旅人来たれり14
こんな馬鹿げた事があるものか!
遠目に継実達の戦いを見ていたミドリは、思わずそう叫びたくなった。
「こん、のオオオオオオッ!」
モモが地響きのように感じるほどの咆哮を上げながら、凄まじい速さで飛び出す。
恐らく発電した電気を用い、自身の身体を打ち出したのだろう。さながらレールガンの弾丸が如く、モモのスピードは音速の六百倍以上に達していた。あまりの速さに圧縮された空気ことソニックブーム……否、衝撃波を生み出し、ただ駆けるだけで破壊を振りまく。
秒速二十キロ以上もの速さで駆け抜ける地上兵器なんて、そんなものはこの広い宇宙に存在する多種多様な文明でもまず見られない。何故ならその速さは、地球における第三宇宙速度……恒星の重力を振りきってしまうスピードなのだから。ただ走るだけで惑星の重力を突き破り、遥か銀河の彼方に飛んでいってしまう。恐ろしく難しい制御によりどうにか地上に張り付いても、衝撃波を撒き散らしていては、自国の防衛には使えない。強過ぎる兵器というのは使い道がないものだ。
無論生物にとっても同じ事。秒速二十キロなんて速さは、超々高重力環境下の惑星でなければ、ただの星系脱出能力だ。衝撃波で生息環境を荒らしては、自分の生きる場所さえもなくなってしまう。星系間を旅する種なら兎も角、地上で暮らす生物にとっては『無用の長物』である。
当然こんな速さのモノが自分達の生活圏に現れるなんて想定は、何処の文明も生物もしない。そんなものは『現実的』ではないのだから。ミドリにモモの動きが残像程度でも捉えられるのは、寄生しているこの死体のスペックが、フル活用には程遠いにも拘わらず、宇宙に存在する数多の文明の『性能』を凌駕しているからだ。
ただ一体でも星に降り立ち、本気で暴れ回れば大半の文明を破壊し尽くすであろう力……ネガティブに匹敵する、或いは上回るほどの宇宙的脅威と言わざるを得ない。それがミドリの考える、今のモモに対する正確な評価である。
だが。
「オオオオオオオぶっ!?」
フィアが繰り出した拳は、迫り来るモモの腹を正確に捉える!
強力な一撃は隕石すらも上回る衝撃波を撒き散らし、モモの身体が背中側から爆ぜた。バラバラと背中の『肉片』が周囲に飛び散る。身体に受けたエネルギーを受け止めきれなかったのだ。通常の宇宙生物なら、間違いなく即死しているだろう。
しかしモモからすればなんの問題もない。モモの身体は体毛で編んだ偽物。例え外面の身体が爆ぜようとも、モモの本体は無傷のままだ。
背中が破裂したまま、モモは自分を殴り付けたフィアの拳と腕に抱き付く! 痛みを感じなかったからこそ出来る咄嗟の判断。フィアに密着したモモはすかさず全身の毛を擦り合わせ、莫大な電気を生み出す!
