17 家と家族と囚人の行進

 メルノは一瞬だけ目を見開いた。そして最初に出た言葉が、

「ここで帰りをお待ちしても、いいですか?」

 だった。


「えっと、最初はお礼としてここを宿屋代わりにってことだったよね。僕はもう十分貰ったよ」

「その……あの……」

 メルノはひとしきりもじもじしたあと、意を決して顔を上げた。


「私、アルハさん達のこと家族だと思ってるんです。駄目ですか?」

「家族……」

「同じ家に住んでて、一緒に買い物へ行ったり、ご飯食べたり……。その、アルハさんがご迷惑じゃなかったら、ずっとここに住んでてほしいんです」


「……よかったぁぁぁー」

 僕は椅子からずり落ちながら顔を手で覆った。

「アルハさん!?」


「いや、ごめん。僕のほうこそ、勝手にメルノ達のこと家族みたいだな、って。厚意に甘えて居座っちゃって。むしろメルノのほうが迷惑じゃないかって……」

 顔が熱い。顔は相変わらず覆ったまま、床に転がっている。起き上がりたくない。

「私もマリノも、アルハさんが本当にお兄ちゃんならいいのにね、って勝手に言ってたんです……とりあえず座りましょう?」

「……うん」

 素直に座り直した。けど、メルノを直視できない。


「それで、この町を出る理由を聞いてもいいですか?」

「昨日のティターンのドロップ、あれを換金してギルドに寄付したくて」

「寄付!?」


 この町、住心地はいいんだけど、ガラが悪すぎるんだよね。警備兵のことを聞いたら冒険者の有志がやってるっていうので、ギルドに増員や報酬の増額なんかをお願いしてきたんだ。

 僕が1回寄付したぐらいじゃ維持はできないだろうから、僕のクエスト報酬の一部を永続的に資金にあててほしいって話もしてある。

 人より沢山クエスト達成できるし、このぐらいの負担はどうってことない。

 ヴェイグには“お人好し過ぎる”って言われたけど、反対もされなかった。


 ギルドにティターンの封石をそのまま渡しても、この町で換金できないなら意味がない。

 だから、道具屋さんの話にあった町へ行くことにした。


 こんな感じのことを説明すると、メルノは納得してくれた。

「町の治安がよくなるなら、嬉しいです。アルハさんがそこまでしなくても、ってちょっと思っちゃいますが……。でもアルハさんはもう決めたんですよね」

 恩返しが絡まなければ話が早くて助かる。


「あと、メルノ達のことをギルドに頼んできたから」

「……といいますと?」

「ほら、前に町で絡まれてたじゃない。僕自身が恨みを買っちゃってるから、僕が居ない間にメルノとマリノに何かあったら……って」

「過保護ですよ、私達も冒険者です。あの時は本当に助かりましたし嬉しかったですけど、いざとなったら魔法なり精霊なりに頼りますから」

「それはそれとして、このくらいはさせてほしい。家族を心配するのは変かな?」


 折角お互いに家族だって認めあったんだから、ここぞとばかりに言ってみた。

 メルノは「うー」と唸るような声を上げて何か言い返そうとして、諦めたようだ。

「変じゃないです。それで、用事が終わったら、ここに帰ってきてくれるんですね?」

 念を押された。僕らの答えは勿論、

「うん」


 僕らは帰る家ができた。




▼▼▼




 オーガの群れを呼び寄せた6人は、ギルド管轄の施設の一つである牢屋に放り込まれていた。

 アルハは6人のことをすっかり忘れていて、眠らせた――1人は殴って気絶させた――まま放置していたのだが、町の人から「あの6人が狼煙を上げてすぐオーガが来た」という証言がいくつも寄せられたのだ。


 元々素行の悪い者たちであったので、ギルドの警備兵たちの手で連行され、一先ず10日間の投獄となった。

 反省次第では10日後、監視期間と言う名の執行猶予100日間が与えられ、事実上の釈放となるはずだったのだが……。


「俺らのせいじゃねえ! そそのかしたやつがいたんだ!」

「あいつはどこいったんだ!? なあ、あいつ誰だったんだ!?」

「出してくれ! 真犯人を捕まえてくるからよぉ!」


 6人は反省するどころか、大声で無実を叫び、牢屋内で暴れていた。

 牢は地下にあるため、ここでいくら声を上げても地上には聞こえないのだが、近くで監視の仕事に就いているものはたまったものではない。

「黙れ!」

 一喝し、それでもまだ静かにならなければ、鉄格子の隙間から槍の石突で容赦なく突いた。

 6人は体中に痣を作り、血も流しているのに、夜に疲れて眠りにつくまで、騒ぐのを止めなかった。


「困ったもんだな。交代の時間が待ち遠しいよ」

「昼番より夜番のほうがマシってのもおかしな話だな」


 監視役は、ギルドに依頼された冒険者達が交代で担っている。本日の監視役は、上級者ベテラン2人だ。普段のクエストでそこそこ稼げるこの2人は、ボランティア同然でこの仕事を引き受けた。

 まさかこんなに五月蝿いのが6人もいると知っていれば、引き受けなかったのだが。


 夜も更け、2人は他愛のない会話でお互いの眠気を散らしながら過ごしていたのだが……。

「ん? 何か臭わないか?」

「そうか? ……ああ、たしかに……これ、は……」

 臭いの正体が眠り香と気づくも時既に遅く、2人は深く眠ってしまった。



 頭から暗い色のフードをかぶった人物が、牢の鍵を開けた。

「皆さん、こちらへ」

 声色から女性に思えた。

 6人は列をなして牢から出た。全員、目はうつろで、手足は上から紐で操られているかのようにカクカクと動いている。

「貴方たちのことは、牢で自刃したことにでもしておきます。安心してここから出ましょう」


 自刃したことにって、どうやって?

 まともならば問い質していたが、今は眠っているも同然の状態だ。


 6人と1人は、牢を出て、町からも出て、北へ向かった。


 町の人々もギルドも、6人は自刃したからいなくなったのだと信じた。

 監視していた2人の記憶の齟齬や、6人の死体が無いことに、何の疑問も持たなかった。

 さらに言えば、6人が狼煙をあげたと証言した者は存在しなかった。


 フードの女は、何の表情も浮かべずに、前だけを見て歩いている。

 後ろからついてくる6人は、相変わらず虚ろな表情のままだが、数日間不眠不休で歩き通しているため、身体は無言の悲鳴を上げていた。

 やがて1人、また1人と倒れ……ついに全員力尽きた。


 女は点々と落ちている死体を見下ろすと、手をかざした。


 死体は集まり、オーガがティターンになったときのように、1つにまとまった。

 だが、そこから新たな生物が現れることはなかった。


 まとまりは掌サイズの球になり、女の手に収まった。それを腰のポーチに放り込むと、女は再び歩き出した。

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