第6話 豚人戦
(チッ! 仕留め損ねたッ!)
レヴィンは心の中で毒づく。
(一気に囲まれたらお終いだ……。その前にぶっ飛ばす!)
「
目の前に居た
「ジグド・ダ! 囲まれたらマズい! 入り口まで引くぞッ!」
完全に空気になっていたジグド・ダに声をかけ、後ろに居た十数人に
豚人の悲鳴が木霊する。
濃い血の臭い……。
その中を二人は走った。出入口に向って。
「追えッ!」
豚人の声が戦場に響き渡る。
走りながら後ろを振り返ると、十人くらいがレヴィン達を追ってきていた。
走る道すがらも周囲の家々に
狙いは混乱を誘うことである。
しばらく走ると出入口が見えてきた。
相変わらず見張りが二人立っているのが解る。
騒ぎを聞いて、持ち場を離れるかどうか迷っていたのだろう。
オロオロしているように見える。
しかし、走って近づいて来るレヴィン達を見てその場で槍を構える。
魔法の威力が落ちない程度の距離までくると、彼は魔法を発動する。
「
見張りの一人の上半身と下半身が別れを告げる。
続けてもう一人に魔法を放とうとしたその時、横を走っていたジグド・ダがスピードを速め、斬りかかる。
こら。
彼が邪魔で魔法が打てない。
(ええい。仕方ない。もう一人は任せて追手を片付けよう)
追手との距離がのこり10m辺りで魔法を発動する。
「
その氷の塊が二人を氷漬けにする。
残りがこちらに迫りくる。まだ数が多い。
「
さらに残りの五人ほどが吹っ飛ぶ。
それを確認するとミスリルソードを抜き放ち、追手の一人に斬りかかる。
狙いは脇腹だ。一瞬首を狙うかのようにフェイントをかけ、引っかかったところで脇腹を一閃。腹から血と臓物を出してのた打ち回る一人を放っておいて、次の一人と切り結ぶ。他の二人がしきりに牽制攻撃を加えてくる。やはりさすがに三人同時に剣で相手をするのは難しいか。
横ではジグド・ダが
少し焦るレヴィン。今切り結んでいる相手とはもう十合近く打ち合っていた。
(やはり剣の鍛錬も必要だな)
そう考えながら、切り結んでいた豚人から横へ飛んで大きく間合いを開ける。
『
自分は死角だと思っていたのであろう、
その時、ジグド・ダが大きな声を上げた。
「敵将、打ち取ったりッ!」
苦戦しながらも一般兵を倒したようだ。
倒したのは
その声を聞いて驚いたのだろう。
「おのれ……
こちらを牽制していた
「
その一撃にジグド・ダに向かった
丁度その時、
「貴様、よくもここまでやってくれたな……」
今や、辺りにはあちこちに
「問答無用で襲ってきたのはそっちだろ。俺は飛んできた火の粉を払ったに過ぎない」
「飛んできた火の粉だとッ!? 同朋を愚弄する気かッ!」
「愚弄する気はない。むしろ先に
「うるさいッ! 覚悟はできたか? 貴様は楽には死なせんぞ……斬り刻んでやるッ! 一斉にしかけろッ!」
そう言うと、五人一斉に飛びかかってくる。
レヴィンはジグド・ダの側に駆け寄ると、敵を引きつけてから魔法を放つ。
「
波紋が周囲に広がる。何人かがそれに触れ、大地の錐に貫かれる。
そしてすぐに体勢を整え、レヴィンに肉薄し、大剣を頭上から振り下ろす。
鋭い一撃だ。かわしきれないのでミスリルソードで受け止める。重い。
そこにがら空きの腹を狙って
「チッ!」
レヴィンは軽く舌打ちをして剣を引くとその槍の突きを辛うじてかわした。
すると、その突きは向きを変えてレヴィンを追ってくる。槍が横薙ぎに払われる。
これはかわしきれない!
何とか刃の部分を避けると柄の部分がレヴィンの右腕にヒットし軽いその体が宙を舞った。思いっきり吹っ飛ばされたレヴィンはすぐに起き上がるが、剣を持つ右腕に力が入らない。
(こりゃ骨が逝ったか?)
しかし、すぐさま自分に
「回復魔法だとッ!?」
驚愕の声が
レヴィンは、残りの
その体がビクンと震える。しかし、その一撃に耐えきったようだ。
再び鋭い突きを放ってくる。最早、背後のジグド・ダには眼中はないようだ。
その突きに合わせて、
(しゃーない!)
