第14話 お茶会
朝から雲一つない青空が広がっている。
その青さは、まるで透き通ったナーガ海のようなマリンブルーに似ていた。
今日は夏休みの前日で、マッカーシー家から招待のあった日である。
居間では、アリシアがリリスをあやしている。
テーブルにはレヴィンとリリナが席について、お茶を飲んでいる。
「それで貴族様の招待の日程って今日の午後からで間違いないんだね?」
リリナはもう何度目だろうか?同じ質問を繰り返している。
息子が遅刻して迷惑をかけないか不安なのだろう。
「うん。それに迎えをよこすから家で待ってろって」
「迎えって事は馬車がくるのかねぇ」
「馬車!? レヴィン馬車に乗るの?」
相変わらずリアクションの大きい娘である。
「ああ、多分そうだと思うよ」
「いいなー。あたしも乗ってみたい!」
「ベネディクト主催のお茶会の時に乗せてもらおう」
「ナイスアイディアだよッ!」
アリシアがそれだ!っと手を叩く。
リリスも寝っころがってぺちと手を叩いていた。
「かわいい~」
こらリリスのホッペをツンツンするんじゃない。
可愛くて死んでしまうではないか。
アリシアがリリスから離れてレヴィンの隣りに腰かける。
「でもお茶会って何やるんだろうね?」
「そりゃあ、お茶飲みながら楽しくしゃべるんだろ?」
「今もやってるやつだよね?」
「もっと上等な茶葉とお菓子がついてくるんじゃないか?」
アリシアがじゅるりと音を立てる。
涎が出たのだろう。
「私はレヴィンが粗相しないか心配だよ……」
「礼儀作法にうるさいのかな?」
「失礼のないようにね」
どうしても息子が信用できないようだ。
正直言うとレヴィンは礼儀作法よりもどこまで自分の事を知られているのか、そしてどこまで自分の情報を出せば良いのかの方が心配であった。
余計な事は口にしたくないが、相手は貴族である。事前にどこまで調べられているか不安は尽きない。
(異世界人とかバレてたりして……というかこの世界では異世界人が認知されているのだろうか?)
でも「私、異世界人です」とか急に言われても普通なら何言ってんだこいつってなるだろうな。
すると、家の扉がノックされる音が響いた。
(来たかな?)
リリナが応対するようだ。
扉を開けると、そこには老紳士が佇んでいた。
口髭を生やしている。
こいつはあれだ。セバスチャンだ!
「こんにちは。奥様、レヴィン様を迎えに上がりました。私はマッカーシー家の執事を務めます、アルフレッドと申します」
(アルフレッドか。そう来たか……)
「これはご丁寧にありがとうございます。レヴィン、アルフレッドさんがお呼びよー!」
(レヴィンがなかまにくわわった! なんちて)
レヴィンは慌てず優雅に玄関へ向かう。
「こんにちは。レヴィンと申します。本日はお招きありがとうございます」
よく解らないので適当に言葉を並べておいた。
「それではマッカーシー家の邸宅へご案内致します。こちらへ……」
表には馬車が停まっていた。
少し野次馬がいるようだ。若干ざわついている。
「では、行ってきます」
リリナとアリシアにそう言って、レヴィンは慌てず優雅に馬車に乗り込んだ。
すると馬車が発車した。パカパカとひづめの音が軽快に響いている。
執事は御者の隣りに座っているようだ。
(よかった! 隣りに座られても困るもんね!)
揺れは少ない。異世界転生と言えばサスペンションだな。
くだらない事を考えるレヴィンを乗せて馬車は進む。
暇なので窓から外を眺めてみる。
見覚えのある町並みの風景が流れてゆく。
そしていよいよ王城への城門へとたどり着いた。
馬車が停まるが、それも少しの間だけであった。
すぐに城門を抜け貴族街に入る。
近所では見られないような豪華な邸宅が並んでいる。
王城がどんどん大きく見えてくる。マッカーシー家の邸宅は王城の間近にあるようだ。それだけの有力者だと言う事なのだろうか?
