横たわる大森林11

「寿命……?」


 モモが告げた言葉を、継実は無意識にオウム返し。予期せぬ単語に思考が一瞬停滞してしまう。

 だが、よく考えてみればあらゆる事柄が繋がっていく。

 どうして大トカゲはさっさと産卵しなかったのか? これが最後の産卵になると察していて、『次のチャンス』を待つなんて出来なかったから。

 産卵がやけに短時間で終わったのは? もう腹の中に卵なんて殆ど残っていなかったのだろう。

 卵の傍から離れなかった理由は? 最後なのだから次の卵を産む準備など出来ず、故にこの卵に残りの時間人生を全て投資するつもりだったのだ。

 では、目の前で繰り広げられている虐殺は?

 ――――子供達の敵を一匹でも多く地獄に叩き落とす。その結果寿命を削ったり、強敵に自分が殺されたりしたところで……なんの問題もない。どうせもう自分は長く生きられず、これ以上子孫なんて残せないのだから。


「死期を悟ってんのか、相当無茶してるわ。死臭ががんがん漂ってきてるもの。恐らくもう長くは持たないわね」


「そんな……じゃあ、あのお母さんトカゲは……」


「何がなんでも卵を守るつもりよ。自分が死ぬ、その時までね」


 モモの言葉にショックを受けたのか、ミドリは両手で口を覆いながら僅かに後退る。七年前の継実なら、ミドリと同じような反応を見せただろう。母親とは、それほどの存在なのかと。

 だが、今は違う。

 子供のために残りの命を捨て去るとは、正に合理性の極み。そして自分の命すら惜しまない生物は『無敵』だ。恐らくあの大トカゲを止められる生き物なんていない……例えあのフィアであろうとも。

 しかし無敵には時間制限があるのがお約束。モモが言うように、相当無茶をしてるとなれば尚更だ。ならアイツの残り少ない命を削り尽くせば、卵どころか『巨大な肉の塊』まで手に入る。暴れ回る大トカゲ相手に恐れず跳び出す獣達の思惑はそれだ。他種が殺されるのは勿論、例え同種だろうとも、。故に徒党を組んで大トカゲに立ち向かう。とびきりのご馳走を手にするために。

 そして継実達だけが『理性的』に大トカゲ母親の覚悟を尊重してやる、義務も義理も利益もない。


「……みんなで総攻撃ぃ! あの大トカゲの肉と卵で晩餐だぁ!」


「そうこなくっちゃ!」


「えっ!? 今の流れでそれ言います!?」


 相手の弱味に容赦なく付け込む野生動物継実とモモは、数秒と考えずに大トカゲ襲撃を決定した。一番文明的なミドリが何かを言っていたが、最早文明で腹は満たせない。「お肉でお腹いっぱいになりたいかー!」と継実が鼓舞すれば、ちょっと迷った後にミドリは「お、おぉー!」と答える。

 全員の同意を得たなら躊躇う理由などない。継実が先陣切って前へと出て、後ろにモモ、最後尾にミドリが続く形で三人は茂みから跳び出した。

 大トカゲは参戦してきた継実達を、目だけを動かして認識。しかし威嚇をしたり、殴り掛かろうとしてきたり、攻撃をしてくる素振りはない。足下ちょろちょろと動き回り、噛み付いてくるネズミ達を潰すのに気を取られているようだ。

 それでも尾を継実達目掛けて一発振ってきて、とりあえずの攻撃はしてきたが。


「モモ!」


「任せて!」


 合図と共にモモはミドリを抱え、空高く跳躍。近くにあった巨木の幹に捕まり、薙ぎ払うようにやってきた尾を回避する。ミドリとモモは降りず、幹で止まったまま一旦様子見だ。

 継実は伏せて大トカゲの尾を避け、単身で前線に陣取った。草むらの中を走り回るネズミやヤモリに混ざり、小さな生き物達の流れに加わる。彼等と協力して、少しでも早くこの大トカゲを仕留めるために。

