第15話 古代図書館


 夏休みに入った。

 期間は八月と九月の二か月である。


 ベネディクトが職業変更クラスチェンジするまで少しかかるようなので、パーティ『無職ニートの団』にヴァイスを加え、先日発見された古代遺跡に行ってみる事にした。

 古代遺跡までの護衛依頼を引き受けて出発する。

 高ランクの依頼もこなせるようになるため、できれば冒険者ランクも上げておきたい。


 旅の一行は、研究者チームのメンバーである。

 向こうには既に発掘や研究を行うチームや、それを護衛する冒険者が多くいるらしい。彼等はそこでキャンプ生活を送っているそうだ。

 王都から精霊の森の東側の街道を通って南下する。

 途中でフォレストウルフとゲレゲレに遭遇したが問題なく倒した。

 ゲレゲレは小型の虎のような魔物でランクはDだ。

 古代遺跡までは約一日かかった。短い旅であった。


 到着すると、まず驚いたのは人の数の多さであった。

 研究者とそれを護衛する冒険者だけでなく、露天商や、木の建物を建てている職人までいる。建物は研究者達のための施設になるそうだ。

 露天商は、ここから南東にある港町オズから食料品や生活用品を売りに来ているようだ。冒険者たちも比較的新鮮で、美味しいものが食べられるという事で好評らしい。彼等がいなかったら保存食ばかりの食事になるのだ。そりゃ助かるだろう。


 発見された遺跡について聞き込みをした。

 遺跡の表層は比較的新しいもので、丁寧に発掘が進められているようである。

 地下遺跡の方は、どうやら本が大量に所蔵されているとの話だ。


 表層の発掘作業には手伝える事はない。地下遺跡の方は魔物がいるとの事なので魔物討伐のためそちらへ向かう。しかし、地下への入り口には見張りのものが立っていて中に入ろうとしたら止められた。


 なんでも最近頻繁に魔物が出現するようになったそうだ。死霊系の魔物で、普通の武器では倒す事ができないため、ここにいる冒険者には倒す術がないらしい。

 王都には既に報告がなされているらしい。近々、神殿関係者がここに来るだろうとの事だ。しかし、レヴィンにはそんな事は関係ないので押し通ろうとする。

 本が見てみたいのと、魔物を狩りたいのとだ。ついでにパーティでの戦闘経験もつみたいところだ。


「だから、駄目だっていってんだろッ! 子供が行っても死ぬだけだぞッ!」

 

「子供じゃないし、死にもしないので通してください」


「俺達からすれば子供だッ! それに普通の武器や魔法じゃ倒せない魔物がいるんだぞッ! お前らランクはどれだけだ?」

 

「Dランクですけど」


「中にはスプリットやラルヴァ、シェードが確認されている。Cランクもいるんだッ!」


「アリシア、全員の武器に神霊斬裂アストラル・キルシュをかけろ。そして死霊系にも効く魔法が使えるな? 今回はお前が主力だぞ」


 神霊斬裂アストラル・キルシュは精神体の魔物や魔族、魔神デヴィル悪魔デーモンにも痛撃を与えられる魔法でだ。

 レヴィンは男の言葉に耳をかさず、アリシアに助言をする。


「わ、解ったよッ! それにしてもどうしてレヴィンは自分が使う以外の魔法にも詳しいの?」


「そりゃ本を読んでいるからな」

 

