第78話
改めて水泳パンツを穿きなおし、恋姫と対面する。
「ど……どうかな? 僕の……」
恋姫は瞳を大きく開け、男の子の『僕』をまじまじと物色した。
「これがP君……P君にしては、色々と盛りすぎな気がしますけど……」
「そ、そんなこと言われても……えぇと」
そこまで逞しいわけでもない身体つきが、少々恥ずかしい。
「ほんとにレンキより年上だったんですね。背も高いし、それに顔つきも……」
耐えきれずにそっぽを向いても、恋姫は興味津々にまわり込んできた。
「そっ、それより……恋姫ちゃん? 掃除しないと」
「あ、そうですね。先に済ませちゃいましょう」
やっと尋問じみた視線から解放され、プールの清掃に取り掛かる。
その頃にはスライムたちが汚れの分解を終えていた。あとは水をまく程度で済む。
「なんですか? あのブヨブヨの……」
「――あっ? 近づいちゃだめだよ、恋姫ちゃん!」
ところが恋姫が不用意にプールを覗き込んでしまった。スライムたちはまだお風呂に入っていないらしい恋姫の身体を感知し、跳ねるように襲い掛かる。
「きゃあああっ?」
「危ない!」
間一髪、『僕』は恋姫ちゃんの前に割って入った。
さらにパオーンを出せば、スライムはより不浄なモノに反応する。つまり。
「うわっ……うわぁあ~っ!」
スライムの沼へ沈む、全裸の『僕』――そして自主規制。
やっとのことでスライムの召喚を解除したのは、スライムの群れに身体を散々しゃぶり尽くされたあとだった。頬を一筋の涙が零れる。
おずおずと恋姫が戻ってきて、心配そうに『僕』に声を掛けた。
「あ、あの……大丈夫ですか? P君」
「まあなんとか。スライムにねぶられただけ、だし……恋姫ちゃんは?」
「レンキは無事です。P君が庇ってくれましたから」
彼女を巻き込まずに済んだことに、心の底から安堵する。もしスライムが彼女を蹂躙していたら、恋姫の怒りは最高潮に達し、『僕』の命は確実になかっただろう。
スライムは還せたものの、全身がベトベトで気持ち悪い。新品の水泳パンツもどろどろで、引っ張りあげると、股間の一帯に不快感が滞留する。
この状態で変身したら、ぬいぐるみの身体で余計に悲惨なことになりそうだった。
「参ったな。そこでシャワーでも浴びてくるか」
『僕』は異次元ボックスを呼び出し、お風呂セットを取り出す。
すると恋姫が躊躇いがちに呟いた。
「あ、じゃあ……レンキが背中、流してあげましょうか?」
二度あることは三度ある――その言葉を思い出しながら、『僕』は振り返る。
「……はい?」
「だから、P君の背中です。レンキのせいで、P君はスライムまみれになったんですし……お詫びも兼ねて、お背中くらいはと」
何かが間違っている気がした。
(プロデューサーの背中を流すの、アイドルで流行ってるの……?)
ただ、迷惑を掛けた分のお返しというのは、優等生の恋姫らしい。今度こそおかしなことにはならないだろうと踏んで、受け入れる。
「そ、それじゃあ、恋姫ちゃんにお願いしようかな。背中だけ」
「はいっ!」
とはいえ、さすがにシャワー室で恋姫と密着する勇気はなかった。プールの前に生徒が使うほうのシャワーを、魔法でお湯に変え、使うことにする。
(これくらいの魔法なら、人間でも……)
あまり自信はなかったが、上手く行った。
「ここで洗うんですか?」
「う、うん。掃除のついでに……いつもじゃないんだけどさ」
苦しい言い訳になるものの、恋姫は菜々留と同じように解釈してくれる。
「寮は女の子ばかりだから、お風呂が使いにくかったんですね? ごめんなさい……P君の事情に気付きもせず、レンキたちでお風呂を独占してしまって」
「ま、まあその……僕は別に気にし」
「レンキたちのあとで入ったら、P君、完全にヘンタイですもんね。残り香を嗅いだり、お湯を飲んだり、石鹸を舐めたりしなくても、そう思われちゃいます」
「ううっうん! そうなんだ!」
聞けば聞くほど、恐ろしい解釈だった。
つまり恋姫は、『僕』が人間の男の子である以上、女湯同然の寮のお風呂は使えない――とみなしている。ここで『同じお風呂に入っています』と白状するのは、自ら死刑宣告を読みあげるようなもの。
(いつもお風呂が遅いからなあ、僕……里緒奈ちゃんには見られちゃったけど)
とにもかくにも恋姫には早く納得してもらい、解放されたかった。身体の正面でお湯を浴びながら、背後の恋姫を待つ。
恋姫はパーカーを剥ぎ取り、スクール水着だけになったらしいのが、音でわかった。こちらは嬉しいような、恥ずかしいような気分でそわそわする。
しかし――。
「水泳パンツは脱がないんですか? 中もぐちょぐちょですよね?」
「ええっ? こ、ここは僕が自分で……」
「あっ、当たり前です! 何考えてるんですか!」
女子校のプールで、パンツを脱いで。
(僕は何をしてるんだろう……)
そんな自問自答も、次の瞬間には忘れてしまった。
恋姫が泡でたっぷりのスポンジを『僕』の背中に当て、遠慮がちに擦り出す。
「えっと……こ、これくらいですか? 痛かったら言ってください」
「ん……い、いいよ。恋姫ちゃん、上手……」
またもアイドルに背中を流してもらえる喜びに、『僕』は耽溺した。
いささか行き過ぎたスキンシップに抵抗があるのか、恋姫の力は弱い。その刺激がもどかしいほど、『僕』は悶々とする。
むしろ拙いほうが、彼女の懸命さが伝わってきた。
スライムでベトベトになったことが、いっそ誇らしい。肩の力を抜き、恋姫の健気なアプローチにすべてを委ねる。
「あとで髪も洗ってあげますね。でも前は自分でするんですよ? P君」
「わ、わかってるってば。……ありがとう、恋姫ちゃん」
嬉しいハプニングも今夜だけのこと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。