18 忘れてたわけじゃなく、今まで必要なかっただけなんだ

◆◆◆




「試したいことができた」


 メルノと話をした後、町へ買い物に出た。

 以前、クエストに必要だからと、野営の準備は一通り揃えた。本当に最低限、1泊分の準備しか持っていない。

 馬で3日の距離といえど、アルハなら1日も掛からないだろう。だが、どうなるか分からんのが旅だ。準備はしておいて無駄なことはない。

 いつもの装備に、マントや予備のナイフを足した。食料や簡易テントなど嵩張る荷物を詰めるため、大きめの背負い鞄も入手した。

 すべての荷物を詰めた鞄を、アルハは軽々と背負い、動きにも何の問題もなかったのだが。


 部屋で先程の台詞とともに、背から鞄をおろした。


「アイテム無限収納ってスキルないかな? 魔法に無かったりしない?」

“あったら使っている”

「だよなぁ」


 今までの経験から、スキルも魔法も使おうとすると解放されると判明している。アルハの目的は明瞭だから、出来ないということはそのようなスキルは存在しないのだろう。

 だが、アルハは簡単に諦めなかった。


「収納……収納先は……四次元ポケッツ?」

 部屋のいつもの椅子に座り、よくわからない単語をブツブツとつぶやいている。

 俺達のことをメルノ達に話してからも、俺達の会話は基本的に無言で行う。中にいる側の声は外に聞こえぬので、外にいる側の独り言になってしまうからな。


「うーん……自分専用の個室……ここでいいかな……でも……」

 ただし、今のアルハは考え事に夢中で声がだだ漏れだ。


「転送は……だめなのか……でも待てよ……じゃあ……」

 ステータスを見ながら、スキルを確認している。何か手がかりが掴めたらしい。


「これ、いけるのでは」

 アルハは右掌に魔力を集めると箱のようなものを創り出した。武器を創ったものの応用だろうか。

 そこに左手を差し込んだ。箱の大きさはアルハの掌より少し大きい程度なのだが、左手の先は貫通せず見えなくなった。

“何を作ったのだ?”

「倉庫。試しに、これでいいか」

 左手を箱から引き抜き、入手したばかりのナイフを掴んで箱に近づけた。ナイフは箱に吸い込まれるようにして消えた。

“消えたぞ?”

「で、これを……」

 また左手を箱に入れた。出てきた左手は、先程のナイフを掴んでいた。


“どうなっている?”

「もうちょい実験してから説明する」

 そう言って、今度は鞄の中から金属塊を取り出した。ティターンのドロップアイテムの一つだが、町の道具屋で鑑定できなかった代物だ。鉄よりは軽いが、かなり硬い。

 今度はそれを箱に近づけ、消した。更に他のドロップアイテムも次々に箱に近づける。箱より大きなものでも入るようだ。どのような仕組みなのだろう。

 アイテムがいくつか消えたところで、アルハに問われた。

「今消えたアイテムの中から何か一つ言ってくれないか?」

“ふむ、最初の金属塊はどうだ”

 するとアルハは箱から見事に最初の金属塊を取り出した。他のアイテムも、箱の中に収納できているそうだ。

“凄いな”

「箱自体も出し入れ自由だよ。これで持ち歩くモノがだいぶ減らせるし、他の使い方もできる」

“俺が使うことはできるか?”

「どうだろう。交代」

「うむ」


 右掌に箱は浮いたままだが、左手を通したらすり抜けてしまった。

“駄目か”

「箱自体の出し入れがアルハにしか出来ぬからな。仕方あるまい。もういいぞ」

「この中には、ヴェイグも使うものは入れないほうがいいね」


“ところで、どうやったのだ?”

「最初は、この部屋と鞄を転送魔法の要領で繋ごうとしたんだけど、スキルに転送ってのがどうしても無くて。じゃあ自分だけが使える空間を創れないかな、って思ったら[自空間]が解放されて。後はアイテム専用の自空間を創ってみたら、上手くいったんだ」

 話している間にも、箱を消したり出したりし、中に入れたアイテムに異常がないかを確認している。

「食べ物はどうなるのかな。後で木の実でも入れておいてみるか」

“収納力に限界はあるのか?”

「それもわからないけど、まだまだ入ると思うよ」


 俺だけでは取り出せない収納箱。それならば、と思いついたことをアルハに提案した。

“俺の杖をそこに入れておいてくれないか”

「杖?」

“言ってなかったな。いつも背負わせている大剣のことだ。杖として使うことのほうが多い”

「杖だったのこれ!?」

“大剣としても使えるがな”

「でもいいの? 取り出す時に僕がちゃんと起きてなかったら」

“構わん。これ以上使うつもりは無いのでな。呪いのこともある。アルハからはなるべく遠ざけたい”


不意に、アルハの動きが静止した。俺に意識を向けているようだ。

“どうした?”


「ティターンのときの怪我って、それが原因か?」


“……”


 いつもおっとりしているくせに、何故今だけ勘が良いのか。

 無言は肯定、と受け取られたようだ。


「おかしいと思ったんだ。確かに今までで一番強い魔物だったけど、あんな遅い攻撃、ヴェイグが食らうわけない」

“……身体を傷つけたのは、悪かった”

「そういうことじゃない! 僕がちゃんと起きてれば……」

“あの時アルハが眠らなければ、例の光景を視ることはなかった。その後アルハのステータスが不自然なほど上昇したのも、あの眠りが関係している気がする。必要なことだったのだ”

「……。そうだったとしても、怪我をしたのはヴェイグだ」


“怪我は、杖を使った代償だ”

 俺は観念して、話すことにした。

“呪いの話は半分嘘だ。アルハが触れても手が腐り落ちることはない。だが、この杖は使用者を傷つける”

 アルハは黙って聞いている。


“俺としても怪我など負いたくない。ただ、少量の魔力で威力のある魔法を使えるのでな、あの場合はこれしかなかった。俺もあの後、魔力が増えた。だから、二度と杖は使わん”


 現在俺の魔力は1万を超えている。他の数値も5千ずつ増え、魔法は[武具生成][人形生成][大地][転移][結界][状態異常][水流][疾風]が解放された。

 ティターンより手強い魔物が相手でも、アルハに心配されるほど遅れは取らないはずだ。


「……わかった。じゃあこれは僕が預かるよ」

 身体から杖を鞘ごと取り外すと、箱に仕舞った。

“頼んだ”


「……魔力の球をアイテムにして、ヴェイグがいつでも使えるようにできないかな」


 明日出発だというのに、この日アルハは夜遅くまで、自分の魔力やステータスと睨み合っていた。




◆◆◆

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