第13話 ローサとの再会

 誘拐計画実行の日となり、その時は、刻々と近づいていた。

 ここの所、ずっと緊張状態が続いていたのだ。

 精神が荒んでいるレヴィンであった。

 なので、レヴィンは、その日、敢えてまったりと過ごす事にした。


 アリシアとフィルと連れ立って王都の劇場へ足を運んだのだ。

 今回、クロエはお留守番である。

 お目当ては、ローサが所属している劇団『ロクサーヌ』の公演である。

 彼女は今、王都にいるのだ。


 芝居の名前は、『ガルベス』と言うらしい。

 おそらくマクベスの事なんだろうが、レヴィンは一体どこの外国人投手だよと心の中で突っ込みを入れていた。

 王都に来る事は手紙で知っていたが、彼女は世界中を劇団員として旅している。

 こちらから彼女の本籍である、インペリア王国の王都インビックに手紙を送っても意味がないので返信はしていなかった。


 午前中の開演前に、ローサの知り合いだと言って、劇場の控え室に入る事ができた。フィルはこういう場所自体が初めてなのに、舞台裏まで見れたことに感動したらしく、やたらと「すげー!すげー!」と連呼していた。


 ノックをしてローサの控え室に入ると、そこには、貴族風の格好をした彼女がいた。今回の劇の元ネタである、マクベスについてはレヴィンは知識がなかったので解らなかったのだが、彼女はガルベス夫人と言う役をやるらしい。


「今回も見て頂けて嬉しい限りですわ。ありがとう存じます」


 相変わらずの祥子節である。

 綺麗な女性による、丁寧な所作にフィルはすっかり魅了されてしまったようで、目を輝かせてローサに握手してもらっている。

 アリシアも、以前にチラリと会っているので、色々質問しているようだ。

 ローサは今や劇団『ロクサーヌ』の看板女優である。

 さすが職業クラス女優アクトレスだけあって、才能にあふれているのだろう。

 能力は聞いていないので詳しい事は、解らない。

 忙しい時間帯のようで、裏方が走り回っている。

 申し訳ないなと思いつつ、舞台裏を見せてもらいながら、彼女に尋ねる。


「何か変わったことはありましたか?」


「そうですね……。祖国の都市レムレースがヴァール帝國に陥落させられたと聞きました」


「レムレースには僕も冒険者として派遣されていたんですよ。帝國の策略で、もうアンデッドがうようよいました」


「アンデッド?」


「死者が蘇って魔物になったヤツです」


「お化けですね?」


「まぁ、そんなもんです。ところで、前世関係で何かありました?」


「実は、このヴィエナで黒髪の人を見かけたのです」


「王都でッ!?」


「はい。深紅の腕章をしていたのでよく覚えておりますわ」


「腕章か……、教団関係者か……」


 ボソリとつぶやいたレヴィンに心配そうにローサが話しかける。


「教団? あまり仲良くはできなさそうなのでしょうか?」


 どうやら、厳しい顔になっていたようで、ローサが不安げな声を上げた。


「あ、すみません。まだ解らないです。これからも黒髪には気をつけてくださいね」


 ローサは「解りましたわ」と言って微笑んだ。

 ここで付き人が、ローサを呼びに来たので、アリシアとフィルを呼んで撤収する事にした。


 もうじき開演時間のようだ。

 ローサを激励して席の方へ向かう。

 全席指定のチケットをあらかじめ買っていたので、舞台が良く見える位置を確保することができた。

 開演の幕が上がり、劇が始まった。

 

 アリシアとフィルはじっと劇に見入っている。

 レヴィンはと言うと実はそこまで演劇に興味がなかったので、流し見しながら、ぼんやりと今夜の計画について考えていた。


 思ったよりも短い時間で劇は終わった。

 いつの間にか眠っていたようで、アリシアに起こされたのだ。

 時間を確認して、さほど時間が経過していない事に少し驚いた。


 ローサの控え室へ入れてもらうと、快く迎え入れてくれる。

 彼女も、疲れているはずだが、心なしか肌がツヤツヤしているような気がする。

 水分ならぬ、演劇分を摂取して疲れるどころか、癒されたのだろう。

 それだけ、演劇が好きなのだ。まぁそれは女優アクトレスという職業クラスまで作らせた事からもよく解るのではあるが。


 ローサに今後の予定を尋ねると、一か月は王都にいると返答が返ってきた。

 午前と午後に一回ずつの公演を予定しているそうだ。


 お昼になったので、劇場のレストランで食事をしていく事にした。

 もちろん、レヴィンのおごりである。

 

「えッ、今日はハンバーグ食っていいのか!!」


 フィルが嬉しそうな声を上げる。

 ハンバーグは普通に異世界に存在した。

 先人が広めたのか、この世界で自然に生まれたのかは解らないが。


「ああ……しっかり食え」


 フィルはもぐもぐと勢いよく食べている。


「おかわりもいいぞ!」


 フィルは「うめうめ」と言いながら一生懸命頬張っている。

 とても幸せそうだ。おごったかいがあるというものである。


「慌てて食べなくてもいいぞ? ゆっくり食べてもなくならないからな」


 レヴィンはカレーライスが食べたかった。

 以前、エクス公国の冒険者ギルドの資料で見た、マイタイマイの背中に実るものこそコメだと思うので、いつかは食べられそうな気はしている。

 ナミディアで米の栽培も試してみようと計画しているレヴィンであった。


 その後、何も予定を入れていなかったので、アリシアのウィンドウショッピングに付き合った。まぁ、ほとんど、ウィンドウはないのだが……。

 一応、ガラスは贅沢品である。メルディナはガラスが特産だったな、とレヴィンは思い出していた。ガラスの温室栽培なんかを試すのもいいかと考えたが、製造費も維持費も馬鹿にならないだろうと考え直す。


 結局、夕方頃までアリシアに付き合って、帰宅の途に着いたレヴィンであった。

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