第11話 最終決戦
鎖戦輪で地面を捉え、磁力の反発で自身の体を加速する。
靴底に仕込んだ鉄板と地面に埋め込んだ鉄杭の引力で急停止し、勢いを上半身の動きに乗せて鎖戦輪を一閃する。
高ランクの魔機獣ばかりだけあってトールの動きに反応し、鎖戦輪の間合いも読んで避けようとするが、地面の鉄杭が帯びた磁力で機械部分を引きつけられた魔機獣は思ったほど体を動かせない。
それでも鎖戦輪の直撃を免れて反撃に転じようとする魔機獣へと踏み込み、トールは左手を振るった。
緩めておいた鎖手袋が魔機獣へと飛び、その首を掴む。
鎖手袋の指先が磁力で引き寄せられ、魔機獣の首は握りつぶされた。
さらに踏み込んで魔機獣との距離をゼロにしたトールは地面に埋めた鉄杭と靴底の鉄板の反発を上乗せした豪速の蹴りで魔機獣の腹を蹴り破りながら宙に浮かせ、鎖手袋を回収がてらその死骸を投げ飛ばして離脱する。
投げ飛ばされた死骸はトールに向けて飛んできた銃撃を受けてミンチになり、あたりに血と肉と金属部品をばらまいた。
魔機車に当たる軌道の銃弾を鎖戦輪で弾き飛ばす。
「銃口の数が多すぎるな……」
金属探知の応用で銃口の向きを把握しているからこそ防ぐことができるだけで、数が増えればその分手が回らなくなってくる。
トールは魔機車の屋根に着地し、素早く視線を巡らせた。
各方面の冒険者の集団を突破して魔機車に向かってくる魔機獣の数はおおよそ七十頭。
小型のモノばかりだが、西のファライ側から来ている魔機獣には程よく大型の装甲板を持つ魔機獣が紛れている。
トールの手の内を知っているファライが気を利かせたのだろう。仕留めきれなかったわけではないと主張するようにきっちり弱らせてある。
ファライの負けん気に苦笑しつつも、トールはありがたく大型の魔機獣を支援物資代わりに使うことを決めた。
十個のマキビシを鎖戦輪の先端に磁力で固定し、近寄ってくる魔機獣に対して鎖戦輪を振るう。
音速を超える鎖戦輪の先からさらに磁力で射出されたマキビシは赤雷を纏い、よけようとした魔機獣の金属部品へと引かれてさらに加速しつつ軌道を変える。
マキビシが金属装甲に直撃した衝撃でよろめいた魔機獣たちへと距離を詰めたトールは、鎖戦輪を磁力で操り魔機獣たちの首を輪の中に通す。
四頭の魔機獣の首を鎖戦輪の先端から四つの戦輪の輪に通すと、それを遠心力で振り回して首の骨を砕き、そのままの勢いで投げ飛ばす。
錐もみ回転しながら飛んでいく死骸は後続の魔機獣へと向かうが、空気抵抗もあってさほど速度は出ていない。
容易く避けた後続の魔機獣が再度走り出そうとした瞬間――死骸が内側からはじけ飛んだ。
最小限の動きで避けていた後続の魔機獣は突如はじけ飛んだ死骸の金属部品に横から襲われて重傷を負い、意識を飛ばされる。
赤雷を纏った金属部品が互いに引き合い、反発し合い、周辺一帯を暴れまわった。
突出していた魔機獣の脚を止めているうちに、トールは西側からくる大型魔機獣へと磁力で一気に距離を詰める。
頭の高さは四メートル以上もある馬のような魔機獣だ。首が長ければキリンと見間違うところだが、ずっしりと重量感のある体躯は鎧のような金属板に覆われ、強靭な四肢で突撃する様は戦車のようだった。
弱っている大型魔機獣はそれでも機関銃を乱射して近寄らせまいとするが、トールが振るった鎖戦輪が赤い閃光となって銃弾を弾き飛ばし、機関銃を破壊する。
同時に、地面を赤雷が走り、埋没していた鉄杭が大型魔機獣を下から打ち上げた。
トールが地面を蹴り、大型魔機獣の頭を下から蹴り上げて骨を砕く。
逆袈裟に振り上げられた鎖戦輪が大型魔機獣の装甲板を斬りおとし、内側の肉を露出させる。
肉体部分に興味はない。用があるのは大きな体を覆う金属板の方だ。
縦一メートル、横五十センチメートル、厚み七ミリメートルほどの金属板が数枚、赤雷を纏って宙に浮かぶ。
