第24話 鑑定


「おはよう」


 校舎の玄関で声をかけられ、ビクッとするレヴィン。

 挨拶してきた人は、薄い緑の髪色をしている。印象の薄そうな顔の男子だ。

 挨拶されたという事は同じクラスの人だろうか?

 それとも誰にでも挨拶するタイプの人だろうか?

 流石に昨日の簡単な自己紹介程度ではまだ顔と名前を覚えきれていなかった。

 とまどいながらも挨拶を返す。

 そして内履きに履き替えて自分のクラスに向う。

 ちなみにこの内履きは借り物である。

 これだけではない。教科書類も借り物だ。

 貴族ならともかく平民が全て購入して揃えるのは金銭的負担が大きい事からそういう事になっている。


 ガララッと教室の引き戸を開けて中に入ると、皆の視線が自分に集中しているのが解った。


(な、なんだ?)


 俺、何かしたっけと思いながら小さい声で挨拶して少しオドオドしながら自分の席に座る。注目を浴びたくらいで声が小さくなる自分の小心さに苦笑いしてしまうレヴィン。

 

 その時、後ろから肩をトントンと指でつつかれる。

 後ろを振り返るとそこには微笑みを浮かべた男子がいた。


「おはよう。きっと皆、キミに注目しているんだよ。たぶん一時的なものだから気にしない気にしない」


 気遣って声をかけてくれたようだ。

 レヴィンも挨拶を返して言葉をかける。

 そして必死で名前を思い出す作業を開始するがすぐには浮かばない。


「ありがとう。君は確か――」


 彼は苦笑いすると、こう言った。


「ロイド・フォン・マルセインです。貧乏弱小貴族の長男だよ。」


「ご、ごめん。僕はレヴィン。ロイドは確か精霊術士だったよね?」


 そうだ。聞きなれない職業だから何となく覚えていたのである。


「ああ。でもたいした精霊魔術が使える訳でもないんだけど……」


 自嘲気味に話すロイド。


「中学校に入る前はどうしてたの?」


 まだ周囲の視線を感じる。

 これは初日から注目を浴びたレヴィンに気軽に話しかけるロイドにも注がれているようだ。


「貴族は大抵、家庭教師だよ。あとは自分で本を読んで勉強かな」


「そうなんだ? 僕も魔法関連の本を探して読み漁ったよ。図書館によく通ったなぁ……」


 そんな他愛のない話をしていると、担任のエドワードが教室に入ってきた。

 レヴィンは自分がクラス代表だった事を思いだし、起立礼の号令をかける。

 少しバラけておはようございますの声が教室に響いた。


「うむ。おはよう。ではこれから、教科書を取りに行く。購入した者は待機。借りる者だけ、空き教室に並べてあるから一冊ずつ取る事」

 

 ガラガラと椅子が引きずられる音がしてクラスの半数ほどが立ち上がる。

 教科書を借りるのだから全員平民なのだろう。

 エドワードを先頭に並んで空き教室に向う。

 Sクラスから順番にクラスごとに取りに行くのだろう。他のクラスからは誰も出てこない。


 Sクラスのメンバーは各教科の教科書を集めるとさっさと教室に戻っていく。

 全員戻ると隣りの教室からガラガラと椅子の音が聞こえてくる。

 するとエドワードが紙を一枚取り出すと、教室の壁にその紙を貼る。


「時間割はこれだ。各自確認するように。ちなみに授業は50分で休憩は10分な。鐘がなるからそれが合図だ」


 ちなみに、登校は八時半までで八時五十分までホームルーム、一限目は九時からだそうである。

 

「今日の一限目は特別だ。鑑定士を呼んであるから一クラスずつ交代で見てもらう」


(げ。個人情報ががが。偽装がばれないだろうな?)


 個人情報が漏れるのが嫌だったレヴィンは質問のため挙手する。

 それを見たエドワードは質問の許可を出す。


「個人情報はどういった扱いになるんでしょうか? 公開して共有されるとかじゃありませんよね?」

 

 明らかに嫌そうに質問するレヴィンに苦笑いを受けつつ答える。


「先生の間では共有されるが他の生徒に見せるって事はないから安心しろ」


 そうこうしているうちに八時五十分の鐘がなる。

 一旦休憩だ。

 すかさずロイドが話しかけてくる。


「嫌だなぁ。僕は魔物と戦った事もないし、魔法も少ししか覚えてられていないから馬鹿にされそうだよ」


「あの先生の性格からしたらそんな事はないんじゃないかな。それに大抵の人は強くなんかないと思うけど……」 


 しばらく会話していると直に九時になり鐘の音が聞こえてくる。


「よし。廊下に並べ。移動するぞ!」


 皆、すぐに廊下に整列し空き教室に移動を始める。

 鑑定されるのが初めてなのか多くの者がはしゃいでいる。

 

(まぁ、生まれた時に鑑定受けるくらいみたいだし。そりゃそうか……)


 レヴィンはというと、状態開示ステータスの魔法があるので、特段浮かれてはいない。

 空き教室の前まで来ると、一人ずつ中に入るように言われる。

 鑑定士は既に中にいるようだ。

 言われた通り、順番に教室に入っていく生徒達。

 ほどなくして順番が回ってきたレヴィンが中に入ると、顔色の悪い男が教壇のところに立っていた。

 横には担任の姿も見える。


(鑑定士の能力って『調べる』と『見破る』だよな。見破るで本当のステータスがバレたりしないよな?)