放出された電撃は二テラワット相当。たった一撃で惑星の環境を激変させるエネルギーを、一点集中で撃ち込む! こんなエネルギーをぶち込めば、電気分解のしやすやなんて関係ない。あらゆる物質が分解・崩壊していく。水で出来ているというフィアの身体も、僅かに仰け反った。
いや、違う。
電撃で仰け反ったのではなく、仰け反るほど大きく、モモがしがみついている腕を振り上げただけ。
「ふんっ!」
フィアは力のこもった声を上げながら、モモごと腕を振り下ろす! 更にその腕はぐにゃぐにゃと伸びていき、三メートルはあろうかという長さに達す。
まるで鞭のようにしなる腕によって、モモは地面に叩き付けられた! 巨大隕石染みた衝撃波が広がり、並の生命体ならば跡形もなく吹き飛ぶような物理的衝撃がミドリの身体に襲い掛かる。
されどこの程度、ミドリの『肉体』ならばなんの問題もない。
モモにとっても同様。地面に叩き付けられてもしがみつくのは止めず、モモは電撃を撒き散らす! モモからの反撃を受ける度、フィアの腕は更に激しくモモを地面に叩き付けるが、それでもモモは攻撃を続けた。
だがフィアの身体は壊れない。
どうやら身体に溶け込ませた金属元素を用い、電流が水へと伝播しないよう制御しているらしい。ミドリの目にはそれが見えていた。本来電気を防げるものではない物質で身体を作りながら、フィアが異常に高い抵抗性を持つのはこれが原因だ。
対して体毛で編まれたモモの身体は、打撃を受ける度に少しずつ摩耗していた。単純な運動エネルギーだけなら、巨大隕石クラスでもモモにとっては問題ない。しかし激突時に、運動エネルギーの一部が熱へと変換されている。全体から見れば微々たる比率だが、大元が惑星活動規模のエネルギー量だ。一パーセントでも変換されれば、熱核兵器に匹敵する高熱を生み出す。
熱に弱いモモの毛は、少しずつ溶けていく。脆くなった繊維では物理攻撃に耐えきれず、やがて千切れ飛ぶだろう。このままではモモは戦えなくなる。
「モモを離せぇぇッ!」
そうはさせないと駆け付けたのが、継実。
黒い髪が青く色付き、両腕には肘まで覆うような青い光の手袋を纏う。瞳は虹色に染まり、白目は紅く、普段とは全く違う色へと変化していた。
継実の『戦闘形態』だ。ネガティブを打ち倒したのもこの姿であると、ミドリは継実本人から聞いている。宇宙の誰にも止められなかった、止めようがなかった災厄すらも滅ぼす姿。究極生命体と呼んでも過言ではないだろう。
閃光を残すほどのスピードで、継実はフィアの背後から跳び蹴りを放つ! フィアは継実を見向きもせず、身動ぎもしない。あと数メートルで命中――――
そこまで迫った瞬間、フィアの背中から無数の触手が生えた!
「げっ、ヤバっがっ!?」
伸びた触手は継実の顔面を殴打。蹴りを放つ体勢だった継実は、空中でぐるんと一回転してしまう。
その隙をフィアは見逃してくれない。
背中からは更に無数の触手が生え、継実に襲い掛かる! 触手といえば絡み付き、身動きを封じ、身体を弄るもの……等という淫靡な知識がミドリの宿主であるこの身体にはあるようだが、フィアの触手はそんな卑猥な行動を起こさない。
代わりに、まるで拳のラッシュのように何十何百と殴り付けるだけだ!
「ぐううぅぅううっ!」
継実は咄嗟に両腕を身体の前で交叉させ、触手の連続攻撃に耐えようとする。なんとか急所である腹や頭部へのダメージは避けたが、衝撃で大きく後退する事を余儀なくされた。
継実が殴られている間も、モモは腕ごと地面に叩き付けられている。モモの電撃も止まない。流石に鬱陶しく感じてきたのか、継実を大きく突き飛ばしたフィアは再度モモに意識を戻す。
「犬ころ風情が。ほぉーらご主人様と仲良くやってなさいっ!」
はしゃぐような掛け声と共に、フィアは大きく腕を振り上げた。ただし今度は地面に向けてではなく、真横に……継実が居る方へと振り回す。
無論少し動きの向きを変えた程度で離れるようなモモではない。爪を立て、鋭い牙を突き立て、意地でも離れるものかとばかりにしがみつく。が、彼女の努力は全て無駄だ。
フィアは自らの腕の肘から先を、自分の意思で切り離したのだから。
所詮は偽物の身体。分離する事などその気になれば簡単に出来るのだ。フィアの身体から離れた瞬間、フィアの腕は爆発……恐らく能力の支配下から外れ、圧縮されていた体積が元に戻ったのだろう……して衝撃波を撒き散らす。掴むものがなくなったモモは呆気なく吹っ飛ばされて。
