第12話  決戦魔機獣

 銀糸の魔機獣は死骸の魔石を回収しながら進んでくる。

 各方面の部隊は手が空いた者を出して、銀糸の魔機獣に回収される前に死骸を遠ざけ始めた。

 場数を踏んでいる冒険者が多いだけあって、求められる役割をよく理解している。


 トールも己の役割を果たすべく一気に銀糸の魔機獣へと距離を詰めた。

 死骸から魔石と部品を回収している銀糸の魔機獣は、味方であるはずの生き残りの魔機獣ですら怯むほどの魔力を垂れ流し始めていた。

 取り込んだ魔石の分だけ魔力が増え、エンチャントの数も増していく。

 すでにキリシュを筆頭としたデイウォーカーの集団でも討伐が難しい状態になっている。

 回収が進んでいるとはいえ、まだ戦場には大量の魔機獣の死骸が転がっており、今後も増えるだろう。

 死骸の数だけ強くなる。決戦兵器としてはおあつらえ向きの性質だ。


 だが、殺していいのなら、トールにもやりようはある。

 トールが一歩踏み込んだ瞬間、周囲が赤い稲光に照らされる。

 夜の闇に咲く赤い稲光は瞬く間に銀糸の魔機獣へと到達し、赤い龍の如き鎖戦輪が食らいつくように正面から襲い掛かる。

 直後、銀糸の魔機獣の姿が掻き消えた。

 残像が残る虚空を斬り、鎖戦輪は地面に深い亀裂を作り出す。


 躱されたことを瞬時に悟ったトールは鋭い目つきを西へ向け、マキビシを無造作に投げつける。赤雷の磁力で加速したマキビシは何もないはずの虚空で空気の壁にめり込んだように動きを鈍らせる。


「瞬間移動、光学迷彩、空気密度の変化のエンチャント……」


 冷静に分析しながら、金属探知で正確に銀糸の魔機獣の位置を把握し、トールは走り出す。

 光学迷彩が効かないことを悟ったのか、銀糸の魔機獣は姿を現すと死骸からはぎ取った無数の魔機銃を構えた。


 トールは舌打ちし、方向を転換する。

 数えるのもばかばかしい数の銃口が一斉に火を噴き、銃弾の群れが壁を成してトールへと迫った。

 トールは歪んだ金属板を銃弾の壁に向け、赤雷を流す。強烈な磁場が発生し、銃弾の壁が磁場に呑まれて一点に収束、銃弾同士がぶつかり合って弾けた。


 溶けた金属板を捨て、トールは狙いを付けられないように全力で加速する。

 しかし、今までの魔機獣の学習結果のたまものか、それとも未来予測でもしているのか、銀糸の魔機獣は正確にトールの進行方向に銃口を向けた。

 放たれる銃弾の壁。

 トールは銃口の向きから狙いを察知し、地面に赤雷を走らせた。


 地面に埋め込まれた鉄杭が強烈な磁力ではじき出され、銃弾の壁を下から突き上げる。寸分の狂いもない見事なタイミングは、ほぼトールの戦闘経験のみで導き出されていた。

 防げはしたが、当たれば即死だったろう。


 しばらく無縁だった死闘にトールは覚悟を決めつつ、周囲を見回す。

 各方面の部隊は巻き込まれないように距離を取っていた。

 正真正銘、トールと銀糸の魔機獣の一対一である。


「状況認識が正確な味方は本当に助かるな」


 笑みを浮かべて、トールは全力で赤雷を放った。


 空と地が赤く染まったその瞬間、地面に埋め込まれていた鉄杭が次々と飛び出し、トールに掌握される。五十本近い鉄杭が赤雷を纏ってトールの周囲に浮かびあがり、先端を銀糸の魔機獣へと向けた。


 トールとの戦闘の合間に戦場におけるすべての死骸を漁り終えた銀糸の魔機獣は百五十を超える魔石を取り込み、球体ドローンのように宙に浮かんでいる。装甲板に覆われた本体は直径四メートルほど。その大部分が死骸から取り込んだ金属で構成され、本体から延びた銀糸が無数の魔機銃に接続されて本体を中心に浮かんでいる。

 最終形態へと至ったことを誇る様に、銀糸の魔機獣は濃密な魔力を垂れ流していた。吸血鬼の隠れ里を守るエミライアにも匹敵するだろうその魔力量は周囲に干渉してトールの赤雷を打ち消している。