 とはいえ事はそう単純にはいかない。


「(流石に、ちょっと密度が高い……)」


 継実は大トカゲの周りを観察し、状況を正確に把握する。

 大トカゲの頭上にはカラスが飛び交い、草むらの中をネズミやヤモリ達が走り回る。ミドリほど優れてはなくとも、粒子操作能力を使えば継実にも物陰に隠れた生き物を『透視』する事は可能だ。肉眼ではその姿が見えずとも、頭の中で詳細を描く事は出来る。

 周りを走り回る動物達はいずれも、大きさや形は七年前にも見られた、端的に言えば『普通』のものばかり。人間である継実から見れば小さな生き物達である。

 しかしその分数が多い。一種当たり数十どころか数百はいるだろうか。もしも継実が粒子ビームを撃ったり、或いはモモが電撃をお見舞いしたりすれば、間違いなく小動物達も巻き込むだろう。

 別段ネズミやカラスの命が惜しいとは思わない。もしも巻き添えで仕留めたら、ついでに晩餐に加えてやろうとすら思う。だが、一応は協力して大トカゲを仕留めようとしている仲間だ。巻き添えを食らわせて戦力を減らすのは得策ではないし、『囮』が減ればこちらに矛先が向く可能性が高くなる。何より最悪小動物達に敵と認識されて、総攻撃を受けるかも知れない。ネズミの一匹二匹なら兎も角、大群で襲われたら継実などあっという間に食い殺されてしまう。

 恐らく大トカゲもそう読んでいて、だからこそこの中で『最大戦力』である継実やモモを無視している。如何に力が強くとも、手出しが出来なければいないも同然という訳だ。

 その『油断』を付いてやる。

 継実にはそれが得意な家族がいるのだから。


「ミドリ! 全力でアイツの頭を引っ掻き回して!」


「は、はいっ!」


 継実の合図を受け、モモに抱えられたままのミドリが手を伸ばす。


「シュウゥッ……!?」


 直後、大トカゲが呻きを上げた。

 ミドリの能力による脳内物質の撹乱――――あの大トカゲには通用したらしい。即死しない時点でなんらかの対抗策は施している ― 恐らく身体強化能力の応用だろう ― が、ミドリが抜ける程度の性能だったようだ。

 苦しみ始めた大トカゲに小動物達は一瞬戸惑いを見せるが、すぐに好機だと判断してくれた。ネズミは口から強酸性の液を吐き、ヤモリは手から謎ビームを放つ。カラスが嘴で突けば、大したスピードもなかったというのに鱗が震えて弾けるように割れた。

 大トカゲも尻尾を振り回して反撃してくるが、苦しみながらの攻撃の精度などたかが知れている。ネズミもヤモリもカラスも軽やかに躱してみせた。或いは、もうそんな攻撃にやられるようなのろまは生き延びていないだけか。

 継実ものろまではなく、ふわりとジャンプしてこれを回避。手応えのなさから尾っぽの一撃が空振りに終わったと理解したのか、大トカゲは忌々しげに顔を顰める。

 その顔に鋭い眼差しを浮かべながら、大トカゲはふと頭上を見上げた。

 何処を見ている? ――――ほんの一瞬疑問に思った継実は、次の瞬間最悪の可能性に気付く。反射的に視線を追えば、そこには幹に止まるモモとミドリの姿があるではないか。

 どうやら自身を『攻撃』してる奴が誰なのか、勘付いたらしい。


「(フィアもそうだけど、なんでミュータントってどいつもこいつもミドリの能力に対策してるだけじゃなくてこんな敏感なの!?)」


 ミドリの力は端的に言えば、脳みそを遠隔操作でぐちゃぐちゃにしてしまう能力。何をどうすれば追跡が出来るのか――――等と愚痴を零す暇はない。

 大トカゲは既に動き出し、苦しみながらもミドリ目掛け突進を始めている!