「え。ちょ、モモ止まぎゃふんっ!?」
「ぶげぇっ!?」
継実の胴体にモモの頭が突っ込んだ。大切な家族からの頭突きに継実はひっくり返り、モモはへし折れた首 ― 作り物なので心配する必要もないが ― を慌てて直す。
そんな二人のやり取りなど興味がないかのように、フィアは指先から継実達目掛けて何かを撃ち出す。
それは水の弾丸だった。水は切断した腕と同様、能力の制御下にはない様子だが……秒速数十キロというとんでもない速さで飛んでいく。
「がっ!?」
水の弾丸は継実の額に命中。彼女を大きく仰け反らせた。無論仰け反っただけで済んだのは、継実がミュータントであるから。そうでなければ衝撃により頭が弾け、余波だけでも全身が膨れ上がって爆散しているだろう。
怯んだ継実に代わり、反撃を試みたのはモモ。回り込むように走りながら、フィア目掛けて電撃を飛ばしていく。
命中した電撃はフィアに大したダメージを与えていないが、やはり『弱点』だけに気にはなるのだろう。超スピードで走るモモの動きを追うように、フィアは下半身は固定したまま、上半身をぐるりと回す。一回転どころか二回転、三回転してもお構いなし。水で作られた身体と服は、捻れなど簡単に修復してしまうのだから。
しかし流石に視線は一つだけなのだろう。
背中目掛けて動き出した継実への反応は、ほんの僅かだが鈍かった。
「なら、これはどう!?」
完全に振り向くよりも前に、継実は『第二の策』を発動させる。
それは粒子操作を応用した、念力のようなもの。触れずに物質の元素を刺激し、激しく震わせ……加熱していくという技だ。一緒に暮らす中でミドリも見た事があるが、継実曰く「同じダメージ量を与えるなら殴る方が百倍ぐらい楽」との事なので、得意技という訳ではないらしい。しかし今はこの攻撃が良い。
水は百度で気体となる。そのためフィアの身体も百度になればどんどん気化していく――――というのは流石に嘗めた見方だろう。フィアに喰らわせた電撃や殴り付けた衝撃は、ほんの一部ではあっても熱へと変わっている。星の環境すら激変させるようなエネルギー量なのだから、ほんの一部でも熱に変われば百度なんて『低温』では済まない。にも拘わらずフィアが無事という事は、水の密度を上げるなどの方法で、フィアは身体を形成している水の沸点を大きく上げているのだろう。ちょっとやそっとの熱では無意味だ。
しかしどれだけ沸点を上げようと、限界は存在する。
水が、水分子の形を保持出来るのは二千度までだからだ。それ以上の温度になると水分子は形を維持出来ずに崩壊し、酸素と水素になってしまう。ロケット事故など超高温の炎が噴き出す場所の鎮火に水を使わないのは、そこにある機械が壊れないようにとの配慮もあるが、水そのものが燃料となってしまうという理由もあるのだ。
その気になれば星をも貫く光さえ生み出す、無尽蔵のエネルギー。如何に
筈だったのに。
「ちょ……なんで温度が上がらないの!?」
継実の能力を受けても、フィアの体表面温度は殆ど上がらなかった。
継実と同じ人間の身体を持つミドリは、継実と同様に粒子の挙動を感じ取れる。そこでフィアの身体を注視してみたところ、一つの致命的な事実に気付く。
フィアの身体を形成する水分子が、微動だにしていない。
通常、分子というものは例え固体であっても振動しているものだ。そうでなければ粒子の振動である『温度』がなくなってしまう。しかしフィアの体表面では、その振動が全く観測出来ない。
恐らくフィアは、水分子の振動を能力により強引に抑え込んでいる。振動させないから温度が上がらず、気化や崩壊も起こらないのだ。
そんな事が可能なのか? ミドリにだって信じられない。こんな無茶苦茶な方法で耐熱性を獲得する技術なんて、自分が知る限りという前置きは付けども、宇宙のどの文明にも存在しなかった。しかし現にミドリの目にはそれが見えていて、理屈的には正しい。ならば信じる他ないだろう。
この原理から察するに、熱でフィアの身体を分解するには、フィアの能力の出力を大きく上回らねばなるまい。そしてそれは、一方的に翻弄されている継実達には酷く難しい話だ。
「小細工ですねぇ。こんな風にもっと派手な技じゃないと楽しめませんよォ!」
狼狽える継実に、フィアは攻撃宣言と共に金色の髪を揺れ動かす。フィアの髪はどんどん伸びていき……光り輝く無数の糸と化して継実達を包囲。
糸は縦横無尽に動き回り、継実達に襲い掛かる!