 レヴィンの体を光が包み込む。

 鑑定士が能力の『見破る』を使用したようだ。

 手に持ったペンで紙にサラサラと記載していく。

 横でそれを覗いていたエドワードが目を見開いて感心している。

 感心のため息が漏れているが自分では気づいていないようだ。

 レヴィンは書き写されたステータスの紙を見せてもらう。

 どうやら神様の偽装は完璧のようだ。


「お前強いな。冒険者の依頼も結構こなしてんのか?」


「え、あ、はい。冒険者として活動してます」


 エドワードは納得したのか次の者と廊下に声をかける。

 レヴィンはすぐに退室し、教室に戻った。


 その後、全員が教室へ戻ると、案の定ステータスについて話題になった。

 

「すげぇ! ベネディクトさん、Lv5なんだって!」


「いや、ちょっと故郷に居た時、魔物と戦う機会があったからさ。たいした事はないよ。後、さん付けなんてしなくていいから……」


「いやいや、謙遜しなくていいって。ホント強いんだな。ベネディクト!」


「さんをつけろよデコ助野郎ッ!」


 何やらベネディクトを中心に騒ぎになっている。

 レヴィンは彼から距離を置いてロイドと話していた。


「すごいね。Lv5だって。僕なんてLv1なのに……」


「Lv5の差なんて誤差だよ。今後、授業とかでも魔物と戦う機会が増えるでしょ? ロイドもすぐ追いつくって」


「そうかな? そうだといいんだけど……」


 ロイドはレヴィンにレベルの事は聞いてこない。

 配慮のできる素晴らしい友人である。

 レヴィンは彼と仲良くしようと心に決めた。


 その後、三時限目まで授業が終わり、お昼休みとなった。


 レヴィンの下にはアリシアとシーンが訪れていた。

 昼食を一緒に食べようとのお誘いである。

 選択肢はないらしい。

 ちなみに三人共に弁当だ。

 食堂に行くと結構込んでいる。

 後から聞いた話だが貴族は大抵は学食かパンらしい。


「もう大変だよ~。お茶会に誘われたりして」


「……つきあいは大変……」


「そんなのあんの? 女子は大変だ……男で良かった……」


「男子もあるらしいよ。これから誘われるんじゃないかな?」


「優秀な人は貴族に目をつけられて仲間にされる……」


 シーンはニヤニヤしている。


「面倒くさいなぁ……」


 レヴィンは一人ごちていた。


「ところでレベルは何だった~? あたしはLv11だったよ~」


「む。同じ……」


「俺はLv17だった。皆、春休みの成果だな」


 おそらくダライアスもそれ位だろう。


「そう言えば、午前中の授業で魔法の空撃ちで職業点クラスポイントを稼ぐ方法が教えられたぞ。小学校は教えなくて中学校では教えてOKなのはなんなんだろうな?」


「貴族じゃない……?」


「あーそっか。貴族は昔から教えられているのかも知れないな。上流階級だし」


 そして、お昼休みの時間も終わり、午後一は職業クラス別の授業となった。


 黒魔導士は魔導士の中では一番比率が高いようで、人数の関係から大講堂での授業であった。

 講義は魔導士然とした初老の教師であった。

 雰囲気重視なのか、黒いフードつきのローブを身に纏っている。


「……という訳で、小学校ではLv2程度の魔法しか習わなかったと思うが、ここではLv3からLv5くらいまでの魔法を教えてゆく。教えて良い魔法は細かく法律で定められておるが、自分で魔導書などを見つけ出して覚える分には構わない。まぁ法律の穴のようなもんじゃな。皆、機会があれば、貪欲に魔法を覚えてゆくように。もちろん、魔法陣だけ覚えていても魔法は使えん。それに見合った職業点クラスポイントを稼いで職業クラスレベルまで上げる必要があるからの」


 やはり高レベルの魔法も教えてもらえるのは嬉しい。

 何より強くなれるし、戦闘における戦略の幅が広がる。

 しかし、仮にも国立学校の教師が法の穴を語るとか大丈夫か?

 レヴィンはそう思った。


 後、強い魔法を覚えていても、それが正しい事に使われなければ意味がないと教師が言っていた。このような感覚を身につけるために倫理や道徳の授業もあるらしい。

 悪しき者に大きな力が渡るのは避けなければならないという考えからくる教えであった。


 今日の授業が全て終了し、アリシアとシーンが教室にやってくる。

 今日も図書館に行こうと思っていたが彼女にゴネられたので、途中でお茶して帰る予定だ。レヴィンはその時に、付与魔法と白魔法の魔法陣を教えて欲しいと彼女達に頼んだ。


「どうして? 教えても使えないんじゃ意味ないんじゃない?」


「強くなるためさ」 


 彼女の疑問にレヴィンはいつ本当の事を話そうかと思案した。

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