 魔力量が多すぎて、垂れ流す魔力による抵抗力だけでトールの赤雷を無効化できるらしい。

 魔機車の窓から心配するように見ている双子に、トールは小さく笑ってハンドサインを送る。


 ――目を閉じていろ。


 直後、トールの姿はその場から掻き消えた。

 銀糸の魔機獣がすぐに反応して銃口を向けた先に、トールの姿は――ない。


 刹那、獰猛な笑みを浮かべたトールが銀糸の魔機獣の正面に立ち、鎖戦輪を振るっていた。

 雷鳴と共に、銀糸の魔機獣が吹き飛ぶ。トールの鎖戦輪の勢いに合わせて後退し、威力を殺していた。

 再び、トールの姿が掻き消える。

 パキン、と地面から破砕音が鳴った。小さなその音が無数に連なり、雨音のように銀糸の魔機獣へと迫る。

 赤雷が地面を焼き、ガラス質の閃電岩を生成し、トールの踏み込みで破壊されていく音だ。

 ばらまかれる赤雷が夜の闇を赤く照らす。


 銀糸の魔機獣が動きを予測して無数の銃弾を放つも、発生し続ける強烈な磁場により銃弾は不規則に動き、あらぬ方向へ飛んでいく。

 莫大な魔力反応に銀糸の魔機獣が銃口を向けた先に筒状に並んだ鉄杭があった。

 赤雷を纏う鉄杭の砲身から磁力で超加速した鉄杭が撃ち出される。

 直撃すれば銀糸の魔機獣でも大ダメージを受けるその鉄杭が射出されると同時に銀糸の魔機獣はエンチャントを発動して瞬間移動した。


「――ようこそ」


 瞬間移動したその先に、構えを取ったトールが姿を現す。

 咄嗟に銃口を向けても、もう間に合わない。

 鎖戦輪が音速を優に超え、何重にも銀糸の魔機獣を斬り刻む。

 銀糸を切断し、魔機銃を斬り落とし、本体の装甲板を吹き飛ばす。


 勝負が決するかに見えたその時、トールは足元の違和感に反応し、磁力の反発で緊急離脱する。


 地面が下から弾け飛んだ。

 大量の土砂が吹き上がり、トールと銀糸の魔機獣との間に壁を作り出した。

 緊急離脱していたことで土砂に巻き込まれるのは避けたトールだったが、直撃を受ければ死んでいただろう。それほどの爆発力だった。

 図らずも仕切り直しとなり、トールは銀糸の魔機獣とにらみ合う。


「ったく、いくつのエンチャントがあるんだ?」


 ぼやきつつも、銀糸の魔機獣の弱点は見えてきていた。


 いくら魔石の数だけエンチャントが使えても、魔石それぞれが干渉しあって瞬間移動などの本体に干渉するエンチャントは魔力消費が激しく、魔力抵抗の問題で咄嗟には使えない。