「ちっ……ミドリ!」


【は、はい! なんとか足止めを試みます!】


 モモは舌打ちと共に逃げ出し、ミドリは更に力を込めて大トカゲを牽制。しかし大トカゲの動きは止まらず、未だモモよりも素早い。

 モモはミドリを脇に抱えながら、十メートル以上の高さを逃げ回っている。トカゲの身体付きは跳躍に向いていない作りだが……超音速を出せる脚力ならば、十メートルぐらいの高さは軽々と跳べるだろう。

 このままでは二人が襲われる。


「させるかァッ!」


 故に継実は、大トカゲが大地を蹴ったその瞬間に跳び蹴りをお見舞いした!

 五メートルもある大トカゲだ。スリムな体型を考慮しても、推定体重は継実の二~三十倍。力の差も同様だ。

 しかし空中に浮かび上がった今なら、力の差など関係ない。大トカゲに空を飛ぶ力がない以上、空中では踏ん張る事も何も出来ないのだから。

 そして粒子操作能力を持つ継実の力は、かつての三十倍なんてものではない。

 流星が如くスピードのキックで、大トカゲを蹴り飛ばす! 大トカゲは継実の攻撃で身を捩りつつ、反撃のためか四本の脚を振り回した。が、継実は自身の一撃による反作用で、既に大トカゲとは反対方向に自ら吹っ飛んでいる。反撃は空振りに終わった。

 継実の一撃で吹っ飛ばされた大トカゲは大木に背を打ち付け、小さく呻く。尤もその呻きは、叩き付けられた際の爆音に紛れて聞こえやしない。

 単純な破壊力ならば、大トカゲが受けた衝撃はそれこそ隕石の衝突に匹敵するものだろう。七年前なら大量絶滅を引き起こすエネルギー……とはいえ、これで倒せたと思うのは早計だ。こんな攻撃、継実が受ける側だとしても即座に体勢を立て直せる程度なのだから。いくら寿命が近いといっても、こんな程度で死んでくれるほど大トカゲは甘くあるまい。

 しかし甘くないのは継実達も同じ。

 蹴り飛ばした事で周りから小動物達がいなくなれば、もう、遠慮なんていらないのだ。


「これでも、喰らえっ!」


 継実はすかさず指先から粒子ビームを撃つ!

 叩き付けられた樹木から自由落下で落ちていた大トカゲの胸部を、粒子ビームの閃光が撃ち付ける! 背中に比べれば脆弱であろう胸だが、粒子ビームを易々と弾いていく。されど地上に到達前だった身体は粒子ビームに押され、再び巨木の幹に叩き付けられた!


「私の分も受け取りなさい!」


 攻撃をするのは継実だけではない。これまで様子見と退避しかしていなかったモモも攻撃に加わる。

 モモが放つ核融合炉級出力の電撃は、大トカゲの全身へと流れていく。大トカゲは大きく目を見開き、大気が震えるほどの大絶叫を上げた。

 どうやら電撃への耐性は左程強くないらしい。無論九百ギガワットの電流をまともに受ければ、『普通』の生物なら一瞬で炭化する。数秒と浴びれば、原形を残しているかどうかも怪しいだろう。悲鳴を上げながらも未だ生きている辺り、なんらかの対処はしている筈だ。それでも、継実の攻撃より効果が大きいのは間違いない。


「シュ……ウゥアッ!」


 少なくないダメージを受け、余裕がなくなってきたのか。大トカゲは腕と尾を振り回し、継実達の攻撃を振り払おうとする。しかしミドリの能力により痛む頭では、本来の力が発揮出来ない。今まで見せてきたものとは明らかに違う、弱々しく、抵抗というよりも藻掻くような動きが限界だ。

