第3話 怒りの鉄槌

 ヘブンミリア・カルバ・サザン・キリア合同会議が終わり、カイは重い足を引きずりながら自室に戻る。

 カイが扉を開けると中から聞きなれた声がした。

 その部屋にはすでに先客がいたのだ。



「あ、戻ってきたニャ」


「遅かったわね」



 金色の髪の少女に、褐色肌の獣人の少女、2人は部屋の椅子に腰をかけながらカイのほうに視線を向けた。

 その光景に嘆息たんそくするカイだが、精神的疲労せいしんてきひろうが引いていくような心地良さを覚えていた。 



「普通に人の部屋にいるのはどうかと思うぞ。せめて俺が戻ってくるまで外で待つとかしたらどうだ?」


「……その考えはなかったわ。もう入るのが普通って感じね」



 カイは再びため息をつきながら椅子いすに座る。

 クロはラミアをなだめているようだった。

 そのラミアは深紅しんくひとみに影が差しており長い金髪は風が無いのにも関わらずユラユラとれている。



「ど、どうしたんだ?」


「どうしたも何も、あのヘブンミリアの連中、礼儀れいぎがなってないんじゃないの!?」


人様ひとさまの部屋に許可なく入ってるラミアに言われたんじゃ、相当そうとうだな」


「いちいち言葉のあしを取らない!!」


「は、はい!!」



 冗談じょうだん交じりで放った言葉を一蹴いっしゅうされカイは背筋を伸ばす。

 ラミアがきれている理由は明白だった。

 カイも理解したうえでラミアを落ち着かせようとする。



「あの人はいつもあんな感じだ。いちいち腹を立ててたらやっていけないぞ」


「アンタ、あんなに言われて言い返さないわけ!? こっちは一発なぐりたくてウズウズしてたわ」


「み、ミャーもあまりいい気分じゃなかったニャ……。ご飯もちゃんと味わえなかったニャ」



 ラミアは握りこぶしを作り、クロも服のすそを握りしめる

 カイは2人の反応を見ながら笑みを浮かべる。



「いや、ちゃんとキリアのことを見てくれる人がいるだけで、他の人が何を言おうと別に良いかな」


「キザなセリフ言ってるつもりなんでしょうけど、そんなんじゃおさまらないわよ!」



 しかも、とここからが本題だと言わんばかりに声をあらげながら、机に両手を叩きつける。



「ミーシャをくれ、なんて言い出した時はヘブンミリアに宣戦布告せんせんふこくしてやろうと思ったくらいよ」


「…………」



 カイもそのことに対して疑問をいだいていた。

 なぜミーシャを養子ようしむかえるなんて言い出したのか。

 そのことを考え出した瞬間、部屋のとびらが3回ノックされる。



「どうぞ」



 カイがそう返事すると、扉がゆっくりと開かれる。

 そこには意外な人物が立っていた。

 全身を重厚じゅうこう装備そうびでかためた少女だった。

 長い金髪からのぞかせる目元はおっとりしており、青空を想起そうきさせるき通った青色のひとみがカイをとらえる。



「ソニア様……、こんなところでどうなされたのですか? ゴルナークきょう一緒いっしょじゃなかったのですか?」


「……カイ」



 驚いたカイは席から立ち上がり、ソニアに近づく。

 しかし、次の瞬間カイはおろか、ラミアとクロも席から立ち上がり驚きの声を上げることになる。

 部屋に入ってきたソニアがカイに抱き着いてきたのだ。

 突然とつぜんの行動にカイは言葉を失ってしまう。



「ち、ちょっと、アンタ何してるのよ!?」


「か、カイからはなれるニャ!?」



 クロとラミアがカイからソニアを引きはがそうとする。

 クロの怪力かいりきに引きはがされたソニアもあばれだす。



「な、なんなんですか、貴方達あなたたちは!? 久しぶりにカイに会ったのですから感動のハグくらいさせてくださいッ!!」


「良いわけないニャッ!?」



 カイも後ろからラミアに引っ張られていた。

 カイの背中に豊満ほうまんな胸が当たっていたが、ラミアはそれどころではなかった。



「アンタこそなんなの!? 急にカイに抱き着くなんて非常識ひじょうしききわまりないんじゃない!?」



 落ち着いたのかソニアはクロとラミアの顔を交互こうごに見る。



「ラミア様……とクロ様ですか? 貴方達こそどうしてカイの部屋にいるのですか?」