無論ただの糸なら、大した問題ではない。されどフィアが繰り出した糸が、ただの糸である筈もなし。
ミドリが観察したところ、糸の表面には無数の『刃』が形成され、あたかもチェーンソーのように回転している。尋常でない殺意に塗れた、狂気的な攻撃だ。
「くっ!? 継実! これヤバいわ!」
「分かってる!」
モモが警鐘を鳴らし、継実も頷く。全方位から飛んでくる糸は、植物を切り裂き、大地を切り刻み、巻き添えを喰らった虫達を八つ裂きにする。当然継実達にも迫り、その身を切断しようとしてきた。
時には大きく仰け反り、時には空中で跳躍しながら身を捩り、時には糸と糸の間に跳び込み……モモと継実はこれを躱していくが、糸の包囲は段々と狭まっていく。回避範囲が狭まるのは勿論、糸同士が密になれば抜け出る隙間さえもなくなっていく。
触れれば切断という圧倒的恐怖の間を潜り抜けるなど、正気の沙汰ではないだろう。しかし『正気』なんてあったところで役立たないのが自然界。合理性を突き詰めた野生生物達は、必要ならば狂気さえも為し遂げる。
「脱出っ!」
故にモモは自らの身体を変形させる事で幾つもの糸と糸の間を瞬時に潜り抜け、
「二抜け!」
継実は躱しながら準備していた、粒子テレポートによって包囲網から脱した。
継実達がいなくなるや、フィアは片手に握り拳を作る。すると糸の包囲網は一瞬で縮小。あっという間に潰れた団子と化す。
触れたらバラバラという狂気的な攻撃であったが、やはりフィアは手加減をしていたという事だ。継実とモモは互いに駆け寄り、身を寄せ合う。未だ二人の戦意は衰えていない、が、その顔付きからは幾ばくかの焦りを感じさせる。
そんな二人を見て、フィアは心底楽しげに笑った。
「ふはははははは! 二人揃っても雑魚は雑魚ですねぇ! 殺さないように手加減するのが大変ですよ本当に!」
「ああ、クソっ。どうなってんのよアイツの身体! なんで私の電撃が効かない訳!? さっきまで普通に通じてたじゃん!」
「熱も全然効かない……多分電気や熱を使う敵と戦った事があって、対策を持ってるんだ」
「ご名答。あなた方とは年季が違うという事です。これでも十年ぐらいミュータントしてますから」
継実の予想をフィアは肯定。詳細こそ明かさなかったが、対策がある事を認めた。モモと継実の表情が曇る。
ミドリが継実から聞いた話によれば、継実がミュータントとなったのは七年前の事。モモでも九年前である。
嘘偽りがなければ、確かにフィアの方が二人よりも先輩だ。とはいえ一~三年程度の差というのは、これほどまでに圧倒的な力を生むのだろうか? いいや、単なる時間の差だけではないだろう。
きっとフィアはミュータントとなってからずっと、とんでもない敵達と戦ってきたのだ。そして七年間、継実達よりも過酷な環境に身を置いた。積み重ねてきた戦闘経験が、継実達の比ではない。
正に『年季が違う』。
経験の差、実力の差……どちらも劣っている継実達に勝ち目なんてありはしない。どうにか数でフォローし合っているが、それでもジリ貧だ。
せめて、あと一人。
あと一人、継実と同じぐらいの実力者がいれば……
「ミドリさん」
ふと隣から声を掛けられ、無意識に唇を噛み締めていたミドリは我に返る。
反射的に振り返れば、何時の間にか、花中がすぐ隣に来ていた。ミドリと同じく、フィアと継実達の試合を観戦していたらしい。
立場的にはフィア寄りとはいえ、花中達は敵ではない。いきなり話し掛けられた驚きからミドリの心臓はバクバクと鳴っているが、胸に手を当て、深呼吸を挟めばすぐに収まる。
しかしその心臓は、またしても跳ねる事となった。
「継実さん達の、手助けに、行きませんか?」
心の奥底で思っていた、自分の『願い』を花中が言葉にしたがために……
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