やがて立派な門を通過し、少し進んで馬車は停止した。
馬車の扉が開けられ、執事が到着を知らせてくる。
そしてドキドキしながら馬車から降りると眼前には、石造りの大きな邸宅が広がっていた。
小塔や円錐形をした屋根があり、重厚感のある造りになっていて、彫刻による装飾が壁に施されている。絵画に描かれていそうな壮観な外観であった。
あっけに取られるレヴィンは、しばらく時が経つのも忘れてその邸宅に見入っていた。そこに突然、声がかけられる。いや突然ではなかったかも知れない。
それだけ茫然と見入っていたからだ。
「レヴィン、いらっしゃい」
声がした方に目を向けると、そこにはベネディクトが立ってこちらに手を振っていた。
「いやー声をかけたんだけど、気づかれなくてね。いったいどうしたのかと思ったよ」
「んあ。ごめんごめん。立派なお屋敷だと思ってさ」
「そうかい? ありがとう。さぁこっちへ。皆、お待ちかねだよ」
ベネディクトに連れられて玄関ホール、そして広い回廊を通って、中庭へと通される。
「今日はせっかくの良いお天気だし、テラスでお茶にしようと言う話になってね」
そこにはゆったりとした上等で造りの良い衣服を身に纏った精悍な顔つきの男性が立っていた。
立派なあご髭を蓄えており、大柄である。ベネディクトとはあまり似ていない。
「やあ、ごきげんよう。君がレヴィン君だね。私はベネディクトの父のクライヴと言う。会えて嬉しいぞ!」
「……わ、わざわざ出迎えて頂き恐縮です。私はレヴィンと申します。本日はお招きありがとうございます……」
緊張のせいか上手く話す事ができない。
「父上、あのレヴィンが緊張していますよ。珍しいものが見れました」
「ふふふ。レヴィン君。どうかくつろいで欲しい。ささ、席に座りたまえ」
(ぐぬぬ……後で覚えてろよ、ベネディクトぉ!)
促されて慌てて席に着くレヴィン。
そして、お茶やお菓子が運ばれてくる。
全員分のお茶を入れるセバスチャン、もといアルフレッド。
(あれ? 席がもう一つ用意されているみたいだな)
「レヴィン君の事は、いつもベネディクトから聞いているよ? すごい男がいるってね」
「はぁ……、そんな事はないと思いますが……。どこにでもいる一家に一台、レヴィンです」
「いち……? まぁ謙遜しなくてもよい。例の誘拐事件の犯人を追いつめる手際と言い、脱出する手際と言い、たいしたものだ。おかげでうちの愚息も助かったのだ。お礼を言わせてもらうよ。」
「いえ、運が良かっただけです。犯人の屋敷に警備隊や捜査隊が来てくれなければ脱出は難しかったでしょう」
レヴィンはあくまでも謙遜を忘れない。
(驕る平家は久しからず……)
「そうだ。ところで、この場にもう一人呼びたい者がおってな。そやつがどうしてもと我がままを言って聞かんのだ。」
「私は構いません」
「そうか。感謝しよう。ではクラリス! こちらに来なさい」
「はい。お父様」
呼ばれてテラスに出てきた少女はマッカーシー卿に「ご挨拶なさい」と言われてカーテシーを見事に決める。
「ごきげんよう。レヴィン様。わたくしはマッカーシー家の長女、クラリスと申します。どうぞ、クラリスとお呼びください」
「よろしくお願いします。クラリスさん」
「さんなどいりませんわ」
(こういう時、どんな態度を取ればいいか解らないの……)
「では、話に戻ろうか……。あの事件の時、目隠しと猿ぐつわをされ、手足も縛られていたと聞く。どうやって脱出したのかね? しかも犯人はアスプの実を食べさせたというではないか。とてもじゃないが身動きすら難しいだろう?」
アスプの実というのは人間を仮死状態にする植物の実だ。目覚めた後の倦怠感も凄まじいものがあったのを記憶している。
「あれも運が良かっただけです。たまたま先のとがっていた石が近くに転がっていたので、それで手を縛めていた縄を切ったのです」
鼠のおかげという事もできず、適当な言い訳をしておく。しかしここで突っ込みが入る。
「そんな石なんてなかったように思うんだけど……。鼠は居た気がしたけどね」
(貴様! 見ているなッ!)
