第97話

 里緒奈、菜々留、恋姫たちと一緒に朝ご飯を食べながら、『僕』はテレビで昨夜のアイドル系ニュースをチェックする。

 『僕』たちの所属するマーベラス芸能プロダクションは、業界でも最大手の芸能事務所だった。著名なタレントが数多く在籍し、芸能界をリードしている。

 SHINYも新進気鋭のアイドルグループとして、マーベラスプロのもとに名を連ねていた。『僕』は過去にグラビアアイドルのMOMOKAを大成させたこともあって、SHINYのプロデュースを全面的に任されている。

 月島社長も太鼓判を押してくれた。

『魔法使い? いいねえ! 君には期待してるよ、頑張ってくれたまえ』

 SHINYの三人はS女子高等学校に通いながら、アイドル活動に励む日々。

 しかしメンバーはここにいる里緒奈たちだけではない。

「……ん?」

「どうかしたの? Pクン」

「電話。ごめんねー」

 魔法使いの『僕』は異次元からケータイを取り出し、応答した。

 向こうから妹の声がする。

『おはよう、兄さん。もうみんな起きてる?』

「うん。今、朝ご飯食べてるところ」

『わかったわ。あと一時間ほどしたら、そっちに行くから。準備しておいて』

 妹の美玖(みく)は淡々と用件だけ伝えると、電話を切った。妹には今、SHINYのマネージャーを担当してもらっている。

「Pくん、美玖ちゃんはまだデビューさせないの?」

「う~ん……僕としては近いうちに、とは考えてるんだけど……」

 なぜ魔法使いの『僕』がSHINYをプロデュースしているのか。

 なぜ妹の友達をメンバーに選んだのか。

 事の発端は数年前に遡る。


 魔法の世界マギシュヴェルト。

 かつては天上界とも呼ばれた異界が、時空の彼方にある。

 『僕』の父はそのマギシュヴェルトの天使で、任務のために地上に降り、人間の母と出会った。そして『僕』と美玖が生まれることになる。

 つまり『僕』たち兄妹は天使と人間の子、エンジェルハーフに該当するわけだ。

エンジェルハーフには幾度となく前例があったらしく、マギシュヴェルトにもその存在意義を認められている。

 ところが父は、マギシュヴェルトにおいて少々立場のある天使だった。そのため、息子の『僕』もマギシュヴェルトの慣例に従うことに。

 つまりは魔法の修行だ。

 ただしマギシュヴェルトでは『男子が魔法を使うこと』に制限が課せられている。大昔の魔導大戦は男たちの論理によって引き起こされたものだから、男性は原則的に力を行使してはならない――という理屈らしい。

 実際『僕』はありとあらゆる攻撃魔法の使用を禁止されていた。当然、私利私欲のために魔法を用いることも厳禁となる。

 そのうえで魔法を修練し、魔法使いとしての実力を証明すること。それが『僕』に課せられた使命だった。

 『僕』に異論はない。むしろ納得している。

 正しい知識を得て、修練を積まないと、魔法は簡単に失敗する。無意識のうちに発動してしまうこともある。それを防ぐためにも、魔法の勉強はしておきたかった。

 その修行の方法とは、魔法の力でひとびとの役に立つこと。

 そこで『僕』は魔法でアイドルをプロデュースし、ファンに元気を与えようと考え、現在に至る。このアイデアはマギシュヴェルトからも二つ返事で承認がもらえた。

『面白そうなので頑張りなさい』

 おかげで『僕』も肩肘を張りすぎることなく修行していられる。

 トーストをぺろりと平らげ、里緒奈が指を鳴らした。

「学校も夏休みに入ったし、アイドル活動に集中できるよねっ! 最高!」

「宿題も忘れずにやるのよ? 里緒奈」

 と、委員長気質の恋姫が窘める。

「大丈夫よ。Pくんが先生たちと交渉してくれたおかげで、課題自体が少ないもの」

 菜々留も日曜日の朝のようにリラックスしつつ、コーヒーを呷った。

 とことん前向きな里緒奈と、ブレーキ役の恋姫、そしてマイペースな菜々留。この三人は上手い具合にバランスが取れている。

(これで美玖もいれば、盤石の布陣になるのになあ……)

 あとは妹を、とは思うものの――すでに新しいメンバーの企画は動き始めていた。近いうちに正式に合流する予定で段取りをつけている。

 プロデューサー用のタブレットを眺めながら、恋姫が呟いた。

「サイン会にイベント、CMの撮影……アイドルらしい活動が目白押しですね」

 菜々留も口を揃える。

「アルバムの収録もあるんでしょう? レッスンしなくっちゃ」

「魔法のおかげで効率的に練習できるのは、助かります」

 魔法使いとしての出番も増えそうだ。

 『僕』の魔法はSHINYの芸能活動を多方面に渡ってサポートしている。

 例えば、企画の立ち上げには予知の魔法を使ったり。練習の際はスタミナアップのバフを掛け、疲労を軽減したり。

 とはいえ、魔法の力はあくまで補助に過ぎない。SHINYが人気を維持していられるのは、ほかでもない彼女たちの頑張りの成果だった。

(僕もプロデューサーとして頑張るぞっ)

 決意を新たに、『僕』はぬいぐるみのあんよで立ちあがる。

「美玖が来たら、すぐに出発するよ。それまでに準備運動と、着替えとー」

 里緒奈たちも朝食を済ませて、席を立つ。

「わかってるってば~」

「そんなこと言って、里緒奈、この間も忘れ物してたでしょ」

「それって、今日は恋姫ちゃんが忘れる伏線かしら?」

 SHINYの活動が始まった。

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