 瞬間移動そのものも、戦場を覆う赤雷に干渉するためトールは瞬時に移動先を察知できる。

 本来、移動先が分かったところで先回りなどできないのだが、トールの速度はそれを可能にしていた。


 だが、全体を見れば銀糸の魔機獣の方が優勢だった。

 するりするりと、銀糸が伸びて弾き飛ばされた装甲板を回収していく。トールの鎖戦輪を防御するのに有効な形状を算出し、姿を組み替えていく。

 いまだに銀糸の魔機獣が取り込んだ魔石は一つも破壊できていない。

 トールの攻撃力をもってしても、致命打を与えられなかった証拠だ。


 攻撃手段を変えるしかないな、とトールが次の手に打って出ようとした時、銀糸の魔機獣が本体の形をいきなり組み替えた。

 トールが斬り落とした魔機銃の銃身を繋げ、長く細い即席の銃身を作り出すと同時に紫電が舞う。

 見慣れたその攻撃手段に、トールは顔色を変えた。


「やばっ!?」


 紫電に包まれた銃口が魔機車に向いていることに気付き、トールは即座に魔機車の前へと向かい、鎖戦輪と鉄杭の束で防御態勢を取る。

 直後、紫電を纏う弾丸が鉄杭の束に直撃した。

 多段式コイルガン、それもトールのモノとは異なり連射である。


 マシンガンのように連続で放たれる紫電を纏った銃弾に、赤雷を纏った鉄杭の束が木っ端微塵になる。

 しかし、トールや魔機車を貫く前に銀糸の魔機獣が作り出したコイルガンの銃身が焼け付き、連射は止まった。

 トールは鉄杭の残骸を踏みつけ、銀糸の魔機獣を睨む。


「タイマンだってのに、双子を狙いやがったな……?」


 トールが魔機車を守っていることは、魔機獣たちの戦闘データから学習していたのだろう。

 トールの行動を強制するという点では、銀糸の魔機獣の目論見は成功したと言える。

 だが、トールの逆鱗に触れていた。


 銀糸の魔機獣が銃身を取り換えて再度の攻撃に転じようとする前に、トールは鎖手袋を外した。

 磁力で浮かび上がったその鎖手袋とは別に、トールの周囲に赤い球体が浮き上がる。

 バチバチと火花を放つ三十センチほどの球体はふらふらと漂い、二つ三つと数を増していく。

 二十個の赤雷の球体が発生し、相互にバチバチと吸引と反発を繰り返す。


 トールが地面を蹴った直後、それは起きた。

 砕け散った鉄杭の破片が赤雷の球体の間を無秩序に駆け回り、音速をはるかに超えて銀糸の魔機獣に襲い掛かる。

 あまりの速度と不規則な軌道に反応すらできず、銀糸の魔機獣は破片が直撃した衝撃で吹き飛んだ。


 周囲の空気密度を変化させて衝撃を緩和しつつ、飛んでくる破片を受け止めようとする銀糸の魔機獣へ、トールは突進する。

 トールの接近に気付いた銀糸の魔機獣が地面に魔力を流し込んだ。


「させるかよ」


 左手の鎖手袋を銀糸の魔機獣の真下の地面へと投げつけて避雷針代わりにし、赤雷を流し込む。

 地面にトールの魔力が馴染み、銀糸の魔機獣の爆発エンチャントを大きく軽減する。

 小規模な爆発で飛んできた石がトールの体を打つ。

 激痛に歯を食いしばりながら、トールは右手の鎖手袋を磁力で遠隔操作、鎖戦輪の先端を掴ませて銀糸の魔機獣へと投げつけた。


 銀糸の魔機獣が空気密度を変化させ、トールの接近と攻撃を阻もうとする。しかし、トールはこれ以上近付く気も、必要もなかった。


 空気密度の変化をもってしても、鋭い切れ味を持つ鎖戦輪は空気の層ごと斬り裂く。

 鎖戦輪の十の輪が銀糸の魔機獣を取り囲み、両端を遠隔操作された鎖手袋が掴んで固定する。

 銀糸の魔機獣は鎖戦輪が作り出す巨大な輪に拘束された。


「――電気はこう使え」


 先達としての助言を呟き、トールは実践してみせる。


 鎖戦輪が赤雷に輝く。あまりの電圧と電流に、膨大な魔力でその身を覆う銀糸の魔機獣の装甲板がガタガタと震えた。

 トールは足元の地面に埋めた鎖手袋と靴底の金属板を磁力で繋ぎ、自身の体を固定しながらさらに赤雷を通す。


 刹那、鎖戦輪の十の輪のそれぞれから赤雷が噴き上がった。噴き上がる赤雷は銀糸の魔機獣の本体を守る無数の装甲板に繋がり、双方の間にプラズマを作り出す。

 輪の中に流入する密度を増した空気がアーク放電を起こし、暴力的に加速させられた電子がぶつかり莫大な熱を発生させる。

 その温度は数万度に達し、容易く装甲板を融解、切断していく。


 さらには銀糸の魔機獣の本体である銀糸すらも高熱に耐えきれずに燃やされ、支えを失った装甲板と魔石がばらばらと転がり落ちていく。

 熱が生み出す高温の突風は、ほかならぬ銀糸の魔機獣が作ってしまった高密度の空気の層に押し返され、銀糸の魔機獣を蒸し焼きにしてしまう。

 反撃をしようにも、トールは熱風の余波が届かない距離に陣取っている。トールの速度を考えれば攻撃はほぼすべて避けてしまうだろう。

 トールが親指を地面に向ける。


「焼け死ね」


 赤雷によるプラズマ切断に銀糸の魔機獣はなすすべなく斬り刻まれていく。

 夜とは思えないほどに煌々と戦場を照らす赤雷は、銀糸の魔機獣を火花に変えて、決戦の勝利を彩った。

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