第77話

「ふーん? Pクンが桃香さんを誘ったんだ?」

「本当に仲がいいわね……ナナル、なんだか妬けちゃうわ」

 里緒奈や菜々留に踏みつけられてしまったが、桃香を交えての夕食は楽しかった。

 桃香は隣のアパートへ帰り、里緒奈たちは順番にお風呂へ入っていく。一方で『僕』はプール掃除のため、S女への隠し通路を通っていた。

 水曜と土曜は『僕』がプールを掃除するものと、教師たちも知っている。だから照明を全開にしても問題はなかった。

(菜々留ちゃんとのデートは水曜と土曜に移したほうがいいかな……)

 屋内のプールはすでに水が抜かれ、空っぽ。

 いつもなら魔法でちゃっちゃと清掃し、水を張りなおすところだが、今夜は恋姫を待たなくてはならなかった。

 美玖の言葉が小憎らしい。

『鵜呑みにしちゃだめよ? 恋姫。兄さんのことだから、気に入った部員を真夜中のプールに呼び出して……なぁんてことも』

 とはいえ、あながち外れてもいなかった。実際に『僕』はお風呂で里緒奈と、シャワー室で菜々留と、内緒の逢瀬を重ねている。

「――っと! 掃除、掃除」

 雑念を振り払い、できるところまで掃除を進めておく。

 全部『僕』ひとりで片づけては、恋姫が納得しないのはわかっていた。最後に磨くくらいの作業は残しておくことにして、召喚モンスターのスライムを放つ。

 スライムは分裂しつつ、うぞうぞと水槽の中を這いずりまわった。これで大体の汚れは分解できる。排水口などの狭い場所も完璧だ。

「さて……」

 掃除はスライムに任せ、『僕』は買ったばかりの水泳パンツを取り出す。

 里緒奈や菜々留とのデートでは入浴も兼ねているため、まだ使ったことがなかった。

 サイズがぴったりとは行かないものの、ぬいぐるみの身体でも一応は『穿いている』形になる。問題は、穿いたままで変身を解除できるか。

「よぉし。えいっ!」

 人間の姿に戻ると、同時に水泳パンツがくるぶしのほうまでスライドした。咄嗟に足を突っ込もうとするが、膝で引っ掛かり、プールサイドで尻餅をつく。

「あてて……でもこれなら、練習すれば……」

「……え」

 ところが、そんな『僕』の背後を誰かが取った。今夜ここに来るはずの女の子を思い出し、『僕』は真っ青になる。

「も、もしかして……恋姫ちゃん?」

 恐る恐る振り向くと、スクール水着にパーカーを羽織った格好の恋姫と目が合った。

 プール掃除のため、スクール水着を着てきたのはわかる。今夜は約束していたため、ここにいるのもわかる。

 一拍の間を置き、恋姫はプールに悲鳴を反響させた。

「だだっだ、だっ、誰ですか! ここは女子校ですよッ!」

「ちちちっち、違う! 僕だってば、僕!」

 大慌てで『僕』は身体の向きを変え、お尻であとずさる。

 水泳パンツが足に引っ掛かって、動きづらいのがいけなかった。動揺していたのもいけなかった。パオーンが彼女の視線を釘付けにする。

「きゃあああああーーーッ!」

 夜のプールでよかった。

 やっとのことで『僕』はぬいぐるみに変身し、説明を果たす。

「――というわけなんだ」

「ま、まさか人間の男の子だったなんて……驚かさないでください? もう……」

 恋姫はずっと赤面しっ放しだった。

 『僕』の正体を知るだけならまだしも、男性の裸を見てしまったのが、ショックだったらしい。『僕』のほうも恥ずかしくて、ぬいぐるみの身体を小さくする。

「だから水泳パンツがP君のお部屋にあったんですね」

「え? ……知ってたの?」

 恋姫の言葉に少しどきりとした。

「いつもプールでは裸で泳いでるのに、変だなあと思ったんです。ちゃんと穿けるのか、とか……あ、ごめんなさい。勝手にお部屋に入ったりして」

「ううん、いいよ。何か用事があったんでしょ」

「でも男の子に変身できるなら、水泳パンツがあっても納得です」

「そっちが本当の姿なんだけどね」

 水泳パンツがベッドから机に移動していたのは、気のせいではなかった。

 恋姫は水泳パンツに理由を認め、納得してくれている。ただし理解はそこまでで、ここから先は笑顔で眉を吊りあげた。

「つ・ま・り……女子校の水泳部で顧問をやってるのも、レンキたちにお仕事でスクール水着を着せたがるのも、そうですか……ふぅーん?」

「うぐっ。それは……その」

「大問題ですっ!」

 恋姫の人差し指が『僕』のオデコを陥没させる。

 もはや『僕』に弁解の余地などなかった。水泳部の顧問は認識阻害の都合だと、世界制服は予知の結果だと説明したところで、火に油を注ぐだけ。

「な、何でもするから、許してぇ~!」

「……言いましたね?」

 許しを乞うと、恋姫は不敵に微笑む。

「じゃあもう一回、男の子になってください。さっきはよく見れませんでしたので」

「え……僕のパオーンを?」

「顔ですっ!」

 もちろん今夜の『僕』に拒否権はなかった。不可抗力とはいえ、先ほどの丸出しを侘びたい気持ちもある。

「わっ、わざと見せましたね? ヘンタイ!」

「違うってば! 変身でずれちゃうんだよ、ほんと!」

 また変身時にパンツが脱げてしまったが。

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