第68話
S女でも『僕』は水泳部の顧問として、一心に指導に励む。最近はアイドル活動を優先して、不在がちだったため、コーチらしく挽回したいところ。
ゴールデンウィークが直前に迫る頃には、新戦力の一年生たちも馴染んできた。
「水温はもう少し上げといたほうがいいかな」
「相変わらず器用よね、兄さん。魔法に関しては」
水泳部の部員で『僕』の妹でもある美玖が、準備体操で四肢をほぐす。
妹は女性のため、男性の『僕』ほど魔法に制限は設けられていなかった。テレビゲームで見られるような攻撃魔法も操ることができる。
ただ、制御の面では『僕』のほうに一日の長があった。
プールの水を温かくするにしても、美玖では沸騰ないし蒸発させてしまうのが関の山。逆に慎重に徹すると、今度は時間が掛かりすぎる。
おかげで魔法に関して、妹は『僕』に一目置かざるを得なかった。
今日はアイドルの仕事がないため、里緒奈たちも水泳部の練習に参加。スクール水着の女の子たちが冷たいプールで、元気いっぱいに泳ぐ。
「ア~~~ッ!」
『僕』が放物線を描くのは、毎度のこと。
「今日の分のお仕置きよ。ふん」
美玖は華麗なアッパーカットを決めると、すたすたとプールサイドを出ていった。
里緒奈と菜々留がどざえもん寸前の『僕』を引っ張りあげてくれる。
「Pクンは指導してるだけなのにねー」
「美玖ちゃんはヤキモチ焼いてるのよ、きっと。だからPくんも気にしないで」
恋姫は腕組みのポーズでぬいぐるみの『僕』を見下ろした。
「その指導にかこつけて、女の子とベタベタするからです。少しは自重してください」
踏みつけられないだけ、今日はまだ優しい。
「着替えて帰ろ~」
「僕は職員室に用事あるから、先に帰っててよ」
里緒奈たちと別れ、野暮用のために『僕』は職員室へ。
ところがグラウンドを横切る途中で、陸上部の面々が困り果てている場面に遭遇。
「どうしたの?」
「あっ、P先生! ライン引きを片付けようとしたら、壊れちゃって……」
その言葉通り、ライン引きは車輪が外れ、ひっくり返っていた。よりによって中身を補充しようというタイミングだったのか、石灰も一袋が丸ごと溢れている。
生徒を石灰まみれで下校させるのも、可哀相だろう。
「これくらいなら、僕がおまじないで片付けておくよ。みんなは着替えておいでー」
「さっすがP先生! 今度お礼するね!」
『僕』は快く片付けを引き受け、ちゃっちゃと済ませることに。
魔法の力で石灰を回収すれば、わざわざ掃いて集める必要はなかった。外れた車輪もしっかりと嵌めなおしたうえで、倉庫へ放り込む。
ただし身体がずぶ濡れのせいで、『僕』が石灰まみれになってしまった。
「このまま寮に帰っても、廊下とか汚しちゃいそうだし……シャワー浴びて帰ろうっと」
とはいえ『僕』は水泳部。シャワーならアテがある。
先に職員室へ『明日に』と連絡を入れてから、プールへ戻る頃には、部員もひとり残らず帰っていた。顧問の『僕』は鍵でシャワー室を開け、その中で変身を解く。
ぬいぐるみの身体で全部落とすのは、手間取りそうだったので。
「うわ……ほんとに粉だらけだ、こりゃ」
この時間なら生徒がプールに来るはずもない。悠々と『僕』は裸でシャワーを浴びる。
「ふ~っ!」
疚しいことをしているつもりはなかった。石灰を落とす、それだけのこと。
だが、目を閉じていたのがいけなかったらしい。シャワーの音のせいで、扉が開いたことにも気付かなかった。
「Pくん、いるのぉ? Pく……」
背後から声を掛けられ、裸の『僕』はぎくりとする。
「ひっ? ま……まさか」
こわごわと振り向くと、そこには菜々留が立っていた。スクール水着にバスタオルを被せた格好で、まだ着替えてもいない。
「……………」
シャワーの音だけが『僕』と菜々留の間を通り過ぎていく。
そしてふたり一緒に大混乱。
「だだっだ、誰なの? あなた! Pくんはっ?」
「まま、待って! 僕! 僕だってば!」
大慌てで『僕』はぬいぐるみに変身し、身の潔白を証明した。
菜々留は目線を1メートルほど下げ、きょとんとする。
「……え? ぴ、Pくん……なの?」
「そ、そうだよ。その……実は、さっきのが本当の僕、なんだけど……」
もう誤魔化しようがなかった。
女子校の水泳部で顧問を務めているのも、アイドルにスクール水着やレオタードを着せるのも。人畜無害な妖精さんではなかったことを、これで暗に白状する。
「Pくん……さっきの姿、もう一回見せてくれないかしら」
「う、うん? いいよ」
再び『僕』は人間の姿となり、菜々留と対面した。腰の高さに仕切りがあるため、丸裸でも、ひとまず破廉恥な露出にはならないはず。
菜々留は目を見開いて、興味津々に男の子の『僕』を眺めた。
「すごぉい……! Pくん、ほんとはこんな顔だったのね。うん、うん……どことなく美玖ちゃんと似てるわ」
「ごめん。その……れっきとした男子で……」
「ふふっ、そうね。男の子なのに、女子校でシャワー使ったりしてぇ……」
女子校のシャワー室に、しかも裸でいることが、どんどん後ろめたくなってくる。
しかし菜々留は『僕』をからかうだけで、少しも怒らなかった。それどころか、隣の仕切りにバスタオルを掛け、同じシャワーの下へ入ってくる。
「ナナルも混ーぜてっ」
「ちょっ、菜々留ちゃん? こっちは裸……!」
『僕』は両手を股間に差し込んで、元気なゾウさんを必死に隠すほかなかった。
(タタ、タッ、タスケテー!)
女子校のシャワー室で、素っ裸で、おまけにスクール水着の女の子を連れ込んで。これが明るみになれば、明日の新聞で『僕』の名前が躍ることになる。
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