101
「あ、あの、これはいったい……?」
ユリィはおろおろしている。
「え、いや、その……?」
おっさん教師たちもひたすらおろおろしている。おろおろ祭りだ。
「たぶん、こいつの魔力が強すぎてキャパオーバーしてぶっ壊れたんですよ。さっきのスカウ、じゃなかった、よくわからんモノクルと同じで」
俺はまあ、すぐに察したわけだったがな! 似たような事例がすぐ直前にあったわけだしな。
「いや、君。そんな簡単に壊れるものではないよ、これは……」
「壊れたじゃないですか、現に」
「……そ、そうだな」
とは言うが、やはり何も納得していなさそうなおっさん教師二人だった。
「す、すみません。わたしのせいで、こんな……」
ユリィは二人に謝ると、いたたまれなくなったように俺の体の影に隠れてしまった。幼女か、お前は。
「いや、いいんだよ。別に君が悪いわけではない」
「きっと、どこかガタが来ていたんだろう。長く使っているものだしね」
おっさん教師たちはあわててそんなユリィをフォローした。
それから、気まずい空気の中で砕けた水晶の破片を片付けると、おっさん教師二人は、俺たちにこの学校で過ごすうえでのルールを色々説明した。
その内容のほとんどは、遅刻をするなとか、廊下はむやみに走るなとか、公共の場ではあまり騒ぐなとか、日本の学校の校則とほぼ一緒だったので、俺はほとんど聞き流して終わった。ユリィはちゃんと真面目に聞いているようだったが。あと、意外にもフィーオも。
また、校則の説明の最後には、こんな注意もあった。
「実は最近、十代の若者を中心にハシュシ風邪というものが流行っていてね。これは相手の肌に直接触れることで感染が広がるらしいのだよ。なので、あいさつなどでむやみに相手の体に触れるのは避けるように」
なんと、ルーシアの言ってたこと、嘘じゃなかったっぽい? いや、実際にこういう病気が流行っているからこそ、あの場でとっさに出てきた嘘か。あいつ、皮膚病って言ってたしな。
「という話なんで、フィーオ、お前、ここではあいさつのハグ禁止な?」
と、俺がすかさず念を押すと、
「う……わかったよぅ」
フィーオはしぶしぶ、納得したようだった。よかった。これでもう、コイツのあいさつハグ攻撃で肋骨を折られる生徒はいなくなるってもんだ。安心した。
説明が終わると、俺たちは会議室を出て、校舎一階の正面入り口に行った。続いて、これから寝泊まりすることになる寄宿舎に案内されるということだった。
正面入り口の前で待っていると、やがて見覚えのある白髪の優男がやってきた。リュクサンドールだ。今度はコイツが説明係か。
「いやあ、聞きましたよ! 君たち、検査用の器具を二つとも壊してしまったそうじゃないですか。すごいですねえ。将来有望です」
リュクサンドールは笑いながら言う。教師の立場で褒めていいのか、それ。
「えー、でも、アタイは何も壊してないよ、リュー先生」
「フィーオ君はこれから何か壊せるように、がんばればよいのですよ」
「そーだね。アタイ、がんばって、早く何か壊すー」
と、フィーオははしゃいで、またリュクサンドールに抱きついた。そして直後、その男の肋骨をぶっ壊したわけだった。有言実行はえーな、オイ。
「おい、フィーオ。さっきも言ったが、ここではそういうハグは禁止だぞ」
「あ、そうだったねー。ごめーん」
そう言うと、腕の中で青い顔をして死んでる男をぽいっと捨てるフィーオであった。まあ、すぐ復活したわけだったが。
その後、俺たちはリュクサンドールに案内されるまま、学校から出て、近くにある生徒専用の寄宿舎に向かった。寄宿舎はやはりシャレオツな外観で、しっかりした造りの建物のようだった。女子用と男子用に分かれており、まずはユリィとフィーオが女子用の寄宿舎に案内されて行った。そして、俺もすぐに男子用の寄宿舎に案内された。
「トモキ君の部屋は二階の突き当りになります。二人部屋で、すでに一人使っています」
「ふーん、そいつと相部屋ってわけか。いや、わけですか、先生」
そうそう、こいつも教師なんだから、これからは敬語でいかないとな。一応は。
「どんな生徒なんですか?」
「非常にまじめで優秀な男子ですよ。クラスメートからもとても慕われています。ただ、おそらく君だけには、彼の姿が少し風変りに見えるでしょうね」
「風変りに?」
「まあ、あまり気にしないことです」
やがて、二階の突き当りの部屋の前についたので、リュクサンドールは俺を置いて去って行ってしまった。一体何なんだよ、相部屋の野郎は。とりあえず、中に入った。
するとそこには――大きな、一匹の黒ヤギがいた。しかも、きちんと椅子に腰かけ、机に向かってノートを広げていた。ペンもしっかり蹄の間に入れて握っていた。
「あ、あれ?」
と、一瞬、俺が目の前の光景を理解できずにいると、
「ほほう。お前が、新しく転校してきた男子生徒か」
黒ヤギは俺のほうに振り向いて言った。人間の言葉で、妙に低いイケメンボイスで。
「ま、まさかとは思うが……俺のルームメイトってお前?」
「そうだ。俺はレオローン。周りからはレオと呼ばれている。これからよろしく頼む」
黒ヤギさんは椅子から降りて、俺のところまでやってきて、前足を一本、俺に差し出した。握手のつもりなん、これ? とりあえず、その差し出された足の蹄を握った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます