第19話 カルマにて


 朝の陽ざしが窓から降り注ぐ。

 光を浴びてレヴィンは目を覚ました。

 時間を確認しようとするが部屋に時計はない。

 昨夜も日課の魔法の空撃ちで魔力を使い果たし、疲れ果て眠りについたのだ。

 それにしても部屋の窓がガラス製である事に今更ながら驚かされる。

 こんな小さな宿屋の窓でさえそうなのである。

 どれだけの儲けを出しているのだろうか?


 寝ぼけ眼をこすりながら階段を一段一段踏み外さないように降りる。

 宿屋の食堂に入ると、看板娘が大きな声を上げた。


「お客さーん! もう九時だよ。早く朝食食べちゃって!」


 レヴィンはパンを三個とチーズを一かけら取って席に着く。

 しばらくボーっとしていると、娘がソーセージと目玉焼き、そして野菜スープを持ってきてくれた。

 温め直してくれたのだろう。スープも温かい。


 「ありがとう」


 腹が減っていた彼はものすごい勢いで食事を平らげてしまった。

 そんな彼をジト目で眺めつつ彼女は尋ねる。


「お客さん。今日も泊まってく?」


 うーん。どうしよう。レヴィンは腕を組んでハタと考え込む。

 街も一通り周ってみたいし、冒険者ギルドの依頼や資料の確認もしてみたい。

 大きな街だけにどれくらいかかるか時間を算出できないでいた。

 

「一泊いくらだっけ?」


「銀貨六枚だよ」


 確かチェックアウトは十時だったはずだ。

 

「部屋ってすぐ埋まっちゃうかな?」


「そんなの解んないよ。でも午前中なら大丈夫かも」


 レヴィンは納得し、チェックアウトする事にした。

 とりあえず冒険者ギルドへ行ってから滞在を延ばすかどうか決める事にする。


 まずは冒険者ギルドだ。

 カルマの買い取り店はギルド内にあるようだ。

 レヴィンは『素材・魔石買い取り』と書かれたプレートを見つけるとその窓口へと顔を出した。


「いらっしゃい」


 受付嬢は無愛想な娘であった。

 

「魔石の買い取りをお願いします」


 そう言うと手に入れた魔石をカウンターに全て置いた。


「お。良い属性だねこのBランク。んー全部で金貨八枚と銀貨三枚ね。」


「はい。売った。換金よろしくです」


 そう言うと、受付嬢は硬貨をカウンターに置いた。

 それを受け取ると巾着袋に入れ、トイレに行くとこっそり時空防護シェルターを唱えその中に放り込んだ。

 次は掲示板を見に行く。

 すると見知った顔を見つけた。

 イザーク達である。


「おはようございます。なんか良い依頼ありまっか?」


「おう。レヴィンじゃねーか。んーそうだな」


 彼の隣りではイーリスが暇そうに冒険者タグを右手でもてあそんでいた。


(ん。これオリハルコンじゃね?)


 オリハルコンのタグはAランクの証だ。

 レヴィンは微かな違和感を覚えたが、まぁいいかと掲示板に目を戻す。


 イザークは依頼書の中からいくつか見つくろった。


「お前だとこんなもんか?」


 ・トロール:ランクC。三体討伐。素材はトロールの核と皮。報酬は金貨一枚。※魔石別

 ・ソードタイガー:ランクC。三体討伐。素材は毛皮と牙。報酬は金貨一枚。※魔石別

 ・ツインリザード:ランクC。五体討伐。素材は皮。報酬は金貨一枚。※魔石別

 ・ログハイネ:ランクD。五体討伐。素材は羽。報酬は大銀貨三枚 ※魔石別

 ・ココホリン:ランクD。五体討伐。素材は毛皮と爪。報酬は大銀貨三枚 ※魔石別


 どうやらランクの手頃な魔物を選んでくれたようだ。

 レヴィンは自分のランクがEなのに大丈夫かと心の中でつぶやく。

 ランクCがある辺り過大評価されているのかも知れない。


(そこまで堅そうじゃないな。これなら空破斬エアロカッター光弓レイボウでいけるかもな。魔石を自由にしていいってのも良い)


 依頼者が違うだけで同じような依頼が大量にあるようだ。

 これなら依頼の取り合いにはならないだろう。

 しかし、魔の森にどの種類がどこに生息しているかなんかは経験がものを言うな。

 最初は森の下見が必要かも知れない。依頼は受けていなくても素材を売る事はできる。


(あ。しまった。森には入らないって誓っちゃったんだった!)


 仕方ない。王都までの護衛依頼を探してとっとと帰ろう。

 レヴィンはそう考えて、適当な依頼を見つくろい始める。

 

(これで良いか。カルマ―王都間の護衛依頼。報酬は大銀貨六枚で護衛人数は十名ね)


 護衛依頼を受ける事に決めると、イザークにお礼と謝罪をして受付嬢の下へ向かう。しばらく並んで自分の順番が来ると、依頼番号を伝えて自分のタグを手渡した。


「事前説明があるみたいだから今日の十五時に会議室Dに来てね」


 出発は明日の朝九時だったので、一旦宿に戻って再度宿泊する旨を伝えに戻る事にした。

 