「
狭い範囲に放電を行う魔法である。授業で覚えたうちの一つだ。
周囲に雷撃がまき散らされる。
やったか!? → やっていない。
今度はレヴィンから仕掛ける。横薙ぎの一閃が
それを受け止め、相手は突きを放ってくる。
そんなやり取りが何合続いただろうか?
先に動きに衰えが見えたのは相手の方だった。
それを見逃すはずがない。
その剣は首をかばった左手ごと刺し貫いたのであった。
ここに勝負は決着した。
「ジグド・ダさん。村を見回ってくるからここにいてください」
ジグド・ダは黙ったまま、コクコクと首を縦に振った。
言葉がでてこないようだ。
彼に
死にかけのものには、これ以上、苦しまぬようトドメをさしてやる。
広場の方に歩いていくと、もう死体で埋め尽くされ、家々はなお燃え盛っていた。
武器を持った者もいるようだが、こちらを窺うばかりで襲ってはこない。
彼等の王の末路を悟ってしまったのかも知れない。
レヴィンが黙々と魔石を回収していると、それでも抵抗しようという無謀な者がいた。
「
そう教えてやっても彼等は「まさか」だの「そんな訳があるかッ!」などと口々に叫んでこちらに向って来た。
抵抗しない者を殺す気はなかったが、向かってくるなら話は違う。
魔法であっさりと葬り去ると、彼等の魔石も回収した。
武器は全て鉄製のものだったので、特に回収する必要性を感じなかったが、自分用の剣と槍と斧を予備で何本かと、
あちこちで泣き声が聞こえてくる。子供や女達の者かも知れない。
燃えていない住居に閉じこもっている者もいるのだろう。扉を固く閉ざしている家があるが、押し入り強盗のような真似はしない。
まだここに来て日も浅く、作りかけの集落であるにもかかわらず、
家も木でしっかりと作られているように見える。家の中までは見ていないが、もしかしたら彼等が身につけていた皮の鎧も彼等自身が加工したものかも知れない。
色々考えながら回っていると、なお襲ってくる者がいたので、もちろん地獄に落としておいた。
レヴィンはしばらく周囲を見て回り、もう見るべきものはないと判断すると、最初の出入口へと足を向けた。
出入口に着くとそこにはジグド・ダだけではなく、見届け人の三人も居て、茫然自失といった感じで突っ立っている。
そんな彼等に声をかける。
「戦闘可能な
それを聞いて、四人ともコクコクと頷いたのであった。
レヴィンを見る目が、畏怖する目に変わっていた事はなんとなく解ったが、何も言わずにおいた。これで何かと反抗的だった、ジグド・ダの態度も変わるだろう。
そしてレヴィンを先頭に村への帰途についた。
帰ると、いつもの
彼等は何も知らないのだから出迎えなどあろうはずがない。
村に入ったところで何かに気づいたのか、見届け人の一人が先に長老の家に入っていく。うん。元々、戦況を刻々と報告してもらうために三人呼んだんだけどね。
レヴィン達が長老の家に着くと、中からガンジ・ダと取り巻き司祭の連中が顔を出した。彼等は顔に満面の笑みを浮かべて出迎える。
「おお、英雄の凱旋だ!」
「
「我等の目に狂いはなかった!」
取り巻き司祭ズが今までの態度が嘘であるかのような手の平返しをしてきた。
ガンジ・ダは少し離れて苦笑いを浮かべている。
嘘つけよお前ら。
司祭ズのヨイショが少なくなったのを見計らってガンジ・ダが前にやってくる。
「無事帰ってこれたようで何よりです。この村を救って頂き感謝の言葉もございません……」
そう言うと、家の中に入るよう促した。
中に入り、皆が坐すると、再びガンジ・ダが口を開く。
「それでは、どのような結果になったか詳しく教えて頂きたい。先程は簡単な話を聞いただけなのでな」
すると、周囲が静かになったが、今度は誰も口を開かない。
え。見届け人じゃなくて俺が説明すんの?