「ふむ。鼠を使ったのか? 君は獣使いの能力も持っているというのか!?」
「きっと気のせいです。私の
「そこで
「入学初日に図書館で魔導書を見つけまして。それで覚えていたんです」
「難しい魔法を一目見ただけで覚えてしまわれるなんて……レヴィン様……恐ろしい方ッ!」
「いや一目で覚えるとかないから、いや、ないですはい」
丁寧に話すのが面倒臭い。
「それで見張りを眠らせて僕達を解放してくれたんだよ。彼は。そしてそれからが圧巻だったねッ!」
「確か魔法を放ったと聞いたが?」
マッカーシー卿が前のめりになって聞いてくる。
「はいドア越しに
「それでドアの向こうは蒸し焼きの黒焦げさ。あの熱気は今でも覚えているともッ!」
(ちょっといつもとテンション違って怖いよ、ベネディクト)
「
天を仰ぐマッカーシー卿。
「素晴らしいですわ。レヴィン様!」
「私が有能なら、そもそも
事実そうである。あそこで攻撃魔法を使用されてもやられていたはずだ。
「ふむ。謙虚は美徳だが、謙遜しすぎるのは違うぞ。私は君の活躍は貴族の爵位にも勝ると思っている」
「」
(何言ってんだおっちゃん)
レヴィンは絶句した。
そして、お茶を一口も飲んでいなかった事に気づき、一息に飲みほした。
冷めてしまっていたが、とても美味しい紅茶である。
そこですかさず、空いたカップに紅茶を注ぐアルフレッド。
ここで他の三人も思い思いにカップに口をつけたり、お菓子に手を延ばしたりする。
「もう一度言おう。私は君の功績が貴族の地位に値すると思っている。貴族になるつもりはないかね? もちろん私が全面的にバックアップするつもりだ」
「あまりに突然の事すぎて頭がついていきません……」
言葉を濁して逃げる口実を考える。いつかは成り上がるつもりであったが、当分冒険者をやりたかったからだ。
ベネディクトはと言うと、マッカーシー卿の言葉に戸惑っているようだ。
「ふむ。時にレヴィン君。君の
「はい?
確か鑑定してもらった時はそくらいだったよな、と頭をひねって思い出そうとする。
「そうか。では、今はいくつなのだ?」
「今ですか? 今はLv……どれくらいでしょうか? もう少し上がっているかと思いますが……」
慌てて言い直す。なんだか嫌な予感がしてならない。
ベネディクトとクラリスは何を言っているのだろうと言う顔をしている。
マッカーシー卿の意図を図りかねているようだ。
「平民は貴族と違って
「それはとても羨ましいです」
そう言って優雅に紅茶の香りと味を楽しむ。
「ふむ。そう言えば先程、鼠の話が出たが、君は獣だけでなく、魔物とも意思の疎通ができるのかね?」
「おっしゃっている意味がよく解らないのですが……」
「ふむ。言い直そう。魔物と仲良くやっているのかね?」
「」
ベネディクトが絶句する。
「お父様、人間が魔物と仲良くなんてできるはずがありませんわ!」
「そうだな。だが素晴らしいと思わないか? 魔物と仲良くする能力と言うものは」
(バレテーラ)
「確かに分かり合えたらどんなに素晴らしい事かと思いますが……」
「そうですよ。流石のレヴィンでもそこまで常識外れなはずはありません」
口々にマッカーシー卿の言を否定する二人の子供達。
背中を汗が伝う。
(これはどこまで知っている?)
