第91話

「私のことは気にしないで、続けて、続けて。お仕事の話でしょ」

「ありがとう。桃香ちゃん、今日の放課後だけど――」

 久しぶりのCM撮影に桃香が意気込む。

「頑張りますね! Pさん」

「頼りにしてるよ」

 彼女は受験に専念するため、今年は仕事を減らしていた。

 マーベラスプロも一度は難色を示したものの、月島社長がコンプライアンスを優先。むしろこれを機に、桃香本人に時間を取らせない方向で、新しい企画を進めてもいる。

 ただ、爆乳が売りのモデルだけに、過激な仕事も多かった。プロデューサーとして今回の仕事を引き受けておきながら、『僕』は彼女の顔色を窺う。

「桃香ちゃん、その……バニーガールで大丈夫?」

 そんな『僕』の不安を、桃香は朗らかな笑みで吹き飛ばしてくれた。

「任せてください! モモ、バニーの衣装も欲しいと思ってましたから……うふふ」

 撮影用の衣装はバストサイズの関係で桃香くらいしか着られないため、よくもらっている(押しつけられる、といっても間違いではない)。また、ほかの仕事でも流用できることから、実際のところ有用だった。

「あ……ひょっとして、前のと同じ衣装で撮影するんですか?」

「ううん。今日のは新しいやつで、網タイツに装飾が付いたりするはずだよ」

 クラスメートたちが面白半分に沸く。

「網タイツだって! P先生ったら、やーらーしーいー」

「お仕事だってば。お仕事」

「え~、ほんとに? 桃香も気をつけなよ、P先生だって一応、オスなんだから」

「んもう……Pさんはそんなひとじゃないんですっ」

 冷やかされつつ、お昼の打ち合わせは終了。

 放課後は合流し、学校の屋上からシャイニー号で現場へ直行することに。

 本日の仕事はカジノ風ゲームのCM撮影だった。先方から『どうしても桃香ちゃんで』とオファーがあり、時間を限ってのものとはいえ実現している。

「テキパキ行くぞー。桃香ちゃんは着替えとメイク、ね」

「了解でぇす!」

 打ち合わせ通りに『僕』は現場で指揮を執った。

 スタッフたちもプロデューサーの『僕』には一目置き、息を合わせてくれる。

「桃香ちゃん、大学の推薦とかないんですか?」

「あるにはあるんだけど……結果が出るまでは、みんなと勉強したいってさ」

「ひとりだけ余裕ぶったりできないっスよねー。あの性格ですから」

 桃香の受験は誰もが気に掛け、また成功を祈っていた。

 無論『僕』も受験生の桃香を応援している。

 ただ、昔から桃香は真面目すぎるきらいがあり、思い詰めるのではないかと心配もしていた。今日の仕事が勉強の気晴らしになれば、と少し期待する。

 やがて撮影の準備が整った。

 メイクを終え、桃香ウサギも登場する。

「お待たせしましたぁ」

「おおーっ」

 男女問わず、全員の声が重なった。

 持ち前の爆乳を存分にアピールしての、魅惑のバニーガール。桃香が両手を上に乗せてしまえるほどのボリュームで、中央の谷間も深い。

 実はかなり重いため、普段はブラジャーに『僕』の魔法が掛かっていた。そのブラジャーがないせいで、桃香は自分の胸の大きさに困惑する。

「あ、あの……どうですか? Pさん……」

 いつもなら先に『僕』ひとりで確認する段階を設けるが、今回は時間を短縮しての撮影のため、カットしていた。いきなり全員の視線に晒されてしまったせいか、顔が赤い。

 プロデューサーの『僕』は我に返るや、声を弾ませた。

「あ……うっ、うんうん! すごく似合ってるよ、桃香ちゃんのバニー!」

 バニースーツは腰の括れを経て、丸みのついたお尻へ。むっちりとしたフトモモは網タイツで包まれ、妖艶な色気を醸し出す。ハイレグカットは垂直に近い切れ込みで、脚の付け根が一目でわかるほどだった。

 ハイヒールや蝶ネクタイもアダルティックな印象をより濃厚ににおわせる。

 それでいて、ウサギのお耳が可愛らしさを演出した。身体つきは男性をとことん魅了しておきながら、あどけない表情が、『僕』の男心を巧みに刺激する。

 桃香ウサギは『僕』の正面で前のめりになり、爆乳を揺らした。

「撮影の間はモモと一緒にいてくださいね? Pさん」

「も、もちろん。傍で見てるから」

 ぬいぐるみの『僕』は動揺しつつ胸を高鳴らせる。

(自覚ないんだもんなあ、あれで……)

 コンビニや本屋で彼女が表紙の雑誌を買おうとして、動くに動けなくなる男子中学生の気持ちが、わかってしまった。目の前でHカップが揺れたら、『僕』とて困る。

 だからこそ、彼女の前では人間の姿に戻れなかった。

 間もなくCMの撮影が始まる。

 仕事のほうは日が空いているとはいえ、桃香は完璧に仕事をこなした。

「目線こっち! そうそう」

「もう少し前に出てー。うん、その位置がベスト」

 広告用のショットを撮り終えたら、続けざまにPVの撮影に入る。

「お尻をアピールしてくれるかな? んー、いいね、いいね」

「こっち向かなくていいから、スーツずらして……うん、ごめんね。すぐ済むから」

 セクハラと紙一重の指示にも、バニーガールは律儀に応じた。

 『僕』がプロなら桃香もプロ、仕事中に甘えたりはしない。それはスタッフも同じで、全員が真剣に取り組んでいる。

 やがてCMの撮影はつつがなく終了した。

「お疲れ様でしたー」

 『僕』は異次元ボックスから上着を取り出し、バニーガールに被せる。

「はい、桃香ちゃん。風邪ひかないうちに着替えておいで」

「ありがとうございます、Pさん。うふふ」

 嬉しそうに桃香は上着を掴んだ。

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