第10話 陰謀

 ようやく部屋に戻って来れたレヴィンは、自室のベッドに寝っころがって考え事をしていた。夕食後にウォルターに来るようにと言いつけてあるので、まもなく彼がやってくるはずである。


 そんな事を考えていると、部屋の扉がノックされた。

 入るように返事をすると、「失礼します」と言って、ウォルターが入ってくる。


「で、どうだった?」


 レヴィンは、ベッドに横たわったまま、態勢だけを変えた。右手で頭を支えて半身になり、顔をウォルターの方に向ける。

 ウォルターには、マイセンの動向を探るよう指示を出していたのだ。

 ちなみに彼の職業クラスは暗殺者である。忍者の『隠密』ほどではないが『気配遮断』という強力な能力を持っている。


「マイセン様と神殿が頻繁に接触しているようです」


「え? 直接会ってんの?」


 レヴィンは驚いた顔をする。

 直接会っているとは思わなかったのだろう。


「はい。本日は高級レストランの個室にて会食がてら、主にドルトムット卿とフレンダ様の事について話しておりました。お相手は、神殿のミック・ポーター司祭です」


「で、内容は?」


「はッ! ドルトムット卿を除いた後の事について話していたようです。しかし、具体的な計画については何も」


「除くねぇ……殺すのかな」


 レヴィンは、起き上がってベッドに腰かける。


「ドルトムット卿を除き、家を継いだ後、フレンダ様を神殿に引き渡し、更に次女のルビー様を神殿に入れるとの事でした」


「ルビー嬢を? なんでここで彼女が出てくるんだ?」


「はッ! どうやらルビー様の職業クラスは聖人のようでして、神殿としても彼女を取り込みたがっているようです」


「なるほど。神殿はフレンダ嬢を始末してルビーを取り込みたいのか。そして、神殿に従順でないドルトムット卿を排除したいと。マイセンは当主になりたいだけかな? ひょっとして親子関係は悪いのか? そうは見えなかったけど……」


 レヴィンは自問自答を繰り返している。


「両者の利害が一致したと。どちらから近づいたんだろうな」


 レヴィンは突然、弾かれたように立ち上がると、ウォルターに言った。


「明日も頼んだ。戻っていいよ。お疲れ様」


「どちらへ行かれるので?」


「ちょっとドルトムット卿のところへ行こうかと。マイセンの事は頼むね」


「御意」


 そう言うと、部屋から出た二人は別々の方向へと歩き出した。


 ドルトムット卿の部屋が解らなかったので、従者用の食堂に行くと何人かの使用人が食事を摂っていた。ちょうど食べ終わった頃を見計らって、その内の一人に声をかけると、ドルトムット卿の部屋への案内を頼むレヴィン。

 その使用人の後について、廊下を歩き大きな階段を上って、3階へとたどり着く。

 やがて、一つの大きな部屋の前に辿り着いた。

 レヴィンは、扉をノックして反応をうかがう。

 中から誰何の声が聞こえたので、名乗ると、中に入る許可が降りた。

 レヴィンは、案内をしてくれた使用人にお礼を言って、中に入る。


「失礼します。夜分にすみません」


 中にはドルトムット卿だけでなく、夫人の姿もあった。

 二人ともソファーに腰かけている。


「どうしたのかね?」


「いえ、注意を促しに参りました」


「注意?」


「はい。単刀直入に申しますが、おそらくロマーノ殿とセグウェイ殿は殺されたものと思われます。御身も気をつけられた方がよろしいかと」


「殺されたですってッ!? 何を根拠にそんな事を!?」


 反応したのは夫人の方であった。


「根拠と言うほどのものはありませんが、行動に不審な点がある人物がおります」


「それは誰だね?」


 平静な声でドルトムット卿がレヴィンに尋ねる。


「マイセン殿です。食事に気を付けるのはもちろん、身辺の警護も厚くした方がよろしいかと存じます」


「理由を聞いてもいいかね?」


「マイセン殿はマグナ教の神殿勢力と何やら陰謀を企てているご様子。杞憂なら良いのですが、用心するに越したことはありません」


「確かに、あの男ならやりかねませんわね……デイヴ様、お気を付けなさいませ」


 レヴィンは夫人が『あの男』呼ばわりした事に若干驚いたが、マイセンはおそらく先妻との子供なのだろうと予想しておく。


「解った。用心しておこう」


 ドルトムット卿は少し考えた後、了承の返事をした。


「それと、ナミディア卿は、先日、魔女について知っていると言っていたが、魔女とはいったいどんな職業クラスなのかね?」


「魔女は、『闇魔法』や魔族にもダメージを与える事のできる『闇属性化』なんて能力があります」


「『闇属性化』? 何だかあまり良くないイメージだね」


「『闇』と言う名前がそんな印象を抱かせるんでしょう」


 レヴィンは魔女に関する誤解を解くいい機会だと思い、丁寧に説明していく。


「『闇属性化』は神殿がありがたがっている聖人の『神聖化』と同様、優れた能力なのですよ」


 その後もしばらくドルトムット卿に魔女について教えていく。

 もちろん、ヘルプ君の受け売りなのであるが。

 おおよそ、レヴィンの知っている事を話し終えると、ドルトムット卿は、大きくため息をついて天を仰いだ。


「ナミディア卿、よく解ったよ。説明してくれてありがとう」


 説明を聞き終えた彼の顔はどこか晴れ晴れとしているようであった。

 これでドルトムット卿のフレンダに対する態度も軟化するだろうとレヴィンは思う。

 話す事もなくなったので、レヴィンは退室しようと彼に話しかける。


「それでは、私はこれで」


「ナミディア卿」


 部屋に戻ろうと彼に背を向けたところで声をかけられるレヴィン。

 振り返ると、そこには慈愛に満ちた優しい目をした男がいた。


「フレンダを頼む」


「解りました」


 レヴィンは、迷いのない口調で了承の返事をした。

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