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「いや、だから僕はちゃんと言ったじゃないですか。彼のことはあまり気にしないように、と」

「気にするにきまってるでしょう、あんなん!」


 校舎裏の人気のないところで、リュクサンドールを肩からおろし、あらためて尋ねてみたが、この反応。またしてもイライラしてしまう俺だった。


「いったい、あいつは何なんですか?」

「そりゃあ、見ての通り、彼は聖獣カプリクルスですよ」

「かぷりくるす? やっぱりモンスターなんですか?」

「そうですね。ただ、一般に恐れられている凶悪なモンスターとは違い、昔から聖なるものとして人にあがめられている種族です」

「あんな黒ヤギが……」


 いやでも、確かに、同級生にはあがめられてたよな? 勉強教えてやってて。それに、聖なるものかどうかは知らんが、ちゃんとアルコール消毒は徹底してて、きれい好きっぽかったし。礼儀正しかったし。


「また、聖獣カプリクルスは人間の目を惑わす、非常に強力な幻術を使うことのできる種族です。自らの姿を偽って、人間の社会にまぎれ込むことも実に容易なのですよ」

「ああ、それで、あの黒ヤギが、ここではワイルド系イケメンってことになってたんですね!」


 と、俺は一瞬納得したわけだったが、


「あれ? じゃあ、なんで俺の目には黒ヤギに見えて?」

「そりゃあ、トモキ君には、そういう幻術が効きにくいからでしょう」


 なるほど、俺ってば、やっぱり魔法耐性高めなのか。


「というか、今の話の感じだと、先生にもあの黒ヤギの幻術効いてないんですか?」

「ええ。きっと人間向けの術なんでしょうね」

「じゃあ、あいつが黒ヤギだってわかっていながら、ずっと学校で放し飼いにしてたってことですか」

「彼は優秀な生徒ですからね」


 リュクサンドールはにっこり笑って言う。モンスター教師なだけに、モンスター生徒の存在には寛容ということだろうか。


 と、そのとき、噂をすれば影ってやつだろうか、当の本人(いや本獣?)が、向こうから俺たちのところに歩いてきた。


「なんだか様子がおかしいので後をつけさせてもらったが……なるほど、やはり君には俺の幻術が効いていなかったのだな」


 黒ヤギ、レオは俺のすぐ前までやってきて言った。俺たちの今の会話は聞かれていたようだ。


「おい、お前ヤギのくせに、なんで人間の学校に通ってんだよ?」

「学びたいことがあるからに決まっているだろう」

「学びたいことって? ヤギだから、美味い草の見分け方とかか?」

「はは。そのような生きるための知識ももちろん重要だが、わざわざこのような人間の学校に通って学ぶまでもないだろう。俺が求めているのは、ひとえに、魔法に関する知識と技術だ」

「魔法? お前、もしかして魔法キャラなのか?」

「まあな。俺たち一族、カプリクルスは、人よりはるかに強い魔力を持っているものなのだぞ」

「へえー」


 こんなヤギがなあ。ふーん?


「さらに、聖獣カプリクルスは、この頭の中央にまっすぐ伸びた神聖なツノで、邪悪なるものを滅すると言われています」


 と、リュクサンドールが説明する。


「邪悪なるものって……例えば、不死族とかも倒せるのか?」


 ふと気になって、隣の呪術オタの顔をチラ見しながら尋ねたが、


「ああ、僕も前に一度、彼のツノを心臓に食らって、殺されたものですよ」


 リュクサンドールが黒ヤギに代わって答えた……って、あれ? なんか答えがおかしくない? さらっと言うことじゃなくない?


「どういうことなんだよ、レオ? お前なんで過去にこいつの心臓ぶち抜いてんだよ?」

「い、いや、あれはその……事故というか、なんというか」


 黒ヤギはいかにも気まずい感じで言葉を濁らせたが、


「ああ、あのときは、ちゃんと事前に説明しなかった僕が悪かったんですよ。実は、去年の秋、レオローン君がこの学院に入学願書を提出しにきたとき、僕たちははじめて顔を合わせたんですが、そのとき彼は、僕のことを、教師ではなく、ただの邪悪な不死族だと思ったらしいんですね。それで反射的に攻撃されてしまいまして。いやー、さすがに痛かったなあ、あれは」


 リュクサンドールは相変わらずのほほんとした調子だ。なぜ自分がうっかり殺されてしまった話を、ほのぼのエピソードみたいに語るんだ、こいつは。つか、入学願書を学校に提出しに来た黒ヤギってのも、なんなんだよ? 何もかもおかしすぎる話じゃねえか。


「す、すみません、先生。あのときの俺は本当に軽率でした」

「いえ、よいのですよ、レオローン君。僕はなかなか死なないことぐらいしか取り柄がないんですから」


 うーん、この会話。やっぱり頭おかしいな?


「では、僕はそろそろ戻りますね。仕事がまだ残ってるので」


 やがて、リュクサンドールはすたすたと職員室のほうに帰って行った。なるべく日陰を通りながら。


「なあ、レオ。お前のツノって本当に邪悪なるものを滅する力あるのか?」


 ふと、その後姿を見ながら隣の黒ヤギに尋ねた。


「お前のツノに心臓をぶち抜かれたっていうアイツは、めっちゃ元気そうじゃねえか?」

「いや、間違いなく俺のツノは、並みの不死族なら一撃で浄化できるはずだ」

「並みの不死族なら……」

「俺がこう言うのもなんだが、あの先生は色々おかしい」

「まあ、そうだな」


 黒ヤギの生徒にこう言われちゃあなあ。大いにうなずきあう俺たちだった。

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