第6話  百里通し+俯瞰

 トールは双子と共に、フラウハラウを出て街道上を魔機車で走っていた。


 目的地はカーラルという小さな町だ。

 もともと、旧文明の遺跡ストフィ・シティに集まっている強力な魔機獣を警戒して作られた町とのことだが、魔機獣がストフィ・シティから出てこないため次第に存在感が薄れ、廃墟が目立つほど人口の少ない町となっている。


 エミライアから聞いたストフィ・シティの情報を紙にまとめながら、ユーフィがトールに声をかける。


「Aランクの魔機獣が住み着いているとなると、役に立てないですね、私たち」

「悪いとは思うが、留守を頼む。今回は一人の方が動きやすい」

「足を引っ張りたくないですから、お留守番しています」

「情報収集くらいはできるといいんですけど」


 何か仕事はないかと頭を悩ませている双子に苦笑する。


「のんびり構えていろよ」

「何か仕事をしてないと落ち着かないんですよね。始教典の内容も気になります」

「それっぽいものを片端から拾ってくるから、分析を頼めるか?」

「あ、それいいですね。トールさん、旧文明の文字は読めないですよね?」

「多少は読めるぞ。ただ、Aランクの魔機獣の群れに突っ込むんだ。さすがに調べながらってわけにもいかないから、歴史的に重要な文献とかが紛れているかもしれない。それの対応も頼む」


 冒険者ギルドに報告すれば研究者に渡りをつけてくれるだろうが、双子ならば研究者を頼らずともある程度は調べられるだろう。


「任せてください!」


 仕事ができたことで嬉しそうな双子の仕事中毒ぶりを笑っていると、カーラルが見えてきた。

 分厚い防壁に囲まれている。町というよりも砦といった趣の重厚感だった。

 関らしきものもない。門をくぐると、平屋建ての建物が並ぶさびれた大通りが奥へと続いていた。


「あ、その右の建物、冒険者ギルドですよ」


 メーリィが道の右側を指さす。

 おそらくはこの通り唯一の二階建ての建物だ。門のすぐそばに軒を構えているのは、このカーラルが魔機獣に備えて建設されているからだろう。

 しかし、建設当時は魔機車が存在していなかったらしく、ギルドの裏にある駐車場には回り道をしないとたどり着けないようだ。

 徐行運転しながら適当な道を曲がり、ギルドの裏手に回り込む。


「不便な町だな」


 駐車場に魔機車を停めて運転席を降りる。

 すると、ギルドの裏口が中から開けられた。

 てっきりギルドの職員が出てきたのかと思ったが、出てきた人物のニヤニヤと嫌味な笑みを浮かべる顔を見て、トールはうんざりした顔をする。


「ファライ……」


 名前を呟くと、百里通しのファライは笑みを深めた。

 トールとさほど歳の違わない、二十代半ばの青年である。線の細さを強調する服装は飾り気はないもののセンスが良い。

 しかし、陰湿そうな昏い笑みを浮かべる顔はなまじ整っているだけに不気味さがいっそう強調されており、近づきがたい雰囲気があった。

 銃身を半ばで折りたたむことができる特殊な魔機銃を背負っている。旧文明の遺跡から本人が見つけてきて以来愛用するその魔機銃は全体が黒く、銀色の装飾がグリップに施されている。


 ファライはギルドの裏口を振り返った。


「ほら、ほらほら、来たじゃん。来てくれたじゃん! ほら、見てよ、ほら!」

「……うっざ。……割とマジで死ねばいいと思うの」


 ファライに悪態をつきながら出てきたのは両手に巾着袋を提げた女性だった。

 袖口にフリルをあしらったエプロンドレスを着ている。少女然とした格好が似あうが纏う雰囲気は落ち着いた大人のそれで、彼女の特徴的な耳を見なくともエルフだとすぐに分かった。

 トールと目が合うと、女性は優雅に一礼する。


「俯瞰、ミッツィ。赤雷、あなたのことは尊敬している。ついでに同情する。こんなのに執着されて面倒この上ないと思うの」


 ミッツィと名乗った女性はファライを横目で睨む。

 睨まれたファライはまるで気にした様子もなく、トールに向き直ると歓迎するように両腕を広げた。


「来ると思ったよ! この依頼、心底どうでもよかったけど、トールが来るんじゃないかっておもったらもう、もう! 居てもたってもいられなかったんだ。獣人の集落に乗り込んで楽しく酒宴に参加するトール。吸血鬼事件の解決依頼を蹴ったトール! 君なら、太陽聖教会の依頼を妨害に来てくれるんじゃないかって! ねぇ、ねぇねぇ、勝負しようよ。今度は勝つよ!」


 ニヤニヤと笑いながら、上半身を揺するように歩いてくるファライをトールはうんざりした顔のまま見返して、肩をすくめた。


「俺はお前がどうでもいい」

「僕はどうでもよくない!」

「……やっぱ死ねばいいと思うの。死ね」


 ボソッとミッツィが呟いて、双子を見る。


「強く生きて……」


 ミッツィが呟いた直後、ファライがトールから双子へと視線を移した。


「噂の炭酸ポーション双子だね! 聞いてるよ。うんうん、可愛いね! 片方、ボクの方に来てくれないかな? そうすればトールと対等だ! どうかな?」

「遠慮します」

「つっれないなぁ!」


 ぺちんと自らの額を叩いて嘆くファライはふと真面目な顔になると、トールに話しかけた。


「で、トールはどんな目的でここに来た?」

「とある好事家の依頼で太陽聖教会の始教典を取りにきた」

「バッティングだね。いつかの再来。燃えてきた。ミッツィ、カランに報告しに行こう」

「醜態晒している間に連絡済み……。全員、こちらに来る」

「おっけーおっけーはいはい、来られないように妨害してくれる?」

「……金城から伝言。赤雷と交渉する。手を出すな」

「手を出したら交渉決裂だね!」

「出させると思う……?」

「出させないようにできるとでも?」


 二人が全く同時に身体強化をして、同時に交戦の意思はないと示すように両手を挙げた。


「やめておこう。依頼中だし。どうせ、トールは譲らないでしょ」

「……同感。無駄なことはしない。でも、お前は死んでいいと思うの」

「ひどいなぁ。ひどい、ひどいよね? トールもそう思ってくれるでしょ?」

「思わないな」

「あっは、そうでなくちゃ! そうだ。ギルドの中を案内するよ。カランたちが来るまで時間もあるだろうし」


 ファライが踵を返して裏口をくぐっていく。

 うんざり顔のトールは同じ顔をしているミッツィと目配せしあう。


「案内」

「魔機車」

「乗れ」


 短く言葉を交わしあい、トールは双子とミッツィを魔機車に乗せ、こちらに向かっているというカランたちと合流すべく魔機車を発進させた。

 当然、ファライは置き去りである。

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