 半分嘘である。ヘルプ君があるので何の職業クラスが何の魔法を覚えるのか解るというのもある。


 自分を無視してて会話する子供達に増々イラ立つ男。


「駄目そうだったらすぐに引き上げますから! 謝りますから!」


「駄目だって! 君は仲間の命を保証できるのか? できないだろ? 命ってのはかけがえのないものなんだッ!」


 ここまで心配してくれるこの人はとてもいい人なのだろうと思う。

 しかし、そんな事を言っていては冒険できないではないか。


「解りました。僕だけで行きます」


「もっと駄目だッ!」


 うーん。困った。

 レヴィンはもちろん全員に冒険者は危険だと言っているし、覚悟があるかも確認している。それにアリシア達だって馬鹿じゃない。危険は百も承知だ。


 そこへ、一人の冒険者が現れて助け舟を出してくれた。

 彼はその茶色い髪をボリボリとかきながら言った。


「さっきから聞いていたんだが、冒険者稼業は自己責任なんじゃねーのか? こいつらは子供かも知れねーが一介の冒険者でもある。俺も中に入るから通してやったらどうだ?」


「あんたは?」


「俺か? 俺ぁ、ライオネルってぇもんだ。ランクはBだ」


「Bランク? すげえな。それなら大丈夫そうだ。坊主、このおじちゃんに感謝しろよ?」


「俺はまだおじちゃんとか呼ばれる歳じゃねぇぞッ!」


 ライオネルが非難の声を上げる。突っ込むのはそこか。


 レヴィン達はライオネルにお礼を言って、遺跡の中に入る事にした。


 入り口から中をのぞくと暗闇しか見えない。

 シーンが光球ライトを何発か下に落とす。

 そして順番にかかっている縄梯子を降りてゆく。

 一番最初に降りたのはレヴィンだ。相手は死霊系ばかりのようなので、物理攻撃を受ける心配はない。降りながら辺りを見渡すと、大きな建物が丸ごと地下に埋まっている感じであった。その天井の一部に穴が開いていて、そこが入り口となっている。

 下に着くとシーンが落とした光球ライトがふよふよと漂っている。


 全員が下に降りるとやけに人数が多い気がした。

 

(ライオネルさん、三人パーティなのか)


 重装備をしたライオネルと、軽装で短剣を持った女性、そして魔導士風のローブを身に纏っている女性の三人がそこにはいた。


 (見たところ、騎士と盗賊と白魔導士ってところか?)


 降りた場所には大きなテーブルや椅子が置かれている。

 しかし古代遺跡というからには相応に腐っていたり、朽ちていたりしてもおかしくないのだが、目の前のそれはまるで新品の物であるかのように見えた。

 保存プリザベイションの魔法がかけられているのだろう。

 そして壁に近づいてみると、光球ライトで照らすまで解らなかったのだが、そこには本がびっしりと詰められていた。

 壁は本棚になっているようだ。もしかしてこの壁全てが本棚になっているのだろうか?


 そうであれば圧巻の本の所蔵量だ。ひょっとして古代の図書館なのかも知れない。

 辺りを驚愕に満ちた表情で見渡しているレヴィンを横目に、アリシアは彼の指示通り、全員の武器に魔法をかけていた。


 先頭をダライオスとヴァイスに任せて、そのすぐ後ろをシーンが光球ライトをバラ撒きながら進んで行く。何故かライオネル達も後を着いてきている。中に入ったんだから違うところへ向かってもいいのよ?


 しばらく進むと行き止まりだった。ここも壁全てが本棚になっている。

 学校の授業で教師が行っていた言葉を思い出す。

 確かに色々な研究が一気に進みそうだ。

 レヴィンは本を貪り読みたいのを我慢して回れ右をする


 するとそこにほんのりと発行する人影のようなものが宙に浮かんでいた。その数は二つ。あかん。バックアタックだ!


「ダライアスッ! ヴァイスッ!」

 

 二人はすぐさまレヴィンの下へ駆けつけた。

 そして、人影のそれに斬りかかろうとしたその時、剣が一閃する。

 ライオネルの攻撃だ。良く見ると、彼の剣が紫色に淡い光を放っている。

 その一撃を受けた人影は耳障りな声を響かせたかと思うとあっさり消滅する。

 もう一体にヴァイスが斬りつける。また、あの声が周囲に響く。効いているようだ。そして続いてダライアスも横薙ぎの一閃をくらわせると声がより一層大きくなり、こちらも消滅した。それを見て、ダライアスとヴァイスがハイタッチをかわしている。


「ライオネルさん、その剣って何の剣ですか?」


 すぐさま気になった事を確認する。

 気になると調べずにはいられない症候群なのだ。


「これか? これは無銘の魔力剣だよ」


「格好良いですね! どこで手に入れたんですか?」


 ずけずけ質問するレヴィン。


「隣りのインペリア王国にある地下迷宮だ。地下迷宮って不思議だよな。宝箱なんて置いてあるんだから。いったい誰が置くんだろうな?」


 不思議の地下迷宮か。千回以上遊べそうだ。


「やっぱり、創った迷宮創士ダンジョンクリエイターが置くんじゃないですか?」


「ダンジョン何だって? 何だそれは?」


(は? 迷宮創士ダンジョンクリエイター職業クラスってまだ未発見なのか?)


