第98話

 一時間後には妹の美玖が寮までやってくる。

「お待たせ」

 それを里緒奈や菜々留が囲むと、昔ながらの仲良し四人組の完成だ。

「夏休みになったら美玖ちゃんもこっちで住むの、どう? お部屋ならあるわよ」

「ううん。誰かが家にいて、掃除とかしないと」

 『僕』の両親は現在マギシュヴェルトに出張している。また『僕』もSHINYの面々と一緒に寮住まいのため、美玖はひとりで暮らしていた。

 妹も魔法使いなのだから、ひとり暮らしでも問題はない。とはいえ気にはなる。

「掃除なら、僕が定期的に魔法でやっとくよ?」

 しかし『僕』の一言を、美玖は余計なお世話とばかりに一蹴した。

「それって、魔法で掃除できないミクへのあてつけ?」

「そ、そんなつもりは……」

 この妹が得意とするのは、地水火風の攻撃魔法。ファイアーボールにウインドカッターなど、魔法少女として活躍できそうなくらいレパートリーが充実している。

 その反面、補助系の魔法は不得手とした。

 某RPGで喩えると、ベギラマやヒャダルコは得意だが、ルカナンやマヌーサは上手に撃てない。最悪、自分に跳ね返ってきたりする。

 加減をつけるのも苦手なせいで、風の魔法で部屋を掃除するつもりが、かえって大惨事に……そんなことも過去にはあった。

「ミクのことは気にしないで。それより急がないと、兄さん」

「そうだね。まあ、時間にはまだまだ余裕あるけど」

 妹への挨拶もそこそこに、『僕』は庭であるものを呼び出す。

 寮の上空に円盤が現れた。UFOという認識で大体合っている。その真下からトラクタービームが照射され、『僕』たちを包み込む。

 次に目を開けた時には、『僕』たちは丸いリラックスルームの中にいた。ステレオにソファー、冷蔵庫まで完備している。

 これこそがSHINYの移動手段、シャイニー号。

 MOMOKAを売り出していた頃は魔法で車を運転していたが、煩わしくなって、今ではシャイニー号をメインに使っている。

 いの一番に里緒奈がソファーへ飛び込んだ。

「快適、快適~! ねえ恋姫、なんか飲み物取ってー」

 恋姫は座らずに嘆息する。

「三十分もしたら、もう会場よ?」

「それだって、まだ八時じゃない。コンサートはお昼からなんだしー」

 この通り、急ぐ必要など微塵もなかった。

 しかし『僕』と美玖には、ライブとは別の目的がある。

「今日はゆっくり飛ばすから。到着まで一時間くらい……かな?」

「それまで、ここで学校の課題よ。里緒奈、あなたの分もここにあるから」

「えええ~っ?」

 この罠には里緒奈のみならず、菜々留も恨みがましい声を出した。

「Pくん、美玖ちゃん……何もここまでしなくっても」

「朝の時間も有効活用しないと。わからないところは、僕が教えてあげるからさ」

 シャイニー号の中にいては、女子高生たちに逃げ場はない。

「はぁーい」

「やるしかないみたいね。んもう」

 渋々と里緒奈や菜々留もテキストを開き、課題に取り掛かる。

 その間もシャイニー号は悠々と春の空を飛んだ。

 このシャイニー号には『認識阻害』の魔法が掛かっているため、常人が見てもUFOと認識できない。魔法の材質なので、レーダーの類に引っ掛かることもなかった。

 右から里緒奈が、中央の『僕』に問題集を寄せてくる。

「Pクン、ここ教えてー」

「ああ、これはね……まずはこの交点の座標を出すから、ここを――」

 左からも菜々留が距離を詰めてきた。

「Pくん? ナナルにもぉ」

「ん? なんだ、同じ問題じゃないか。つまり――」

 なんて調子で教えていると、向かい側の恋姫と美玖が揃って眉根を寄せる。

「回答を丸ごと教えないでくださいっ。勉強になりませんので」

「そうやって、兄さんが里緒奈たちを甘やかすから……」

「エッ? 僕が悪いの?」

 S女子高等学校で教鞭を執ることもあるだけに、心外なクレームだった。

 美玖と恋姫はここぞとばかりに辛辣な言葉を被せてくる。

「大体、そんなナリでミクより理系が得意だなんて、フザけてるの?」

「文系もです。そんなに勉強できるのに、どうして体育教師なんですか? あまつさえ水泳部の顧問まで……どこまで変態なんですか?」

「いやっ、体育教師なのは認識阻害の魔法が一番軽く済むからで……これ、前にも説明したよね? け、決して女子高生のスクール水着に興味があるわけでは……」

 『僕』は必死に弁明するも、それこそ変態の言い訳がましくなってしまった。

「水泳部のほうは顔出さなくてもいいの? Pくん」

「ちゃんと代打は立ててるよ」

「もう今後はその代打さんに任せたら?」 

 皆で課題を消化するうち、コンサートホールへ辿り着く。

「結局、全部P君が教えちゃったじゃないですか」

「で、でも……里緒奈ちゃんがわからないっていうし?」

「今日の勉強はおしまいっ! 早く行こ!」

 昨日のライブも同じ場所だったため、会場のほうはすでに準備できていた。スタッフも昨日に比べて余裕がある。

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