第11話 誘拐計画①

 毎週の休日に集会に通うようになって早、一か月が経とうとしていた。

 たまに、平日の学校から帰った後に顔を出す事もある。

 気晴らしの狩りにも行けておらず、ストレスも限界を迎えようとしていた。

 しかし、レヴィンは積極的に交流して、何人もの顔なじみを作っていた。

 クィンシーもその一人だ。彼は十五歳で兄貴肌の持ち主であった。

 何かにつけてレヴィンに教えようとしてくれるし、世話も焼いてくれるのだ。

 単純に、マルムス教に傾倒しているのかと思いきや、ドライな考え方をしている。

 小学校にすら行っていなかったようだが、地頭じあたまが良いのだろう。

 この教団を使ってのし上がろうとしているらしい。

 そう。彼は頭は良いが迂闊だったのである。若かったと言ってもいい。

 素性を決して明かさないレヴィンに自らの野望を語るのだ。

 レヴィンが情報を得るために丁度いい存在が彼であった。


 レヴィンはどこにでも居そうな平民の子供を演じていた。

 対して彼は、平民の出身であったが、幼い頃に流行り病で両親を亡くし、身寄りもなく、スラム街で泥水を啜って生き延びてきた。

 スラム街で貴族に文句を言いながら死んでゆく仲間を大勢見てきたのだ。 

 教団側もそんな彼の事情を知っており、その貴族を憎む性格から教団の裏の仕事を任せるようになっていた。


「おい、レヴィン、お前の姿勢が認められているらしいぞ! ケルン様がそう言っていた」


 ケルンというのは商人のキッドマンから聞いていた名前だ。

 彼に対して恫喝や脅迫を行っている教団幹部である。


「レヴィン。お前は頭がいい。一歩引いて宗教を見ているのもいい。俺はお前と成り上がりたい。力を貸してくれ」


「解ったよ。俺は何をすればいいんだ?」


「実は前から資金を分捕ろうとしていた商人がいる。キッドマン商会の会長だ。その娘を誘拐するらしい」


「ふうん。身代金目的なのか?」


「身代金は当然だが、娘を洗脳して教団の狗にする計画だ。まだ、十歳くらいらしいぞ?」


(十歳だと? まだまだ子供じゃねーか。胸糞悪い!)


 キッドマンはどれだけ強請っても屈しようとはしなかった。

 教団は、王都の商会内部にスパイを送り込み、不正の証拠を押さえて何人かの商人を金づるにしていた。

 そんな存在にしたいのだろう。強情なキッドマンに業を煮やしたようである。


「計画の詳細は?」


「ケルン様が実行指揮を取る。実行には、お前も参加しろよ?」


「俺なんかが参加してもいいのか?」


「なぁに、こっそり参加するんだよ。手柄を土産にしりゃあ、ケルン様なら何も言わねぇさ」


「今夜打ち合わせがあるから、詳細は夜に教える」


「どこで打ち合わせがあるんだ?」


「秘密の場所があるのさ。紙がないからな……今から案内するぜ。ついて来い」


 今は、まだ昼間だ。集会所を抜け出してスラム街の方へ向かう。

 人々が行きかう通りを走り抜け、

 クィンシーが案内したのは、薄暗い細い路地に入った、荷物置き場であった。


「ここに隠し扉がある。今夜、十時頃にこの路地の所まで来い。打ち合わせの詳細を教える」


「解った。十時だな?」


「これからどうする? 集会所に戻るか? 俺としては速くお前にアジトに連れてってやりたいぜ」


「アジト? ここ以外にそんなものがあるのか?」


「ああ、面白いものが見れるぞ。楽しみにしてろよッ!」


「解った。楽しみにしてるよ。今日は用事があるから俺は帰るよ」


 レヴィンは、クィンシーに別れを告げると、冒険者ギルドへと向かった。

 本当は王城に報告に行った方がいいのかも知れないが、時間がかかりすぎる。

 それに国の対策委員では、解決する気があるのかも疑問だ。




 レヴィンは冒険者ギルドに着くとすぐにランゴバルトとの面会を求めた。

 別件でしばらく待つことになったので、一階でドリンクを飲んだ後、資料室で時間を潰すことにした。


 レヴィンが資料を読み漁っていると、ギルド職員が呼びに来る。

 思ったよりも時間がかかったようで謝られたが、別に気にしない。


 すぐに、ギルドマスターの部屋に通される。

 中に入ると、ランゴバルトが手を挙げて迎え入れてくれた。

 ノンナは、いつも通り、黙々と資料整理を行っている。


「すまんな。少し長引いちまった」


「いえ、急に呼び出してすみません。マルムス教の件です」


「潜入捜査か。何か解ったのか?」


「はい。実は、以前紹介して頂いたキッドマンさんの娘さんなんですが、教団で誘拐計画が持ち上がっているようです」


「おいおい。物騒な宗教団体様だな。神様は許してくれんのか?」


「誘拐させたくはないのですが、内部に潜り込めるチャンスでもあるんです。なんとか身代わりを立てられないかと思いまして……」


「なるほどな。キッドマン氏の娘はどんな風体をしているのか知ってるか?」


「いや、僕も知らないんですが、十歳だそうです」


「な、十歳ですって!? そんな冒険者なんて見つかる訳ないじゃない!」


 横で聞いていたノンナが思わず声を上げる。

 そりゃそうだ。冒険者登録ができるのは、十二歳からだし。

 ランゴバルトも考え込んでいる。


「十歳……幼い……うッ頭が……」


 レヴィンも考えた結果、何か思い出したようだ。


「そうだ! 昔、この部屋で頭を殴られた時の……、えーッとク、ク、クロ……」


「クローディアか!」


「そうそれッ!」


「確かにあいつなら幼い少女に見えるだろう。早速呼び出しに使いの者を送ろう」


 そう言うと、ランゴバルトがギルド職員を呼んで使いの者を手配させる。


「王都に住んでらっしゃるんですか?」


「ああ、元々あいつは商人の娘でな。王都のチャーチ商会の者なんだ。ところで誘拐計画の詳細はどんなだ?」


「今夜十時以降に解る事になってるんです。解り次第打ち合わせさせてください」


「おう。遅くなるが仕方ないな。明日とかだと困るしな。直接上がって来いや」


「ありがとうございます。助かります」


 早速、その旨を使いの者に説明すると、レヴィンは一緒に冒険者ギルドから出る。

 家へ帰る道すがら、レヴィンは考えていた。

 冒険者ギルドには世話になりっぱなしなのだ。

 現在、馬車の手配をしていると言っても、王城へ行くのは時間がかかり過ぎる。

 王城に設置されている、マルムス教団対策委員では、遅きに失した事になりかねない。現在、ほぼレヴィンの独断で動いている状態なのだ。というか、委員のメンバーが何をやっているかあまり把握していない。お金も全てレヴィンが立て替えている。

 後で、委員会に吹っかけちゃると、心の中で思いながら、彼は家へ帰る足を速めた。

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