「いや、地下迷宮を創った人が置くのかなーって」


「地下迷宮は、自然発生するものだと言われているが……そうか……誰かが創っているのか……」


「いや、何となく思っただけですよ?」


 ライオネルは何か得心したように何度も頷いている。


 一行は引き返すと木の柵がされている、先程降りたホールまでやってきた。

 柵の向こうは暗闇に支配され、床が見えない。

 シーンに言って、柵の向こう側に光球ライトを何発か放ってもらった。

 すると下にもホールのような造りになっておりテーブルや椅子が置いてあるのがぼんやりと見えた。もちろん壁は本棚になっている。


「別に床がなかった訳じゃないのか」


 なるほど。段々畑のようになっているのかと納得する。

 前世で、そう言う造りの図書館を見た事があったのを思い出した。

 下のホールに降りる階段を見つけると、迷わず降り始める。

 するとそこへ黒い影が一行に迫る。

 周囲を見渡すと闇にまぎれて見にくいが、囲まれているようだ。


「ちッ! シェードかッ! ランクCの魔物だッ! 子供は中央に固まれッ!」


 ランクCなのでレヴィン達が叶わないと思ったのだろう。

 そこへレヴィンとアリシアの声が響く。


神霊烈攻アストラル・フラッシュ


魔霊豪撃マインドブレイザー


 強烈な光が辺りを覆い、シェード三体が消滅する。

 そしてアリシアの放った波動は二体のシェードの一部を消滅させている。

 続けて同じ魔法を放つアリシア。同じ二体を狙い、これを消滅させる。

 ダライアスとヴァイスも残り二体のうち一体に斬りかかっている。

 シェードも影から矢のようなものを射出して攻撃しているが、二人は辛うじてかわすと、再度斬りつける。

 二人に斬りつけられたシェードは消滅した。 

 残りの一体が何かを噴出する。そこに闇が生まれた。


「闇に飲まれるなッ!」


神霊烈攻アストラル・フラッシュ


 ライオネルの注意とレヴィンが魔法を放つのは同意だった。

 魔法を受けてシェードは消滅した。

 ライオネル達は呆気にとられている。


「お前ら、何もんだ? ランクDじゃなかったのか?」

 

「彼女たちはランクEですよ」


「はぁッ? この手際でどうしてそんな低ランクなんだよ……」


「学生なんで依頼を中々受けられなくて……」


「なんだ。心配して損したぜ」


 吐き捨てるような言い方だが、顔があからさまにホッとしているのが窺える。

 どうやら本当に良い人のようだ。

 死霊系の魔物の魔石ってどこにあるんだろと思いつつ、床に落ちた魔石を回収する。段々畑風のホールの中段に降りると、ふと本棚に並んでいるとある本の背表紙に目がいく。

 

(ん? 読めない……)


 確か学校では、645年に世界の言語が統一されたと習った。

 言語の統一と言っても、自動翻訳化と言った方が良いかもしれない。

 他国の言語でも見れば読める、聞けば解るといものである。

 ではこの本の背表紙が読めないというのはどういう訳であろうか?

 レヴィンは考える。例えば言語の統一前に滅びた種族の言葉ならどうだ?