「ど、どうしてって、ちょっと前までここに住んでたからよ」



 若干じゃっかん得意気とくいげに胸を張るラミアの言葉にソニアの身体がふるえる。

 そして、カイのほうに視線を向ける。



「う、うそですよね。カイは私の婚約者こんやくしゃなんですよ。そんなことするわけないじゃないですか。そうですよね?」


「ど、同意を求められても事実だ、としか言いようがないんだが……」



 状況についていけていないカイの言葉には力がこもっていない。

 クロが途中で言葉をはさむ。



「ちょっと待つニャ! 今、カイが婚約者だって言ったニャ!」


「ええ、そうです。カイと私は来年、結婚けっこんするんですよ」



 今度はソニアが胸をそらす。

 カイは3人の間に入りなだめようとするが、それは間違いだった。

 少女達は上目遣うわめづかい(殺気を放っている)でカイを見上げながら、



「「「カイ、説明して」」」



 ラミア、クロ、ソニアは圧力をカイにかけてきた。

 そこから一歩も動けなくなったカイは静かにその場で正座し、



「……はい」



        ※



「なるほど、ラミア様とクロ様を保護ほごしている間、カイが面倒を見ていたのですね。特になどの話はないのですね」


「アナタ、言うじゃない……」


「クロは返事待ちニャ!」



 説明したものの納得なっとくしないラミア、クロ、ソニアの言い争いがヒートアップする。

 もう事態の収拾をあきらめたカイは静観せいかんすることにした。



「クロ様……は、まあ良いでしょう。ですが!」



 言葉を区切りながら、ソニアはラミアにむけて人差し指を突き出す。



「ラミア様! 貴方は私とキャラがかぶってますッ!」



 ソニアとラミアは親戚しんせきと言われてもおかしくないほど瓜二うりふたつの容姿をしていた。

 腰に届くほど長く、手入れのいきとどいた金髪、身長も変わらない。

 


「長い金髪キャラなんて一人で良いんですよ! 2人もいりません!」


「アナタと一緒にしないで。目の色も、ましてやここの大きさだって雲泥うんでいの差じゃない!」


「……ぐっ!!」



 2人の顔だけ並べたところで見分けることは難しく、見慣みなれた人間にしかできないだろう。

 しかし、全身に目を向けると明らかに違う場所が存在した。



「む、胸がなんだって言うのですか!? ちょっと大きいからって……。巨乳なんて脂肪しぼうかたまりじゃないですか!?」


「胸のとぼしい女性の言い訳ナンバーワンニャ。でも、ミャーはソニアの味方ニャ!」


「クロ、アンタはどっちの味方なのよッ!?」



 クロはどこでそんな情報を仕入れるのか疑問を飲み込みながら、カイは静かにその場を離れようとする。

 一歩間違えれば、ケンカの嵐に巻き込まれかねない。

 しかし、それを邪魔じゃまするようにカイの片腕にソニアが両腕をまわす。



「と・に・か・く! カイは私の婚約者ですから!」



 ラミアはもう片方の腕に抱きつく。

 普段ならしないであろうが、ソニアに対する対抗意識たいこういしきでラミアは正常な判断ができていなかった。

 カイは両方から引っ張られ、



「い、痛い、痛いッ、痛いッ、痛いッ! は、はなしてくれッ!」



 そのとき部屋の扉がノックもなしに開け放たれる。

 扉の金具かなぐこわれる音とともに、床に金具が転がる。

 それだけで扉を開けた人物の怒りがヒシヒシと伝わってくる。



貴様きさま、言い残すことは……?」



 そこにはゴルナークが人間ほどの大きさもあるハンマーかついでいた。

 少女たちのケンカの嵐などちっぽけに見えるほどの、わざわいがせまっていた。

 瞬時に弁解べんかいこころみるカイだったが、



「ご、ゴルナーク卿、これには理由があって……」


「貴様に親父などと呼ばれたくはないわあああアアアアアアッ!!」


「そんなこと言ってなアアアアアアアアアア…………」



 ゴルナークがハンマーを地面に叩きつけると、床に亀裂きれつが入り、衝撃波しょうげきはがカイにおそかるのだった。

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