 それでも大トカゲと継実達の力量差は大きく、少しずつだが大トカゲは体勢を立て直していく。

 いずれ大トカゲは粒子ビームを吹き飛ばし、電撃の中を猛進しながら、頭の中を引っ掻き回す輩を一撃で吹き飛ばす。最早確定した未来である。

 継実達三人だけで挑んでいたなら。


「キュゥッ!」


 一匹のヤモリが、か細くて甲高い声で鳴いた。


「キュゥー!」


「キュキュッ!」


「キュゥ!」


 すると周りに居た何百ものヤモリ達が、一斉に鳴き始める。何度も何度も、意思を束ねるように、タイミングを合わせるように鳴き続け――――


「「「キュアッ!」」」


 最後に一回、大声で吼えながら両手を前へと突き出した。

 直後、ヤモリ達の手から放たれたのは『謎ビーム』。

 白くてもやもやした、光なのか靄なのかもよく分からないもの。速度も光速どころか音速よりも遅く、一見して情けない攻撃である。だが、その攻撃の正体が見えている継実は背筋を凍らせた。

 ヤモリ達はファンデルワールス力を飛ばしたのだ。

 ファンデルワールス力とは原子間やイオン間など、ミクロな世界の間に働く引力・反発力を示す言葉。七年前の世界において、ヤモリはこのファンデルワールス力を利用して壁に張り付いていると解明されている。

 先に述べたようにファンデルワールス力は本来原子間のような、極めて小さな物質の、極めて近い距離の間でしか働かない力。しかしミュータントと化したヤモリ達は、その力を念動力が如く飛ばせるようになったらしい。

 飛ばされたファンデルワールス力は、命中した物体の『引力』や『反発力』を変化させている。つまり一部は圧縮され、一部は反発により離れ合うという事。肉体が部分的に潰され、部分的に引き裂かれる、地獄のような攻撃だ。

 そんな攻撃が全身を包み込めば、もう、苦しいだのなんだのという次元の話ではないだろう。


「シャッ……!? ガッ……!」


 ファンデルワールス力を受けた大トカゲは呻き、整えようとしていた体勢が崩れる。ファンデルワールス力の波動が消えても、今度は継実の粒子ビームが身体を突き飛ばし、また大木の幹に貼り付けにした。

 攻撃するのはヤモリ達だけではない。

 何百ものネズミ達が隊列を組むや、口から強酸性の液体を吐き出す。液体は粒子ビームや電撃ですぐに気化してしまう程度のものだが、射出速度が速ければ、一部だけでも大トカゲに届く。手足を強酸で溶かし、抵抗する力を奪う。

 大空を飛ぶカラス達も手伝い始めた。カチンカチンと嘴を鳴らすと、回りのものがカタカタと揺れる。震動を感知した継実は、カラス達の嘴が超高速で『震動』していると気付いた。複雑怪奇な共鳴原理により物体を粉砕する能力……それがカラスの力らしい。それを嘴を鳴らす動きにより、共鳴波とでも言うべき形で飛ばしているのだ。

 本来なら直接触れねば大きな効果はないだろうそれも、何十ものカラスが絶え間なく嘴を鳴らせば話は別。共鳴派同士が重なり合い、強い力となって大トカゲの身体を揺さぶる。物体を破壊する力はなくとも、内臓レベルで震動すればその気持ち悪さは如何ほどか。戦う力を削ぎ落とすのもまた、重要な戦術である。


「シャ……シャ……ガ……!」


 ケダモノ達の猛攻に大トカゲが苦悶の声を漏らす。今までの暴れぶりが嘘のように、動きが鈍い。恐らく、もう体力が底を付きようとしているのだ。

 産卵を終えたばかりの母親に、寄って集って攻撃を仕掛ける。

 人類全盛期ならば、なんと残酷な仕打ちなのかと『社会』から批難もされよう。だが此処は自然界。子育て中の母熊がお腹にたっぷり卵を蓄えた鮭を食い殺し、我が子を引き連れたシャチがオタリアの子供を食べもせずに殺して遊ぶのが世界だ。人間達の上から目線の物言いなど、野蛮な野生動物達には届かない。

 野生の人間である継実も同じ。目の前に居るのは可哀想な母親ではなく、美味しい肉の塊だ。もう少しでこの大トカゲの肉が手に入る。期待に胸を膨らませ、油断してはならないと思いつつも継実は笑みを浮かべ――――


「チュウゥゥッ!?」


 一匹のネズミの上げた悲鳴が、継実の意識を『現実』へと引き戻した。

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