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「ああ、しかし、実に実に残念ですネ。ワタシにはスミスとの約束を破ることはできないのデスヨ?」


 と、ネムは急に意味不明なことを言った。スミスって誰だよ。


「なんのことでしょう、ラックマン刑事?」

「アッハ。スミスとは昔、ワタシと組んでいた巡査デス。愛称はハミパン刑事デカ。彼は常にぴっちりしたホットパンツを履いており、常に何かしらはみ出していましたから、親しみを込めてそう呼ばれていたのデスヨ」


 ネムは何やら芝居がかった口調で語り始めた……。


「しかし、ある日、凶悪犯が潜伏しているアジトをワタシと一緒に見張っている最中、スミスは不運にも命を落としてしまいました。張り込みを続けている我々の存在に犯人グループが気づき、奇襲をかけてきたのデス。なんと、敵は召喚魔法を使い、竜巻と共に無数のサメをけしかけてきました!」

「サ、サメ……?」

「もちろん、普段のスミスなら、愛用の魔導チェーンソーでそれらを問題なく撃退できたでショウ。しかし、彼はそのとき、ちょうど別れた恋人の置き土産のブローチを未練がましくペロペロ舐めているところで、魔導チェーンソーを手放していました。それでは無数のサメに太刀打ちできるはずはありません。結局、彼はそのままサメたちに食い散らかされ、殉職してしまいました。現場にはただ、血まみれのホットパンツだけが残されていたのですヨ……」

「そ、その話は本当に今必要な情報なのですか?」


 ルーシアはひたすら困惑しているようだ。


「ハイ、もちのロンアガリですヨー? サメに食い散らかされながらのいまわのきわ、彼はワタシにこう言ったのデス。『警察官たるもの、いかなるときも決して自分の武器を手放してはダメだ! ラックマン刑事!』、と」

「……サメに食い散らかされながら?」

「ハイ。スミスはちゃんと噛まずに最後まで言えてましたヨ」

「いや、サメに噛まれてはいるでしょう」

「デスネー」


 ネムはけらけらと笑う。


「とにかく、スミスはワタシに、いかなる時も自分の武器を手放すなと言ったのデス! これが彼の最期の言葉なのデスヨ? 目の前で彼を失ってしまったワタシとしては、これはもう従うしかないわけです。彼との約束を破るわけにはいかんのですヨ!」


 と、ネムは自身の本体であるニセの絶対安全魔剣を両手で握りしめ、掲げた。


「いや、それとこれとは話が違うでしょう!」


 当然、ルーシアはまともすぎるツッコミでネムに反論するが、


「違いませんネー。ワタシはもう、公務中に一度手にした武器は公務をまっとうするまで絶対に手放さない村の住人デース」


 ネムは聞く耳を持たない。スミスのエピソードはすべてがおかしいが、なるほど、言っていることの筋は通っているような気がする。かろうじて。


 しかし、やはりルーシアはそんな言葉で引く女ではなかったようだ。


「ただ古い備品を新しいものに交換するだけなのに、何を意固地になっているのですか? 渡せない理由が他にあるとでもいうのですか?」


 なおも新しい絶対安全魔剣をネムに差し出してくる。


「ハハーン? ワタシが、普段は誰にも話さないような悲しいプライベートを特別に開陳したというのに、そこのガールはまだ納得していただけないと?」


 と、ネムの瞳がギラリとあやしく光った。


「実はプライベートなことと言えば、つい先日、この学院の教師から、モメモ第二警察署のほうに相談が寄せられていましてネ」

「相談?」

「アッハーイ。ドノヴォン国立学院、一年四組担当だというリュクサンドール教諭からでしたかネー。なんでも、彼の家の前に、最近二回ほど不審物が置かれているらしいのデスヨ」

「な……!」


 ルーシアは瞬間、ぎょっとしたようだった。

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