第4話 吸血鬼

 カイは部屋で椅子いすに座り、テーブルの1点を見つめている。

 そこには刃渡りの短い包丁と器、そのとなりに何本もの木製の水筒が置かれていた。



「またこれをやるのか……。結構けっこう、痛いんだよな」



 カイはつぶやきながら包丁を握りしめ手首に当てる。

 そのとき、カイの部屋にラミアとクロ、ミネルバが入ってくる。

 カイは包丁をテーブルの上に置く。



「ど、どうしたんだ、3人とも?」


「ラミア様が胸当て忘れてしまいまして、1人でお戻りになるのは危険なのでこうしてついてきました」


「アナタ、今、包丁で何かしようとしていたの?」


「あ、ああ、木彫きぼりの水筒を作ろうと思って……」



 テーブルの上にある何本もある木製の水筒の1本をカイは手に取る。

 それをいぶかしげな眼で見るラミアが口を開く。



「その包丁って調理用の物じゃないの?」


「……て、手元に丁度いい道具がなくてな」



 カイの発言にどんどん疑念をつのらせていくラミア。

 その隣でキラキラした目を向けてきたクロの一言にカイは今度こそ言葉を詰まらせる。



「どうやって作るの!? 見せてほしいニャ!」


「……ごめん。木材が切れて作れないんだ。それに気付いて道具を片付けようとしていたところだ」


「残念ニャ……」



 本気で残念がっているクロの隣ではラミアがずっとカイに疑惑の視線を向け続けているのであった。



         ※



「最近、カイの様子がおかしいわ」


「ミャーはそう思わないけど」



 城の廊下ろうかを歩いて訓練兵学校に向かうラミア、クロ、ミネルバ。

 ラミアがふとつぶやいたことにクロは否定しようとする。

 


「ミネルバはどう思う? アナタ達もカイの調査を進めているらしいけど」


「私もラミア様と同じ意見ですが、あまり詮索せんさくしすぎると悪い印象を与えかねません。ここに来てからは極力そのようなことはひかえさせてもらっています」


「確かに悪い印象なんか与えたら今後にひびくのよねー。どうした物かしら……」



 クロがそこで口を開く。



「こっそり後を付けてみたら? ミネルバ達に頼ったら問題あると思うけど、ミャー達がこっそり後をつける分にはバレたとしても子供のいたずらで済まされるニャ」


「それよ! 良い案ね。なら、明日からカイの後をつけてみましょ!」



 ミネルバは止めようとするが、勝手に盛り上がっている2人に彼女の声は届かなかった。



         ※

 


 それから数日もの間、カイのことをラミアとクロなりに調べていった。

 しかし、不審ふしんな行動を見せても、確信に至れるだけの行動をしないカイに2人はだんだん頭を悩ませ始めた。



「ねえ、ラミア。本当に何も起こらないニャ」


「不審な行動をとってるんだから、もう少しよきっと」



 カイが夕食を作っている間、2人はリビングで静かに話していた。

 


「2人とも、夕食できたぞ」



 カイが料理を運び終え、席について食事をとっているときもラミアとクロは彼から視線を外さなかった。


 食事を終え、一息ついていたカイが、



「2人とも、最近、後ろをついてきているけど、どうした?」



 そう言うと、ラミアが咄嗟とっさに、だが平然と口を開く。



「なんでもないわ。たまたまアナタが私達の先を歩いていることが多い、それだけよ」



 紅茶を飲みながらしらばっくれようとするラミアにカイはため息をこぼす。



「その言い訳には無理があるだろ。1つ忠告しておくけど、俺の、の秘密を知ったって良いことないから、あまり詮索するな」



 その声音は静かな物だったが、怒気をはらんでおり、ラミアとクロは固まってしまう。

 しばらくの間、食後の空間に緊張が張り詰めた。



         ※



 深夜、ラミアとクロが寝たことを確認すると、カイは1人廊下を早足で進んでいた。



(厳しく言ったから、もう大丈夫か……)



 階段を降りていき、目的地に着いた彼のまえに女性が立っている。

 そこは城と訓練学校を直接つなぐ廊下で月明かりが窓から差し込んできた。



「ごめん、エル。遅れた」



 カイの一言にその女性、エルメローゼは感情のこもっていない声で。



謝罪しゃざい、カイさん。こちらこそ、ごめんなさい。こんな夜中に」


「それとやっぱり駄目だめだった。2人が思いのほかねばり強くて……」


許容きょよう、気にしないで。ある程度なら、我慢できるわ」



 カイはパジャマの首元に手を伸ばし、えりを引っ張って首をさらけ出す。

 エルメローゼはそっとカイの肩に手を置き、首元にキスをした。

 はたから見ればただ首筋にキスをしているだけ。

 エルメローゼは嬉しそうだったが、カイは顔をしかめた。

 しかし。



「ちょっと、アナタ達、何をやっているのッ!?」



 突然の呼びかけに驚いたエルメローゼがカイの首から口を離す。

 するとカイの首から何かが飛び散る。



「ラミア、それにクロ。……どうしてここに来た?」


「はあ、アナタをつけてきたのよ! そしたらこんな夜中に何やっているの!?」


「み、ミャーは止めたよ。別にカイが誰とそんなことをしてもミャー達には関係ないから。だけどラミアが飛び出しちゃって……」


「そんなこと言わなくていいから! カイ、首から血がれているわよ! エル先生といったい何……を……」



 ラミアがエルメローゼに視線を送ると、その姿に言葉を詰まらせる。

 黒かったはずの髪はきぬのような白い髪に、そして月明かりが照らした瞳も黒ではなく、あかく光っていた。

 その変貌へんぼうぶりにカイもエルメローゼもあきらめたかのように、



「いいか、エル? この子達にも話して?」


無難ぶなん、それが怪しまれない一番の方法だから」



 カイがラミア達に向き直ると、厳しい目つきで、



「君達は見てはいけない物を見た。止めたのにそれを守らなかった」


「……ごめんニャ」


「……」



 怒りをあらわにしているカイの言葉にラミアは黙り、クロが小さく謝罪しながら下を向く。

 その様子を見て、カイは怒れなくなってしまう。



「はあ……。これから言うことは他言無用たごんむようだ。破ったら、君達に災いが降りかかるからな」



 コクコクとうなずくラミアとクロ。



「それで……エルの正体は……、吸血鬼バンパイアだ」


 