「えー。そうですね……彼等の集落に辿り着き、まずは広場に通されました。そこで、
レヴィンはコホンと一つ咳払いをして続ける。
「ええと、詳しい事は後で、ジグド・ダさんと見届け人から話を聞いてください」
そう言うと、ガンジ・ダはジグド・ダ達に報告するように促す。
それを見て今度は彼等が口々に説明を開始する。
レヴィンとしてはもっと誇張して説明するかと思っていたのだが、そうならなかったので若干驚いていた。
特に、プライドの高いジグド・ダは自身の活躍を大々的に話すかと思っていた。
そう言えば、
そして、話が女、子供はおそらく無事であるというところに及ぶと、司祭ズは手の平を返したかのように文句を言い始めた。
「女、子供が無事では、将来の禍根となるではないかッ!」
「ヤツ等、戦力が整ったらこちらに攻めて来るぞッ!」
「何故、中途半端な事をするのだッ!」
それを聞いたレヴィンは少し語気を強めて言い返す。
「元々、無抵抗の者は殺さないって言いましたよね? 相手に痛撃を与えるだけだとも」
その口調から何かを感じたのか、ジグド・ダと見届け人は慌てて擁護を始める。
司祭ズが言っている事は正論である。
しかし、禍根が残る事は織り込み済みのはずだ。
そもそも、部外者に全て手を汚させようとするその根性が気に入らない。
テメーらも手を汚してから言えよ。
「お前達、何を偉そうに上からものを言っておるのじゃ。レヴィン殿はあくまで好意で手を貸してくれたに過ぎぬのだぞ? 見返りも求めてこない。
いや、
なおも罵ろうとする司祭ズを強い口調で抑え込むと、ガンジ・ダはレヴィンに謝った。
「村の者が申し訳ない。こやつ等にはよく言って聞かせるので、許して頂きたい……。村の民はあなたに感謝するでしょう」
「解りました。でも感謝するならギズ達三人にしてください。彼等との交流がなければ僕は手を貸さなかったでしょうから」
そうなのだ。レヴィンを動かしたのはあの三人なのは間違いない。
「あと、
そう言うと、
「おお、これはありがたい。有意義に活用させて頂きますぞ」
「では僕はこれで帰ります。疲れましたし」
「いずれ、獲物を狩って祝宴を開きましょう。その時はギズ達に伝えさせます故、また村にお越しくだされ」
「解りました。楽しみにしていますよ」
そう言うと、レヴィンは長老の家から出て帰路につこうとする。
しかし、それをとめる声が響いた。
彼が後ろを振り返ると、ジグド・ダが語りかけた。
「レヴィン殿、本当に世話になった。数々の無礼、許してほしい」
彼が神妙だったのは、豚人との戦いでレヴィンの獅子奮迅の活躍を見たからこそだろう。
「いえ。この村を良い方向へ導いてくださいね」
そう言い残すと、今度こそレヴィンは村を後にした。
レヴィンが王都へと帰って行ったその日。
夜も更け、森は暗く、辺りは虫の声だけが響いていた。
ガンジ・ダの家にはジグド・ダと司祭ズが集まっていた。
「レヴィン殿のお力はそんなにか……」
「はい。あれは鬼神の如き活躍でした。その魔法の威力たるや凄まじく、その剣撃も
「それでは、我々も今以上にレヴィン殿と親密な関係を築かねばなるまいな」
すると、司祭の一人が口を挟む。
「しかし、そんな力があればこの村などひとたまりもありませんぞ。」
「そう思うならお主も彼に礼を尽くさぬか。彼がどう言う理由で我等と友誼を結ぼうとするのか解らぬが……」
ガンジ・ダにしても、レヴィンが
ただただ単純な理由からそうしただけであるのに。
「人間の考える事は解らぬ……」
「レヴィン殿が友好的だからと言って勘違いしてはいけませぬ。人間は
「そうだな。人間の中にはもしかしたらまだ、彼のような者もおるやも知れぬが、その大多数は
「とにかく、今は人間と争うてはならぬ。会ったらすぐに逃げるように村の者に言って聞かせよ」
長老の言葉は重い。
「そうですな」
「後はこの村が人間に見つかって、目をつけられた時……ですな」
「そうなったら流石の彼も我々に味方などしてくれぬであろう」
「そうなった時の事も考えてレヴィン殿に根回ししておかねばなりませんな」
「しかし、彼はまだ子供……どれだけ他の人間に影響力を持っているのか……」
彼等が比較的平和的なのは住処が精霊の森だからこそである。
精霊の森の
他の
だが彼等はそんな事を知る由もなかったのであった。
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