第16話 秘めた感謝

 その夜、エルフのメイド達が家の中で調理を始めた。

 カイはさびしくハンモックの上で寝転がり、毛布のようなもので冷えないように身体を覆う。

 すると家のとびらが開き2つの影が姿を現す。

 食事を持ってきてくれたラミアとエレインの2人だった。



「大丈夫ですか、兄さん?」


「アナタの分よ。わざわざ私が持ってきたのだから感謝しなさい」



 エレインの優しい言葉にうれしくなるが、ラミアの恩着おんきせがましい発言にムッとするカイ。

 カイは料理を受け取り、一瞬でたいらげる。



「ああ、ありがとう。こっちは大丈夫だ。長老達が俺を危険視しているだけだから」



 エルフの村に来てからのカイに対するエルフ達の対応をエレインは近くで見ていた。

 なんとなくカイのあつかいがアレな理由も気付いているのかもしれない。



「兄さん、よろしければ私と一緒に寝ませんか? 外では風邪かぜを引きますし、私が見張っていれば兄さんがラミア様に手を出すことはないと思いますので」


「いや、自然に囲まれながら寝るのも悪くないから別にかまわないよ」



 カイは平静を取りつくろう。

 2人の会話を聞いていたラミアが苦笑しながら。



「エレイン、積極的ね……。いくらカイが好きでも超えちゃいけない一線があると思うのだけど」


「ち、違いますッ! そんなんじゃありません! ただ兄さんが心配で……」


「全部言う必要はないわ。分かっているから。アナタとは長い付き合いだから」



 ラミアがエレインをからかう。

 妹のかたい表情はラミアとの会話においては通用しないらしい。

 妹の新たな一面にカイは笑みをこぼす。



「兄さんも笑ってないで、何とか言ってください!」


「そうだな。エレインは昔から俺の後ろをついてきたり、一緒いっしょに寝ていたからな。兄離れができないのも仕方がない」


「な!? そんなわけないです! 私、一緒に寝たことなんてありませんから!」


 

 エレインの言う通り一緒に寝たことはないが、カイは少しだけからかった。


 しかし、それが間違いだった。

 エレインがカイにつかみかかろうとすると、ラミアと身体がぶつかった。

 ラミアはバランスをくずしカイはそれを抱きとめたが、暗かったこともあり2人とも足をすべらせる。



「キャッ、な、なんなの……ッ!?」



 そのままハンモックにかる形で倒れこむ。

 カイが持っていた食器が地面に落ちる。



「クッ。大丈夫か、ラミア?」

 

「え、ええ。ありがとう。……!?」



 ラミアはカイに抱き着き、ゆたかな胸のふくらみがカイに押し当てられる。

 カイはハンモックに全体重をのっけ、その上からラミアが乗っかており、起き上がることができない。

 ラミアもラミアで、両腕りょううでがカイの背中とハンモックの間にはさまれ起き上がることができなかった。



「ちょ、ちょっと、カイ!? 動かないでッ! 腕が取れないから」


「む、無理。思った以上に重くて苦しい……」


「は、はあ!? アナタ、失礼すぎよ。いいから動かないで!」



 ラミアの怒りの声が森にひびく。

 ラミアは恥ずかしさと怒りで顔を赤らめ、カイは苦しくて顔を青ざめる。

 2人がくんずほぐれつをながめることしかできないエレインはあわてる。

 すると、静寂な森から一本の矢がヒュッと風をきり飛んでくる。

 ハンモックの端を射抜きゴムが切れる。



「グエェッ!? ぐるじいィィ……」



 ラミアが乗ったまま地面に背中から落ちるカイ。

 2人の全体重によって声を上げる。



「ゥゥゥゥゥゥ…………」



 顔を赤らめ胸を両腕で押さえながらラミアはカイから距離きょりをとる。

 カイもきこみながら起き上がろうとするが、足元に1本の矢が突き刺さっている。



「な、なんだ、これ?」



 ハンモックを打ち抜いた矢を拾い、その先端せんたんに手紙がついており、中身を確認する。

 そこには。



(『手を出すな』……か、何を言いたいのかよく分かる)



 ラミアも涙目だったが、近づいて確認しようとする。

 