大きさも厚みもちょうどいいそれを周囲に浮かせたまま、トールは鎖戦輪を手元に引き戻して魔機獣の群れを見た。
混乱から立ち直った魔機獣は先ほどのトールの攻撃を学習し、互いの間隔を広めにとっている。
魔機車へとむやみやたらに突撃しなくなったのも、ことごとくをトールが防いだことに加えて範囲攻撃を持っていることが分かったためだろう。
トールを撃破しなくては魔機車にたどり着けず、魔力異常の根源である結界魔機の破壊が不可能だと悟ったのだ。
魔機獣の群れから全力の殺意を浴びたトールは笑みを浮かべる。
「ようやく俺に集中してくれるのか。寂しかったぜ?」
言うやいなや、トールは鎖戦輪を正面へと伸ばす。地面と水平に飛ぶ鎖戦輪は赤い軌跡を描いて魔機獣の一頭に襲い掛かった。
間合いから外れようする魔機獣へと、トールは地面を蹴り飛ばし、地面に埋めた鉄杭との磁場を利用して距離を詰める。
高速で移動するトールは断続的に赤雷を発し、その姿を赤い光で隠す。
間合いから逃げることができずに反撃に移ろうとする魔機獣を正面から斬り殺し、トールは足を止めた。
「……どうした? 何か言いたげだな?」
にやりと挑発するような笑みを浮かべたトールは周囲に浮かせている鉄板をこぶしで軽く叩く。
鉄板には穴が開いていた。トールに撃ち込まれた銃弾が貫通した穴だ。
生き残っていた狼型の魔機獣が四肢を地面につき、金属製の爪でしっかりと地面を捉えて射撃姿勢を取った。
直後、頭を下げる様にして尻尾をトールに向ける。尻尾として取り付けられている大口径の魔機銃が火を噴いた。
カンッと、トールのそばに浮かぶ金属板に穴が開いた直後、雷鳴が轟いた。
だが、トールには届かない。
金属板を二枚前後に並べ、その内側に赤雷の大電力を流し込む。前面の金属板を貫いた銃弾は板の間で莫大な電気を浴びてプラズマ化し、文字通り消えてなくなった。
「これで飛び道具は気にしなくていいな。絶縁体の弾じゃ正面の金属板を抜けないし」
トールは獰猛な笑みを浮かべたまま魔機獣の群れに歩み寄る。
トールの鎖戦輪の間合いにとらわれれば逃れるすべがないと、魔機獣たちが揃って銃撃を浴びせてきた。
だが、すべてを受け切ってやる必要などない。
トールは身体強化を施して加速し、鎖戦輪にマキビシを付けて横に薙ぐ。
赤雷を纏ったマキビシが雷速で魔機獣を貫く。
辛うじて射撃姿勢を解いた魔機獣がすれすれで避けるも、龍のように伸びた鎖戦輪が切り刻む。
鎖戦輪をも避けることに成功した数少ない魔機獣が近接戦に切り替えるより早く、トールは盾にしていた二枚重ねの金属板を磁力で反発させることでシールドバッシュを行い、吹き飛ばす。
一連の攻撃が終わるころには鎖戦輪がトールの手元に戻り、追加のマキビシを引き付けていた。
「――次!」
勢いを止めることもなく、トールは独特の歩法で方向転換すると磁力を使ってさらに加速する。
身体強化により頑強さを高めた肉体を頼りに、トールは速度を上げていく。
魔機車を中心に半径一キロメートル。決して狭いとは言えないその領域は赤雷に支配された虐殺場と化していた。
赤い光が瞬けば魔機獣の血が噴き上がる。
銃弾が気化するほどの莫大なエネルギーが縦横無尽に暴れ狂うその光景は血風と赤雷に彩られた赤い嵐だった。
もはや必死の抵抗を見せるのは人間側ではない。
前線を突破してしまったことで逆に退路を断たれた魔機獣の方だ。
決死の覚悟で魔機車に近づいた魔機獣から吹き飛んでいく。
最高速に達したトールが繰り出す鎖戦輪は衝撃で突風を巻き起こし、装甲板を紙のように斬り裂く。
防御は無意味。反撃の隙は無い。
遮蔽物のない平原に隠れる場所はなく、たとえあっても金属探知で発見される。
数の暴力でトールの戦闘データを蓄積し、有効な対応策を模索する間に屍が積み上がる。
