第100話

 やがてSHINYのコンサートが幕を開けた。プロデューサーの『僕』は舞台の袖で里緒奈たちの活躍を見守る。

『みんなぁー! 今日は集まってくれて、ありがとー!』

『めいっぱい楽しんでいってくださいね』

『里緒奈ちゃんも恋姫ちゃんもやる気満々ね。ナナルも負けてられないわ』

 可憐なアイドルたちを目の当たりにして、ファンのボルテージは一気に上昇した。

「SHINY! SHINY!」

 熱烈な声援を浴びながら、里緒奈たちのダンスが始まる。

 『僕』にできることは、魔法で気休め程度のバフを掛けるだけ。

 いくらマギシュヴェルトの魔法が万能でも、この会場の全員にチャームを掛けることはできない。できたとしても、効果は長続きしない。

 詰まるところ、ステージの成否はアイドルの頑張り次第だ。

 しかし『僕』は、こうしてメンバーを信じるのが好きだった。彼女たちが自分の力でステージを成功させてこそ、『僕』もプロデューサーの冥利に尽きるというもの。

 菜々留の歌声が響く。里緒奈の笑みが弾む。

(その調子だよ、みんな!)

 恋姫のダンスも練習以上の切れがあった。

 ステージの上で楽しそうに歌って踊る、生粋のアイドルたち――プロデューサーとして『僕』の胸も熱くなる。

 ところが、それは唐突に起こった。

「……ん?」

 紫色のスモークが交差するように噴出し、舞台の後方を覆い尽くす。

 『僕』の知らない演出だった。里緒奈たちも首を傾げる。

(まさか手違い……でも、昨日と同じ構成なのに?)

 マーベラスプロのベテラン勢がミスをしたとも思えなかった。現にスタッフは動じることなく、むしろ期待の表情で舞台を見詰めている。

 その瞬間、『僕』は直感した。

(サプライズっ?)

 スモークが晴れ、新たなアイドルの登場にファンは息を飲む。

『遅れてごっめーん! エヘヘ』

 満面の笑みでそう言い放ったのは、里緒奈たちと同世代らしい華奢な少女。お洒落なアイマスクで素顔を隠しつつ、お調子者のポーズでウインクを決める。

『SHINYの新メンバー! きゅーとのことは『キュート』って呼んでね!』

 歓声が沸きあがった。

 驚愕と、歓喜と。まさかの四人目の登場に、誰もが前のめりになって目を見張る。

「キュートだって! キュートちゃん!」

「すっげー可愛い! 最高っ!」

 アイマスクで顔を隠していても、器量のよさは明らか。

 それに加え、抜群のプロポーションを誇っていた。発育のよい里緒奈たちをも上まわる果実を胸に実らせており、少し歩くだけでも揺れるわ、跳ねるわ。

(……あれ? あの子って……)

 『僕』が既視感に疑問を呈する間にも、彼女はSHINYの列に加わった。

「里緒奈ちゃん、菜々留ちゃん、恋姫ちゃん! 今日からヨロシクね!」

「う、うん……」

 里緒奈たちは戸惑いながらも、勢いに押されて頷く。

 ライブの途中でいきなり四人になってしまったが、破綻はなかった。もともと新メンバーの投入を見越して練習していたことが、功を奏したらしい。

 キュートのサプライズ乱入のおかげで、ファンのボルテージは最高潮に。

「SHINY! SHINY!」

「キュート! キュート!」

 ファンの声援でコンサート会場が震撼する。

(ど、どうして……?)

 明日には伝説となるステージを、『僕』はただ呆然と見守っていた。


                  ☆


 大盛況のうちにコンサートは幕を閉じる。

「お疲れ様でしたー!」

 スタッフが総出で撤収を始める中、『僕』たちは仮面の少女と相対した。里緒奈も、恋姫も、菜々留も、キュートと名乗った少女を訝しげに見詰める。

「夏に新メンバーが来るとは聞いてたけど……それがあなたなの?」

「P君に聞いた話だと、知り合いが来るはず……そうでしたよね? P君」

「え? Pくんも知らないの?」

「うん……実は」

 プロデューサーの『僕』とて、今回は答えようがなかった。

 キュートは何やら頬を染め、ぬいぐるみの『僕』ににじり寄ってくる。

「きゅーと、お兄ちゃんのために来たの。今日からSHINYの一員として、い~っぱい頑張っちゃうんだから。ねっ」

 あどけない笑みの中、八重歯が光った。

「お、お兄ちゃんって……僕が?」

「んもぉ、お兄ちゃんはキュートのお兄ちゃんでしょ? 決定!」

 まるで妹のように『僕』を『お兄ちゃん』と呼ぶ、この少女の正体は――。

 しかしそれを言葉にしようとした矢先、唇を塞がれる。

「んっ」

 キスだった。

 ぬいぐるみの『僕』はぎょっとして、弾丸が暴発でもするように後退。

「ちょちょっ、ちょ? いきなり何をっ?」

 里緒奈と恋姫も慌てて間に割り込み、『僕』をガードする。

「なんてことするのよ! リオナのPクンと、ききっ……キスだなんて……」

「レンキだってまだ……じゃなくてっ! どういうつもりですか?」

 一方で、菜々留は肩透かしを食った顔つきだった。

「ぬいぐるみとだから、ノーカンでいいんじゃないかしら」

「そーいう問題じゃないっ!」

 SHINYのメンバー同士で、一触即発の緊迫感が立ち込める。

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