 レヴィンは宿屋のイシマツ屋に戻って、もう一泊する事を伝えた。

 幸いまだ部屋の空きがあったので、早速とってもらうと部屋に荷物をおいてすぐに散策に出かける。

 この街は特殊だ。大抵の街には城壁の外側に畑や牧場の風景が見られる。

 しかし、魔の森に面しており頻繁に魔物の襲来があるこの街は、非常に危険なので、街全てを完全に城壁で囲んであるという。

 よって小麦などの食糧はほぼ国内の他領からの輸入に頼っている。それほどにこの街には金が集まっているのだ。

 正確に言えば、獣の肉などは毎日結構な量が狩られているので大半は賄えている。


 レヴィンはこの街を実際に歩いてみて改めてその大きさに驚かされた。

 下手をすると王都よりも大きいかも知れない。

 街の中心には領主の館があり、冒険者ギルドや商人ギルド、商家・商店が軒を連ねている。ちなみに領主の館は防衛に向いた砦のような構造になっている。

 東の辺境と言う事で対人にも対魔物にも気を使われているのだろう。

 また、大通りには宿屋や飲食店、バー等が建ち並んでいる。東の城門付近は農業区画のようで、小麦畑はないようだが野菜類の栽培が行われているようだ。

 他にも、定番と安心の武器屋、防具屋、魔導屋、薬屋などがある事は確認済みである。

 流石に素材が毎日供給されるだけあって品揃えは豊富であった。アリシア達の装備を今日中に買っておこうと考えている。

 裏通りに入ると、予測していた通り、風俗店が軒を連ねていた。この規模の街なら当然だろう。軒数も多いように感じた。

 少し脇道に入ると今度は奴隷屋が何軒か並んでいた。立派な看板を掲げている。

 メルディナでもしたように受付で情報収集してみる。

 強面の兄ちゃんが受付をしている。なんだろう。この手の店の受付は強面だと法律で決まっているのだろうか?

 この街は主に戦闘奴隷が取引されているらしい。この国では労働奴隷は北へ、戦闘奴隷は東へ集まると言われていると意外と親切に教えてくれた。


 正午を過ぎてレヴィンはこの街にハモンドの拠点があると聞いていた事を思い出した。せっかくだから冷やかしに行ってみようと思い、昼食後に店を訪ねた。

 彼の店はこの街有数の商家であるようだ。規模はそこそこ大きい。しかし入ってみると、そこまで多くの品を扱っているようには見えなかった。

 他領から輸送してきたであろう、ガラス製品、食器類、機械製品、魔導具が置かれている。

 この街の構造は特殊である。この地がハモンドの拠点と言ってはいたものの、この街で仕入れた素材を他領に輸送して得られる儲けが一番多いのでは?とレヴィンは思った。特に見るべきものもなかったので、少し失望して退店した。


 次に南の方へ足を運んでみると、大きな建物が何軒も建ち並んでいるのが見えた。

 なんの建物だろうかと近づいてみると、入口らしき場所には衛兵が見張りをしているのが確認できた。

 彼等に確認したところ、ここは魔石関連の研究所の区画だそうだ。

 立ち入りは禁止されているようだ。

 移動が大変である。喉が渇いたので、ジュースを買って飲みながら店員と会話してみる。聞けば北の方は居住区画でスラムもあるのであまり近づかない方が良いと言われた。

 

 特にやるべき事も見当たらなくなったので、再度武器屋へ足を運んだ。

 アリシア達のために装備を揃えるべく店内をうろつく。

 これでアリシア以外、仲間にならないってのは勘弁な、心の中でつぶやく。

 鬼王から分捕ったミスリルソードは自分用に取っておくとしてダライアスには剣、アリシアはロッド、シーンにはワンドが必要だ。

 ヘルプ君によれば新米剣士しんまいけんしは剣、短剣、ナイフが装備可能とあった。

 迷ったが価格と相談して、ヴァルファングという牙で出来た剣を購入した。

 ヘイムギガースという魔物の牙で出来ており、魔物の血を吸ってその力を大きく向上させるらしい。

 価格は金貨ニ枚したが先行投資だと思う事にした。


 次は魔導屋へ行った。

 目的はアリシア用のロッドとシーン用の杖だ。

 はっきり言ってどれも同じに見えたのだが、店員お薦めの物を購入した。

 選んだのは、魔力強化の効果があるケレナロッドと神聖魔法・白魔法強化の効果がある聖者の杖だ。

 初心者が装備するには贅沢なものである。


 最後に防具屋へ向かう。

 ダライアスにはチェインプレイトとマント、アリシアにはツインリザードの皮の服とマント、シーンには聖者のローブを購入した。

 有り金のほとんどを購入資金に充てた。もう金欠である。

 ここで店の時計を確認すると十四時前だったので、少し早いが店を出て冒険者ギルドに向う事にした。


 到着したレヴィンは、会議室ではなく資料室へ入った。

 意外と馬鹿にならない情報が眠っているのだ。

 黒魔法Lv4の魔法である光弓レイボウの魔法陣もたまたま資料に添付されていたものを見つけたのだ。

 十五時まではそれほど時間もないが、片っ端から見てまわる。 


(ん。迷宮創士ダンジョンクリエイター?)


 その依頼報告書は迷宮創士ダンジョンクリエイターの相談依頼であった。結構最近の依頼である。

 問題は解決できず依頼は失敗扱いとなっているようだ。

 場所や依頼人の名前を心にメモする。

 その報告書を棚に戻すと、再び物色を始める。

 しかし、たいした資料は見つけられなかった。


 十五時少し前になったので指定されていた会議室へと入る。

 依頼は情報通り、素材の輸送隊の護衛任務であった。

 異国の商人で、カルマを拠点にして活動するために東方からやってきたらしい。

 護衛メンバーは冒険者ランクCとDの混成部隊となった。

 レヴィンは自分だけEかと考えると少し憂鬱になったが、特に問題もないだろうと気持ちを切り替えた。


 翌日の八時に輸送隊と護衛一行はカルマの街を後にした。

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