第63話

 そんなこんなで多忙な日々が過ぎ、木曜の夜になった。

「お風呂空いたわよぉ、Pくん」

「う、うん。すぐ入るから」

 緊張のせいで声が裏返りそうになる。

 月曜は結局、『僕』が夜も仕事に追われていたせいで、里緒奈と一緒にお風呂タイムとは行かなかった。だから今夜こそと、彼女には念を押されている。

(さすがに裸はまずいよね……でも水着も持ってないし)

 浴室の扉を閉め、人気がないのを充分に確認したうえで、『僕』は変身を解いた。ぬいぐるみの時は何でもない裸の感覚が、今夜は妙に後ろめたい。

 湯舟に浅めに浸かり、そわそわと彼女を待つ。

(き、期待するなよ? 僕。里緒奈ちゃんはそんなつもりじゃないんだぞ?)

 頭ではわかっていた。女子校育ちの里緒奈にとって、男子は単純に珍しいのだろう。しかもプロデューサーの正体がそうだった。

 面白半分に『僕』をからかう意図もあって、この秘密を共有している。

 それでもほかのメンバーには内緒で、男女のペアがお風呂でデート。プロデューサーとはいえまだ若い『僕』は、緊張せずにいられなかった。

 待つこと数分、脱衣所のほうに人影が現れる。

「Pクン、いるの?」

「えっ? あ……うん。どうぞ」

 その人物はパジャマを脱ぐと、それをタオル置き場の奥へ隠した。万が一菜々留や恋姫が脱衣所に入ってきても、バレないように、という行動らしい。

 そして扉を開け、浴室へ静かに足を踏み入れる。

「エヘヘ。お、ま、た、せ」

 今夜の里緒奈も水泳部用のスクール水着を一枚だけまとっていた。前のめりになった拍子にたわわな巨乳を弾ませ、一瞬のうちに『僕』の視線を釘付けにする。

「水着でデートっていうのも、面白いかもね?」

 どぎまぎしながら『僕』は目を逸らした。

「ぼ、僕は裸なんだけど……」

「あれ? そうだっけ」

 里緒奈は平然とお湯を浴び、同じ湯舟にスクール水着の身体を沈めてくる。 

「今日はちゃんと男の子のほうで背中、流してあげるね。Pクン」

「それはさすがに……その、まずいような……」

「んもう。嬉しいくせに~」

 先週のように、また背中に柔らかいものを押しつけられた。

 甘ったるい声色も『僕』を巧みに刺激する。

「ずっとお湯の中でお喋りしてたら、のぼせちゃうでしょ? リナオのサービスぅ」

「そ、それじゃ……お願いしようかな?」

 早くも『僕』は完敗していた。何もかも里緒奈のペースで、『僕』にできることといったら、せいぜい身体(の特に一部)を硬くすることだけ。

 それだけは見せないように、不自然な前屈みの体勢で湯舟を出る。

 やっとのことで腰を降ろすと、その後ろに里緒奈がまわり込んできた。華奢な手で『僕』専用のスポンジを取り、泡立てる。

「そんなに緊張しないでったら、Pクン。リオナ、プロデューサーのPクンをちゃんと労ってあげたいの」

「大したことはしてないよ? ぼ、僕なんて……」

「いいのっ。リオナがしてあげたいんだから」

 背中に優しくスポンジが擦れ始めた。自分では手の届かない中央のあたりから、ボディーソープの泡が広がっては垂れていく。

(これ……気持ちいいかも)

 背徳感にぶるっと震えつつ、『僕』は悦楽の一時に酔いしれた。

 アイドルがスクール水着の恰好で『僕』の背中を流してくれている――その至福のみならず、美玖よりも『妹』のような里緒奈と、甘い時間を共有できるのが嬉しい。

 むず痒いような、くすぐったいような。

 首筋や脇腹など、自分で洗えるところも丹念に磨いてもらう。

「男の子の身体って、こんななんだ? エヘヘ」

「後ろはあんまり……いやっ、なんでも」

 危うく『後ろは男も女も変わらない』と言ってしまうところだった。その流れで女子高生に『前』を説明することになったら、レッドカードは間違いない。

 幸い里緒奈は追及してこず、話題を変えてくれる。

「ねえPクン、お風呂以外で男の子に戻ることって、あるの?」

「あ、あるよ? パソコン使う時とか……」

「じゃあ今度はお部屋デートにする? でも話し声が聞こえちゃうかあ」

「うん。部屋はちょっと……」

 遠慮したつもりが、里緒奈のほうが一枚上手。

「やっぱりお風呂デートのほうがいいんだ? ふっうーん?」

「~~~ッ!」

 手玉に取られ、『僕』は赤面した。

 スポンジを脇に置き、里緒奈が背中に抱きついてくる。

「Pクンってば、ほんと面白ぉい!」

 濡れそぼったスクール水着が、ソープを絡めつつ『僕』を擦った。薄生地越しにはっきりと彼女の柔らかさも感じられ、鼓動が跳ねあがる。

「ちょちょっ、里緒奈ちゃん?」

「抱っこなら毎日してるでしょ? Pクン」 

 おそらく里緒奈には、これは行き過ぎたスキンシップだという自覚がなかった。無邪気な笑みを浮かべ、『僕』の胸やお腹にてのひらを這わせてくる。

「でも……なんだろ? ぬいぐるみのPクンを抱っこするより、気持ちいいかも……」

 しかも色っぽい吐息を『僕』の首筋に添えながら。

(うわあああ~ッ!)

 おかげで『僕』は大混乱に陥った。

 かろうじて自主規制はガードするものの、里緒奈のアプローチに成す術がない。巨乳らしい曲線の感触にも思考を遮られ、息をするだけがやっと。

 ところが『僕』も里緒奈も同時に固まった。

「里緒奈~! いるの?」

 脱衣所に恋姫が入ってきて、ふたりで肝を冷やす。

(ややっやばい! やばいよ、里緒奈ちゃん!)

(声出さないで! え、ええっと……!)

 咄嗟に『僕』は変身し、湯舟へダイブした。

 お湯の外には里緒奈だけが残り、スモークガラス越しに恋姫に答える。

「ど、どうかしたのぉ? 恋姫」

「お部屋にいなかったから……お風呂なら一番に入ってなかった?」

「か、髪洗うの忘れちゃって! ほんと、それだけ」

 スクール水着を着ていようと、シルエットは変わらないはず。

「じゃあ、あとでいいわ」

 恋姫はあっさりと引き返していった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る