レヴィンの頭が高速で回転を始める。
(マッカーシー卿は俺を貴族にしたがっている。それは何故? それはおそらく俺が何らかの能力を隠し持っていて、それを取り込みたいと思っているから。でもその力や秘密を知りたいならば、俺を害する行動にはでないのでは? 得られなければ得られないで別に構わないと考えているかも知れない。それならば、秘密を知る事を諦めて、暴露される可能性があるのでは? 暴露されたらどうなる? 異端審問されてレッテルを貼られ、拷問の末、秘密を吐かされるかも知れない。むむむ……おそらく、かも知れない、こちらに情報がなさすぎる。害意を持たれたら詰むぞこれは……(0.1秒))
「先程、貴族になるつもりはないかとおっしゃいましたが、私を貴族にして閣下に何のメリットがあるのでしょうか?」
しばらく考えてから、確固として意思を持ってマッカーシー卿は回答する。
「メリット……か……。私はいつも人間の可能性について考えている。私はこの世界が良い方向に進化してゆくのをこの目で見てみたいと願っているだけの人間だよ」
「あッ! それに私は面白い事が大好きなんだ」
さらに笑いながら付け加える。
「つまり、私が貴族になれば、それが見れるとお思いになっているのですね?」
「そうだな」
「閣下は私を買い被っておられます」
「ふむ。そうか?」
「それに、誘拐事件の解決だけで貴族に叙爵させるのは理由として弱いのでは?」
誘拐事件を解決したくらいで貴族位を与えていては貴族位のバーゲンセールやー、とレヴィンは思った。
「ふむう。そんな事はないと思うが……。君の活躍は私自身が貴族の間に広めているしな」
(おい、やめろ)
「ちなみに、私が断ったらどうなるんでしょうか?」
「私は息子が悲しむ顔は見たくないな」
(ひぃぃぃぃぃ)
「で、では、しばし、お時間を頂けないでしょうか?」
「よかろう。選択の余地はないと思うが。しかし、なるべく早く頼むぞ?」
マッカーシー卿は満面の笑みでそう言った。
それからしばらくは他愛のない会話を楽しんだ。
レヴィンは紅茶を何度もおかわりし、お菓子もモリモリ食べた。
(少しでも元を取ってやる)
しばらくしてレヴィンが切り出す。
「そう言えば、ベネディクトは夏休みどうするんだ? 前衛に
「そうだね。夏休みはこっちにいるつもりだから、転職士にお願いしようかな。でも見習い戦士からだから迷惑をかけるかも知れないね」
「転職するのってお金かかるの?」
「そうだね。うちは転職士を雇っていないから、頼むなら王家お抱えの転職士に頼む事になるね。お金は金貨五枚くらいじゃないかな?」
(高ッ! 俺も転職士を取るべきか……でも鑑定士Lv5がいるんだよな。結構道のりは遠い)
ちなみに転職士の能力『ハローワールド』を取るとどの職種にも転職可能となる。しかし必要な
「あら、前衛が必要ならばわたくしを使ってくださいませ。こう見えても
「そうなのですか? ですが、クラリスはまだお若いでしょう。お気持ちだけ頂いておきます」
「もう。レヴィン様までわたしくを子供扱いしてッ!」
プンスカと怒った素振りを見せるクラリス。可愛い。
「ベネディクト、やってみたらどうだ」
無責任に勧めるマッカーシー卿。
「結構、危険だと思いますよ? 死ぬ覚悟はありますか?」
「レヴィン君、息子をよろしく頼むよ」
「本当によろしいので?」
「ああ。ベネディクト、覚悟してかかれよ」
それからも話題は尽きなかったが、時間が経つのは速いものだ。
お茶会はお開きとなり、約束通り魔導書を見せてもらって、レヴィンは馬車でマッカーシー卿の邸宅を後にした。
色々面倒臭そうな事もあったが、楽しい一日となったのである。
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