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「いいから、お前は違う術を使え! ツァドは女帝様に禁止されてるんだろ!」

「あ、そういえば、そうでしたね」


 と、俺の呼びかけにはっとする呪術バカだった。


「いやあ、僕としたことがうっかりしていました。このままここで禁止されているツァドを使ってしまったら、また陛下に怒られて討伐対象になって、学院もクビになってしまうところでした。そうなったらもうお給料はもらえなくなって、呪術の本を買うことができなくなってしまいますよね。そんな辛いことってないですよねー」

「そ、そうだな」


 相変わらず頭のおかしい男だ。やべえ術を使うのを思いとどまるポイントがズレまくってやがる。


「とにかく、今はベルガドにダメージを与えない術を使え! 例の足元から暗黒レーザーぶっぱなす術とかさあ!」

「ああ、そうですね。せっかくラファディさんが、あんな、なんだかよくわからない液体になっているのです。僕の呪術がどこまで通用するのか、威力の弱い術から試していく価値はありそうですね」


 と、また何やら頭のおかしい理論を展開する男だった。まあ、このさい細かいことはいいか。


「というわけで、行きますよ! 始原の混沌の、さらに奥深くに潜む悠久の観測者よ! その深淵から、すべての魔力を解き放ち、かの敵を穿て! 始原の観測者アビスゲイザー・ケイオス!」


 と、聞き覚えのある詠唱とともに、例の呪術、始原の観測者アビスゲイザー・ケイオスは発動し、液体魔剣と化しているラファディのすぐ真下から暗黒レーザーをぶっぱなした。おお、これは直撃か?


 だが、そう思ったのもつかの間だった。直後、


呪術反射リターン・カース!」


 という声が液体魔剣のほうから聞こえてきたかと思うと、始原の観測者アビスゲイザー・ケイオスの暗黒レーザーの射出場所が、リュクサンドールのすぐ足元に変わってしまった。


「のわあっ!」


 しゅびびびっ。突然、真下からの暗黒レーザーを浴びて悶絶する男……でもないようで、


「わあ、僕の呪術が跳ね返ってきましたよ。びっくりしたなあ」


 次の瞬間にはけろっとした顔で立っている男だった。こいつ、もしや暗黒属性攻撃はほぼノーダメか。


「しかし、まさかお前の呪術を跳ね返してくるとはな。あの液体、なんでもありかよ」

「いや、きっと、なんでもありってわけじゃないですよ。今の、あらゆる呪術を跳ね返す呪術反射リターン・カースの術は、あのロス・メロウ大先生の十八番の呪術なんですし」

「? つまり、ラファディはあのジジイの知識を使ってるのか? なんかさっき、ジジイとかを吸収してたみたいだしな」

「でしょうね! ロス・メロウ先生のお姿は消えても、その知識は、あのなんだかよくわからない液体に宿ってるんですね! 素晴らしいことですね!」

「いや、素晴らしくねえだろ!」


 ようするに、あいつには呪術の攻撃も効かないってことじゃんよ!


「おい、その呪術反射リターン・カースって術で跳ね返されない呪術はねえのかよ?」

「確か、二つほど、その術で跳ね返された記録が存在しない呪術があるはずです。それならあるいは……」

「二つ? どんな術だ?」

「一つはツァド――」

「ちょ、それはダメだから! 記録がなくても、それは絶対使っちゃだめええ!」

「じゃあ、もう一つの術、レティスを使うしかないですね――」

「それもダメに決まってんだろ!」


 よりによって、その二つの術しかねえのかよ! あのおかんエクゾディアの超猛毒がうっかりベルガドに効いたら、どのみちすべてが終わるじゃねえかよ!


「じゃあ、いったい僕はどうすれば……って、そうだ!」


 と、リュクサンドールは何やら閃いたようだった。


「そういえば、僕も呪術反射リターン・カースの術は使えるんでした。誰も僕に呪術を使ってくれないので、ずっと忘れていましたが。ここはひとつ、向こうから跳ね返されてきた呪術を、僕の呪術反射リターン・カースでさらに跳ね返してみてはどうでしょう!」

「どうって……またこっちに術が跳ね返ってくるんじゃないか?」

「だったら、さらに僕の呪術反射リターン・カースで跳ね返します!」

「いや、それ無限ループ――」

「やりましょう! ぜひやってみましょう! 新たな発見のためには、何事も実践あるのみです!」


 と、もはや術の実験としか考えてなさそうな男だった。直後、再び始原の観測者アビスゲイザー・ケイオスをラファディに向かってぶっ放した。


 もちろん、それはやはり呪術反射リターン・カースでリュクサンドールのほうに戻ってきたわけだが、


呪術反射リターン・カース!」


 やつも瞬時にそれを跳ね返した。


 そして、予想通り、


呪術反射リターン・カース!」

呪術反射リターン・カース!」

呪術反射リターン・カース!」

呪術反射リターン・カース!」

呪術反射リターン・カース!」


 ってな感じに、暗黒レーザーの押し付け合いが始まった。なんだこれ。テニスのラリーかよ。


「あ、でも、この状況なら、ラファディの足止めにはなってるか……?」


 と、俺は一瞬、この狂った状況をプラスに考えたが、その直後、今度は、


 ドォーンッ!


 という轟音とともに、リュクサンドールとラファディのちょうど中間の場所で大きな爆発が起こった。うわっ! なんだこれ!


「いだだだだだ!」


 再び、ベルガドの悲鳴がこだました。


「ああ、どうやら、術を跳ね返し続けた結果、お互いの術の処理がオーバーフローしちゃったみたいですねー。それでこんな」

「……じゃ、ねえっ!」


 俺は再び呪術オタの体をゴミ魔剣で切り刻まざるを得なかった。またこの危機的状況で何やらかしてくれるんだよ! 亀が死んだらすべて終わりだってのにさあ!

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