!! は、はい!」

「じゃあちょっと待っててね」

 周囲に危険がないことは気配察知で確認済みなので、女性を置いて馬車の方へ向かった。



「ぐ……フィオナ、さま……」

「ったく、しつこいなガキンチョが」


 少年は地に伏していて、男の1人は肩から血を流している。一矢報いたけど、やり返されたって感じかな。

 でも、大人3人も相手に凄いよなぁ。


 そんで、大人の方は格好悪いよなぁ。


「せいっ」

「ごっ!?」

 真ん中の男の背中に飛び蹴りを食らわせて地面に張り倒した。そのまま少年の横に立つ。

「女の人は無事だよ」

「!」

 倒れたままの少年に声をかけると、少年は顔を上げて目を見張った。


「どっから湧いてきたてめぇ」

「人を魔物みたいに言うなよ。あっちにいた4人は全員倒したぞ」

「はぁ!?」

 思ったより動揺してくれた。怪我をしてない方と間合いを詰めて、顔を殴り倒す。怪我をしてる方は後ろに回り込んで当身で寝かせた。


“人に短剣は使わぬのだな”

「真っ二つにしちゃいそうだから」

“それもそうか”

 こいつらは直接殴りたかったってのもあるけどね。



 倒れてたメイドさんは、気絶していただけだった。連れて行かれそうな女性を庇おうとして殴られたそうだ。ヴェイグの治療で、意識を取り戻した。

「……はっ! あ、お、お嬢様!?」

「女性ならあっちにいます。その、無事なんですけど僕の手には余るので」

濁しすぎても誤解される、けどハッキリとは言い辛い。そんな僕の言い方から、メイドさんは色々察してくれたようだ。バタバタと慌てながら馬車から荷物を取ると、指差したほうへ駆けていった。


「あの……」

 少年に声をかけられて向き直る。よく見れば、口から血が出てるしあちこち痣や擦り傷だらけだ。ヴェイグに頼んで治癒魔法をかけてもらった。

「ま、魔法まで……ありがとうございます!」

 ぺこり、と綺麗にお辞儀してくれた。

「怪我は治ってるけど、体力は戻せないから今日はもう無理しないようにね」

 いつもの注意事項を伝えるも、少年はじっと僕を見上げたままだ。

「えっと?」

「はっ! あ、し、失礼しました!」

 ズザザッと後ずさって、また腰を折り曲げた。


 そうこうしているうちに、女性二人が茂みから出てきた。

 メイドさんはそのままだけど、もうひとりは着替えたようだ。丁寧に折りたたんだ僕のマントを腕に抱えている。


「フィオナ様っ」

 少年がお辞儀状態から復活して、女性――フィオナさん――に駆け寄った。

「お怪我は!?」

「大丈夫よ、ヘラルド。先程、こちらの方が治療してくださったわ」

 少年改めヘラルド君がまた僕にお辞儀仕掛けてくるかと思ったけど、フィオナさんが目配せすると、スッと後ろに下がって控えた。


「改めて、ありがとうございました。私、フィオナと申します。こちらは付き人のヘラルドと、侍女のディーナです。貴方様のお名前を伺っても宜しいですか?」

「アルハです」

 フィオナさんはまたヘラルド君に目配せすると、ヘラルド君は森の中へ入っていった。

「今、馬を探させています。この道を行くのでしたら、目的地はツェラントではございませんか? それでしたら是非、馬車に乗っていってくださいませ。ツェラントに私の屋敷がありますので、そちらでお礼をさせてください」

 馬車かぁ……。

 この世界の主な移動手段は馬って聞いてから、一度馬とか馬車とか乗ってみたかった。

 多分、馬より僕のほうが速いけど、乗馬はロマンだよね。


「ヴェイグ、いい?」

“……かまわんぞ”

 がっかりを隠しきれないトーンで返事がきた。ヴェイグ……。


「町まで馬車に乗せて貰えるなら、助かります。それでお礼は十分ですので」

「いえっ! アルハ様が助けてくださらなかったら私、どうなっていたことか……。馬車は目的までの単なる移動手段です。お礼はまた別にいたしますので!」

 しまった。恩倍返しシステム、最初の町限定じゃなかったのか。




 それから2時間ほどして、目的地であるツェラントへ到着した。

 馬車で3日の距離の殆どを、1時間で走り切っていたらしい。


 更に町の中を進むと、前方に大きな屋敷が見えてきた。

 で、予想通りその屋敷の前で馬車は止まった。


 ホールに入ったところで、フィオナさんは「すぐに支度してまいります。後ほど改めて」と言い残して一旦離れた。

 僕はヘラルド君に案内されて、応接間へ。促されてソファーへ座ると、すぐにディーナさんがお茶やお菓子を持ってきて勧めてくれた。

 小腹が空いていたので遠慮なくクッキーをつまんでいると、なんだか視線を感じる。

 視線を辿ると、ヘラルド君だった。目を合わせると、サッと逸してしまった。

 なんだろ、お菓子食べ過ぎかな。

「こういうとこのマナーよくわからないんだけど、これ大丈夫?」

 ヴェイグにだけ聞こえる声で聞いてみれば

“問題ない”

 との回答。よかった。

 もう1つ2ついただこうかな、と指を伸ばしかけたら、扉が乱暴に開いた。

 何事かと思って立ち上がったら、赤い髪の中年男性が立っていた。

 男性は部屋をぐるっと見渡して、僕に目を留めると、真っ直ぐ向かってきた。


「フィオナを助けた旅人ってのは、お前か?」


 表情も態度も、敵意がむき出しだ。

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