「『手を出すな』って何のこと?」



 ラミアの深紅しんくの瞳にうつる疑念を見てとれたが、なんとなく状況をさっしたエレインはあわれみの目をカイに向けるのだった。


                  

          ※


 

 食器を片付けるということでエレインが先に戻った後、ラミアはその場に残っていた。

 彼女が落ち着くと、カイに頭を下げる。

 普段は気位きぐらいが高く人に頭を下げるなんてことをしないから、カイは驚いてしまった。



「突然どうした、ラミア!? お前が頭を下げるなんて……。熱はないか?」


「私だって頭ぐらい下げるわよ! 折角、したんだから感謝しなさいよ!」


「頭下げられて感謝って……」



 ラミアの本質が変わったわけではないようだ。

 ラミアは切実な声で、



「ま、まあ、あれよ! アナタのおかげで今まで知らなかったことを知ることができたわ」


「ラミアの母親がエルフって知ったときは驚いたな……」


「それ以上にアナタの祖父がお父様と知り合いだったことのほうが驚きよ」



 そんなことを話しながら、自然と2人からは笑みがこぼれてしまう。 



「でもしかったな」


「何がよ?」



 ラミアはカイの言葉に首をかしげる。



「ラミアは父親の血のほうがいわけだし、不老長寿ふろうちょうじゅじゃないんだよな。もったいない」


「そうかしら? きっと辛いことのほうが多いんじゃないかしら」


「辛い事……」


「お母様が死んだって知ったとき、もう会えないことがこんなに辛い事なんて知らなかった。不老長寿だったら、きっと大切な人の死を永遠に忘れられないわ」



 ラミアの言葉に不謹慎ふきんしんなことを言ってしまったのでは、とカイは謝った。



「すまない。軽々しく、言うことじゃなかった」


「別にいいわよ。不老長寿ってあこがれる人も多いから。サイラスとの1件で、私は今まで出会えた人達の大切さを知ることができた。だから、その人達と1秒でも長くいられるように私なりにできることを探してくつもりよ」


「そうか……。ちなみにその中に俺は含まれているのか?」


「ええ、もちろんよ。アナタとの出会いは特別だもの」



 冗談まじりで言ったことだったが、ラミアは真っすぐカイを見つめ即答してきた。

 カイは顔が熱くなるのを感じた。

 ラミアも正直に言ったことだろうが、内容を振り返って耳まで真っ赤にする。



「そ、それだけよ!」


「ラミア!」


「な、何よ!?」



 ずかしさのあまり家に戻ろうとするラミアをカイは呼び止める。



「ありがとう、それだけだ。おやすみ」


「ええ、おやすみ、カイ」



 ラミアは振り向きながら優しく微笑ほほむ。

 月明かりがつややかな金髪に差し込み、彼女の笑顔は神秘的にカイの目に映ったのだった。



          ※



 数日後の昼、カイ達はカルバに戻ることになった。

 ラミアフルの生き写しであるラミアが帰ることになり、エルフの多くは名残惜しそうに、ラミアとの握手を求めていた。

 カイはその光景を見ながら、色々と準備を進めた。

 荷物を運び入れ、振り返るとエルフの長老が立っていた。



「今回、エルフを代表して、ラミア様の護衛感謝するの―」


「いや、こちらこそ感謝してる。あの剣の秘密が少しだけ分かったからな」


「ガリッタの孫に1つ忠告しておく」



 長老の話し方はまったりしていた物からしっかりとした物に変わる。両目を閉じながら何かを思い出しているようだ



「その剣について知れば知るほど、憎しみに飲まれやすくなる。確固かっこたる意志を持ち続けろ、これはガリッタが使に会ったら、伝えてくれと言っていた」



 長老の言葉に覚えがあった。

 『破滅剣ルーイナー』を握るたびに、憎悪の感情が流れこんできていたのだ。



「忠告感謝する」



 カイの答えを聞いた長老は今度は両目を開け、キッとカイをにらむ。



「昨夜はラミア様と重要な話をしておったから邪魔じゃまはせんかったが、今後、手を出すようなことがあれば分かっているな?」



 その圧に押され、カイは息をのむ。



「はい……」

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