第57話

 水泳部の一件ではプロデューサーとアイドルの間に亀裂が走りもしたが、週末には気持ちを切り替え、いよいよ新企画へ臨む。

 現地の学校まではシャイニー号でひとっ飛び。

 念のため『僕』は認識阻害の魔法を強化したうえで、校長たちと対面した。

「これはこれは、ようこそ! SHINYのみなさん」

 普段から顔を会わせるS女の生徒や、マーベラスプロのスタッフには、『ぬいぐるみの妖精』で通している。しかしこういった仕事先で会う分には、『人間のプロデューサー』と思い込ませることにしていた。

「僕のことはシャイPとお呼びください。あぁ、Pが敬称ですので」

「私、芸能界には疎いもので……ハハハ」

 認識阻害の魔法はばっちり効果を発揮している。

 撮影はまずセーラー服で一時間。それから体操着とチア服で一時間、スクール水着で一時間となった。スタッフにとっては休日出勤なので、なるべく早めに終わらせたい。

 そのあたりは里緒奈たちもプロとして、すでに腹を括っていた。

「始まったからには、もう文句は言いませんよ。この企画が終わったら、まとめてP君を半殺しにするかもしれませんが」

「え……いつもの死刑より優しい?」

「みんなで頑張ってこそのSHINYだものね。うふふっ」

 SHINYのメンバーは着替えを持って更衣室へ。

 その間に『僕』は撮影場所の教室にて、アンチムラムラフィールドを展開。

「シャイP! この天気、どうにかなりませんか? できれば外で撮りたいんスけど」

「体操着はグラウンドで撮影ってこと? その時になったら、おまじないで晴れ間を作るから、また言ってよ」

「やっぱシャイP、頼りになりますよ~」

 スタッフも認識阻害のため、『僕』のおまじない(魔法)に疑問は持たなかった。

 女児アニメでも見られるように、妖精さんが魔法を使うことは別に不思議ではない。だから最初に妖精さんを受け入れさせれば、あとは簡単だった。

 やがてSHINYのメンバーが教室に入ってくる。

「お待たせ、Pクン! どお? リオナのこれ」

「S女もセーラー服だから、あまり代わり映えがしない気もしませんか?」

「この制服、ナナルは可愛いと思うわ。リボンが大きくってぇ」

 さすが現役の女子高生、セーラー服はばっちり決まっていた。靴下は里緒奈が校則通りのもので、菜々留はニーソックス、恋姫は黒タイツとなっている。

「恋姫ちゃんのタイツはともかく、ナナルのニーソは校則違反じゃないの? Pくん」

「華やかさ優先ってことで、学校から許可はもらってるよ。うん、可愛い」

 正直に『僕』は感想を伝えるも、溜息がみっつ。

「はあ……Pクンに褒められてもねー」

「男の子だったら、それはそれで複雑な気もするけどぉ……」

「ぬいぐるみの分際でイケメンぶらないでください」

 やはりプールの件がまだ尾を引きずっているのかもしれない。

「そろそろ始めまーす!」

 時間もないため、撮影をスタートする。

 里緒奈や恋姫もモデル業には慣れたもので、緊張している節はなかった。まずは里緒奈が机に腰掛け、S字立ちに似たポーズを決める。

「……ん?」

 ところが――恋姫や菜々留もカメラ担当の『僕』を見るや、固まった。

「ど……どうしてP君がカメラなんですか?」

「そりゃあ……えぇと」

 スタッフには聞かせられないため、テレパシーを繋ぐ。

『アンチムラムラフィールドを張ってるからだよ。みんな、里緒奈ちゃんたちにムラムラはしないけど、そのせいで魅力を感じにくくもなってるんだ』

『それってつまり?』

『だから、この手の撮影には多少のムラムラも必要で……アンチムラムラフィールドに影響されない僕が、撮ろうかなって』

 恋姫がずかずかと歩み寄ってきて、ぬいぐるみの『僕』をふん捕まえた。

 そして教室の床にべしゃっと逆さまに叩きつける。

「P君がムラムラして、どーするんですかっ!」

「んばぶぅ?」

 突然のボディースラムにスタッフは唖然。とはいえSHINYにとっては毎度のことで、誰も心配してくれないのが恐ろしい。

 ただ、見学中の校長たちは青ざめていた。

「さ、昨今のアイドルは力持ちなんだねえ……大の男を軽々と……」

「え? 男って、誰のことです?」

 『僕』は痛みも忘れ、はっとする。

(まずいぞ! 早く仕事に戻らないと)

 マーベラスプロのスタッフと学校の関係者とで、認識阻害に齟齬が生じていた。スタッフは『僕』をぬいぐるみの妖精と、校長たちは人間の男性と思い込んでいるために。

「じっ時間も押してることだし、始めよう! あー忙しいナー」

 棒読みで誤魔化しつつ、強引に撮影を始める。

 里緒奈たちも『僕』がカメラを担当することを、渋々と受け入れてくれた。ただし撮影のあとを想像すると、怖い。

 ここは『僕』のテクニックで少しでもポイントを稼いでおくべきところ。

 アイドルたちのセーラー服姿にピントを合わせ、ベストショットを連発する。

「いいね、いいね! 里緒奈ちゃん、目線こっち~」

 だんだん調子も上がってきた。

 SHINYの前はHカップのグラビアモデルをプロデュースしていたおかげで、この手の撮影には慣れている。トークで被写体をリラックスさせることも忘れない。

「脚組み替えてー、そうそう! これはいい絵になるよ、絶対!」

「恋姫ちゃん、スカート丈をもっと……ギリギリ、ね?」

 里緒奈の次は菜々留、菜々留の次は恋姫と、枚数をこなしていく。

 もちろんペアのツーショットや、全員集合のショットも。

「うんうん! みんな、最高!」

「……………」

 一方で、アイドルたちは不服そうに眉根を寄せた。

「そんなカオじゃ撮影にならないぞー?」

「お仕事だから、リオナはいいけど……Pクン、ハッスルしすぎじゃない?」

 それでも、そこまではよかった。菜々留や恋姫も撮影そのものには協力的で、『僕』のオーダーにもてきぱきと応じてくれる。

 セーラー服を撮り尽くしたらグラウンドに出て、体操着の撮影へ。

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