 神様に言語と見なされず、翻訳対象外になったという可能性がある。

 そこで付近にある本の背表紙だけ、ざっと目を通すがやはり読めない。


(これは、優先順位が低くなったな)


 読めないものは仕方ない。

 神様に読めるようにお願いした方が速い気がする。

 それか、研究者に任せるかだ。

 おそらく滅びた種族の言語を研究している者は必ずいるはずである。


「おい。行くぞ!」


 ライオネルが急かしてくる。

 慌てて返事をする。しかし頭の中では、どう理由をつけて帰ろうか考え始める。

 考えながら、もう一段下のホールまで降りる。

 そこも、今までと同じ造りになっていた。

 階段はこれ以上はないようだ。

 ライオネルがどんどん先に進むので仕方なくついていく。

 歩きながらもシーンに光球ライトを放ってもらい、背表紙を確認して歩く。

 やはりどれも読めないものばかりだ。

 ため息をついて、皆の方を見ると、自分が最後尾になっていた。

 慌てて皆に合流し、ふと後ろを振り返る。

 するとそこには、一つの影が佇んでいた。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 びっくりした!目の前にいきなり出てこないで欲しい。

 レヴィンの声に反応して全員が振り返る。


「シャドウ!」


 ライオネルが敵の名を叫ぶ。この人、魔物に詳しいな。

 先頭から駆け付けた彼とダライアスが斬り込む。

 しかしシャドウはゆらりとかわすと闇の触手を伸ばしてきた。

 レヴィンが触手に触れられそうになるが、それをライオネルが斬り払う。

 危ないところであった。すぐに体勢を整えて魔法を放つ。


神霊烈攻アストラル・フラッシュ


魔霊豪撃マインドブレイザー

 

 光が消えた先にシャドウの姿はなかった。


(やったか?)


 そんな考えが頭をよぎるが、ライオネルの声にかき消される。


「影に気をつけろッ!」


 すると、その声と同時にシーンの影からシャドウがのそりの這い出てきた。

 今、魔法を撃てばシーンを巻き込む。

 再び触手がシーンを襲い、腕に巻きついた。

 

 ドクン。


 触手が脈動したかと思うと、シーンがバタリと倒れる。


(エナジードレイン的な攻撃か!?)


魔霊豪撃マインドブレイザー


 アリシアの声が響く。

 その波動がシャドウを貫通する。しかし、倒しきれない。

 すかさずライオネル、ダライアス、ヴァイスの三人が同時にシャドウに斬りかかる。シャドウはまた姿を隠した。


「ライオネルさん、こいつの攻略法はありますか?」


「こいつは影を移動する。影から出てくる瞬間を狙え!」


 レヴィンはシーンに駆け寄って脈をとる。

 よし。生きてる。どうやら気を失っているだけのようだ。


 そして、今度はダライアスの影からシャドウが現れ、触手が彼の足に絡まりついて脈動する。


神光輝撃シャイニング


魔霊豪撃マインドブレイザー


 ライオネルとアリシアの声が重なる。

 辺りを光が包みこみ、光が消えたその後には何も残っていなかった。

 しばらくたってもシャドウは現れない。

 どうやら今後こそ倒したようである。

 レヴィンはライオネルの魔法は神聖魔法である事に気づいた。


「ライオネルさんって神官騎士なんですか?」


「そうだ。よく解ったな」


 そりゃ魔法と、装備を見れば気が付くわ。


「しかし、死霊系の魔物は倒しても倒しても現れるものなんですか?」


「ああ、その土地を浄化してやらなければいつまでも現れ続けるな」


 なるほど。面倒臭い。


「ってーと、王都から神聖魔法が使える人を連れて来る必要がありますね」


「そうだな。この広さを浄化するのは時間がかかりそうだ。俺だけでは到底無理だな」


「では、この辺りで引き揚げましょう。シーンとダライアスがダメージを負いましたし」


 はっきり言って、これ以上進んでも旨味はない。

 読める本もなさそうだし。

 ライオネルがどう言うか解らなかったが、レヴィンはどう言おうが帰るつもりであった。


「そうだな。引き上げるか」


 あっさり了承するライオネル。

 少し拍子抜けしたが、この辺りの判断も彼をBランクたらしめている理由の一つかも知れない。


 そして一行は来た道を引き換えし、地上へと戻った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る