          ※


 

 荒野で1人寂しく歩く女性。

 ボロボロの布を上からまとっており、フードで隠れた顔からは黒い瞳が前を見つめている。



「確か……、あの山を越えた先に……」



 彼女の前方には高くそびえたつ山がある。

 のどかわきに立ち止まり、彼女は木製のボトルを取り出し、口に当てると一気飲みをする。

 口元から大量の液体がこぼれる。

 水ではない、真っ赤な何かだった。



準備万端じゅんびばんたん、これで持つかしら……」



 その山をえ、山を下りた目の前に広がる光景に、彼女ののどが鳴る。

 多くの死体が転がっている。近くで戦争があったようだ。

 


無惨むざん、こんなに人が死ぬなんて……」



 言葉とは裏腹に、彼女は死体をあさっていく。

 両手をかかげながら取り出した男の息はまだあったが、一突きされたであろう胸からはとめどなく血が流れ出ている。

 男は弱々しい声で、


 

「た……すけ……」 


「不可能、もう助からない」



 男を抱えていた彼女の口からはよだれが垂れている。

 彼女はゆっくりフードを取る。白い髪に紅い瞳。

 彼女は男の首をあらわにする。

 血の香りを吸い込んだ彼女はとうとう抑えがきかなくなった。



「アナタの死は無駄にしない」



 その一言とともに、彼女は男の首に歯をたてた。



「……グハッ!?」



 男が抵抗しようとするが、彼女は首から離れようとしない。

 男はピクピクと痙攣けいれんしていたが、遂に力なくグッタリと倒れた。

 今まで乾いていた肌はつやを取り戻し、狂気に血走った目も落ち着いてきた。



「これで、またしばらくは……」



 そう言いかけた彼女は急に吐いた。

 両手で頭をおさえながら。



「ま、さか、こんなひどい戦場に、味方が数人だけ取り残されたの……。こんな絶望は久々ね……」



 彼女は木製のボトルを取り出すと、周囲にころがっている新鮮な死体をかき集めては、ボトルにその血を流し込んだ。

 血を吸ったことで我に返った彼女、エルメローゼは再度苦しそうに頭を抱える。



「戦場の死体をあさるのは、もうやめよう、って言ってるのに……」



 エルメローゼは自身が吸血鬼であることに、苦痛を感じていた。しかし、吸血鬼は血を吸わないと生きていけない。

 毎回、戦場に来ては、もうすぐ死にそうな新鮮な死体をあさり、むさぼるのだった


     

        ※



 エルメローゼの過去の1部を聞いたラミアとクロは一言も話さず聞き入っていた。



「ラミア、クロ。このことは絶対に言うな」



 ラミアが恐る恐る口を開く。



「どうして……カイは吸血鬼をかばうの? 血を吸われたってことは、アナタも吸血鬼なの……?」



 血を吸われた人も吸血鬼になることは、よく伝承でんしょうで耳にする話だが、カイは首を振る。



「一応、昔から吸血鬼はいるが、彼らの使う魔法が独特であるがゆえに、そういう印象を持たれがちだ。だが、それは真っ赤なうそだ」


「なんでそんな事が分かるニャ?」


「様々な文献を読んだし、自分の身体で何度か試したから、としか言いようがない。もっと簡単な話、ラミアが動物にかまれたからとして、ラミアがその動物に変わることはない。それと同じだ」


「……」



 ラミアは半信半疑はんしんはんぎでカイを見つめる。



「どうしてカイだけが血を吸われているニャ? 他の人は知らないの?」


「私が彼の血を気に入っているからよ」



 エルメローゼは続ける。

 吸血鬼が血を吸うと相手の様々な情報を得ることができる。

 エルメローゼはそれを『血の記憶メモリー』と呼び、過去や感情などを知ることができる。


 ラミアはその話を聞いて、



「つまりエル先生はカイの過去を気に入ったということかしら?」



 カイの過去は幸せな物ではない。

 故郷こきょうが焼かれ、見知らぬ地で王となり、サイラスとの過酷な戦争を体験している。

 


「確かに、彼の過去は酷かったけど、それが私にとって落ち着いたの」



 これ以上は本人のプライベートにかかわるのでラミアは聞かないことにした。

 今度はカイが口を開いた。



「『血の記憶メモリー』でエルは俺の過去を知った。当然、にせの王であることも。だから、だまっていたもらう代わりに、血の供給をしていたわけだ」



 一通り話を聞いたラミアとクロはエルメローゼに頭を下げた。



「ごめんなさい、エル先生。今後は気を付けるわ」


「ミャーもごめんなさいニャ! 何も知らずに、エル先生を傷つけたニャ……」


不問ふもん、気になる異性の行動は気になるのは人間にとって当然」


「……どういう事ニャ?」


「ち、違うわよ。そんなつもりじゃないわッ!!」



 無表情のままエルメローゼが放った言葉の意味を理解できないクロ。

 一方でラミアは耳まで真っ赤にし怒るのだった。

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