「目立たないようにしているお前、指揮官機だな? ――リセット」
呟くトールが鎖戦輪で魔機獣の一頭を絡め取り、電磁波を魔機獣の体内に照射する。内臓を焼かれた魔機獣が絶叫し煙を吐いて死亡する。
ただそれだけで、膨大な屍の上に築き上げた戦闘データが消失する。
絶望の二文字が魔機獣の群れを支配しているはずだった。
「……動きが妙なんだよなぁ」
トールは魔機車の屋根に着地して久しぶりに足を止め、周囲を見回す。
大勢は決している。ふたを開ければ各方面の部隊も怪我人が出ているものの健在で、魔機車には傷一つついていない。
魔機獣側の増援も数が減っている。
この状況下であれば魔機獣は一時的にでも撤退を選択するはずだ。
だが、攻勢は止まない。
それだけ、結界魔機が起こした魔力異常が無視できない強大さとも解釈できる。
その時、魔機車の中の魔力反応が急速に収束した。
直後、結界魔機の魔力が霧散する。
思わずサンルーフから中に視線を向けたトールはやり切った顔でVサインをする双子と目が合った。
結界魔機の起動に無事成功したらしい。
トールは作戦成功を知らせる合図として赤雷を上空へ網状に展開する。
魔力異常が消えた以上、魔機獣は撤退する――はずだった。
背筋を悪寒が駆ける。
トールは反射的に北を見た。
魔機獣の死骸が無数に転がるその場所で、序列四十一位Bランクパーティの鞘討ちの面々が全速力で西へと駆け出している。
鞘討ちはリーダーのバストーラを筆頭に全員がエルフだ。長命だけあって場数を踏んでいる彼女たちは自身の実力を過信しない。
西から白い靄のような物が漂ってくるのが見える。
陽が傾いて暗くなる中をわずかに発光しながら風の流れに逆らって漂ってくるそれは直径五十センチほど。
生物とも思えないその靄はよく見ると銀糸のようなもので構成された異様な魔機獣だった。
防御力がありそうには見えない。分かりやすい武器が取り付けられているわけでもない。
貧弱そのものに見えるその魔機獣が異様な存在感を放っているのは、銀糸が伸びた先にあった。
「魔機獣の死骸を集めている?」
銀糸が伸びる先は魔機獣の死骸だった。
ここに来るまでにも魔機獣の死骸を漁ってきたのか、ずるずると十体ほどの魔機獣を後ろに引きずっている。
鞘討ちが北西に陣取る歴戦のエルフ集団を連れて西にいる俯瞰のミッツィと合流する。
それだけの戦力を整えなくてはいけないと、鞘討ちが判断した。
トールは魔機車の屋根に置いてある予備の鉄杭を拾い上げ、正体不明の魔機獣へと鎖戦輪の輪を向ける。
赤雷を纏った鉄杭を装填しようとしたその刹那――銀糸の魔機獣を中心に大気が歪んだ。
「――っ!」
反射的に金属板を掲げて魔機車を防御する。
衝撃音と共に金属板がひしゃげ、はじけ飛んだ。
銃撃ではない。もっと巨大な質量をぶつけられたのだと理解した直後、空から血と肉の雨が降ってきた。
ばらばらと地面を叩くのは白い骨。
「……なるほど、絶縁体で質量兵器だな」
投げつけられたのは魔機獣の死骸だった。
浴びせられた血を拭い、トールは銀糸の魔機獣を見る。
投げつけられた死骸に金属部品や魔石がないのを視認していた。
銀糸の魔機獣は死骸からはぎ取ったと思しき金属部品で自身の身を鎧いながら、魔石を銀糸の靄の中へと取りこんでいく。
死骸からはぎ取った魔石を抱え込む歪な金属の塊を見て、トールは目を細める。
――決戦魔機獣。
「外見情報すらなかったのはこういうことかよ」
歪んだ金属板をちらりと見てから、トールは魔機車の屋根から飛び降りる。
構えを取り、決戦魔機獣を睨んだ。
わかりやすくて助かると、笑みを浮かべる。
「お前を潰せばハッピーエンドだな」
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