第56話

 先ほどの指導にしても心のどこかで、ずぶ濡れのスクール水着や、火照ったフトモモの感触にウツツを抜かしそうになっている。

 だが、同じことを里緒奈や菜々留にできるのか。

「健全な部活動、なんでしょう? じゃあナナルにも教えて欲しいわ」

「レンキもお願いします。ど、う、ぞ? P君が手取り足取り、ご指導ください」

 恋姫からもおねだりされるも、脅迫にしか聞こえなかった。

 やれるものならやってみろ、と。

(ど……どうする? これ……)

 運命の選択だった。

 ここで引いたら、『僕』は水泳部の女の子にイタズラしていたと、認めることになる。

 かといって、里緒奈たちの股の下でピョンピョンするなど、命懸けの行為。

 ただ――今の『僕』は、完全な男性ではなかった。

身体が反応しないのだから、ムラムラするはずもない。女の子にとっても、クッションを下敷きにする程度のことだろう。それに妹の美玖は別として、菜々留や恋姫はそもそも『僕』が人間の男子という事実を知らない。

「……いいよ。誰から教えようか?」

 あえて強気に返すと、里緒奈たちのほうがうろたえた。この反撃は予想になかったらしい恋姫が、スクール水着(水泳部用)が一枚の我が身をかき抱き、あとずさる。

「ななっ、何考えてるんですか? P君!」

「何って、部活だよ? 三人とも、バタフライはあんまり練習してないじゃないか」

 『僕』たちの間で緊張が走った。

 しかし周囲の部員は意に介さず、面白半分に割り込んでくる。

「里緒奈もP先生に教えてもらいなよ! 最初のうちは恥ずかしくって抵抗あるかもだけど、どうせ女子だけだしー」

「むしろ妖精さんに教えてもらえるなんて、ラッキーだって! 今年の夏もS女の水泳部は勝つよ、絶対!」

 『僕』にとっては追い風、里緒奈たちにとっては向かい風が吹きまくった。この流れで彼女らが『僕』の指導を断れば、水泳部の活動に水を差すことにもなりかねない。

 恋姫は菜々留の背中に隠れつつも、悔しそうに唇を噛む。

「もしかして……この間の取引の件、まだ根に持ってるですか?」

「さあ? どーかなあ?」

 わざとらしく『僕』はとぼけてやった。

 こうなっては引きさがれないらしい里緒奈が、おずおずと前に出る。

「わ……わかったの。リオナ、Pクンに教えてもらうもん」

「そ、そう? じゃあ……」

 『僕』のほうも内心どきどきしてしまった。

 水泳部の皆が見守る中、里緒奈はうつ伏せになり、巨乳に体重を掛ける。そしてぬいぐるみの『僕』を跨ぎ、スクール水着のデルタを慎重に降ろした。

 薄生地越しに里緒奈の温もりが伝わってくる。

「こ……これでいい?」

 躊躇と羞恥を孕んだ声色も、『僕』の悪戯心をくすぐった。

「それじゃ、いっくぞ~! えい、えいっ!」

 ピョンピョンと跳ねまくり、里緒奈の下半身を半ば無理やりバタフライの波に乗せる。

「ひゃああっ? ちょ、揺らしすぎ……あふぅ? こら、Pクンってば!」

「集中して、集中! バタフライ、上手になりたいんでしょ?」

「やあぁああ~っ!」

 二十秒ほどで里緒奈は堪えきれず、身体を前へ逃がした。くたっと虚脱し、プールサイドで横たわりながら、息を切らせる。

「はあ、はぁ……ぴ、Pクンのバカぁ……」

 ぞくっと震えが来た。その理由は『僕』にもわからない。

 すでにバタフライを習得済みの部員たちは、里緒奈ちゃんをダメ出し。

「そんなにすぐヘバっちゃ、練習にならないよー? 里緒奈」

「次は誰? 菜々留が行くの?」

「……え?」

 急に矛先を向けられ、今度は菜々留が青ざめた。

 里緒奈の悶絶ぶりを見て、すっかり怖気づいたらしい。しかし背後の恋姫がしきりに押すせいで、後退もできない。

「ほ、ほら! 次は菜々留の番だって」

「押さないでったら、恋姫ちゃん……わ、わかったから……」

 それでも相手は所詮ぬいぐるみ、と踏ん切りをつけたのだろう。菜々留は深呼吸で胸を落ち着かせながら、さっきの里緒奈と同じように寝そべった。

「じ……じっとしててね? Pくん。動かないで……そ、そのまま……」

 大胆に脚を広げ、『僕』を跨ぐ。

 そう苦もなしに、菜々留のデルタも『僕』の頭にフィットした。あとは『僕』が小刻みにジャンプを繰り返して、彼女にバタフライの腰つきを指導するだけ。

「いくよ、菜々留ちゃん! よっ、よっと!」

「あくぅ? そ、そんないきなり……あっ? ま、待っへ?」

 奇襲じみたダンスに菜々留は赤面し、唇をわななかせた。呂律もまわらない調子で動揺しては、肩越しに振り返り、『僕』のジャンプに苦悶する。

「ひはっあはぁ?」

 ところが勢いをつけた拍子に、支点がずれてしまった。『僕』は顔の向きを変え、再び身体の芯で彼女のデルタを支えあげようとする。

 しかし息が合わず、菜々留のほうは姿勢を崩した。それでも。

「ま、まだよ? Pくん……こ、こうでしょ?」

「うぶうっ?」

 むちむちのフトモモで偶然にも『僕』を挟んで、拙いなりにバタフライの動きを再開する。ただ、バタフライのつもりでいるのは、本人だけのようで。

「んっく、はあ……だ、だんだんわかってきたわ……んふっ、こうね?」

 腰はそのまま、両脚で平泳ぎの動きを繰り返す。

 おかげで『僕』はフトモモで挟まれ、揉まれ、蹂躙されてしまった。とどめはスクール水着の股布に顔面を押しつけての、クラッチ。

「~~~ッ!」

 息ができず、危うく変身の魔法が解けそうになる。

 かろうじて妖精の姿を維持しながら、辛くも『僕』は圧力の波を抜け出した。

 菜々留も里緒奈の隣で突っ伏し、吐息を色めかせる。

「んはあ……! ちゃ、ちゃんとナナルも、へぁ、できたれしょ?」

 一方で、『僕』は逆さまにひっくり返っていた。

(し、死ぬかと……)

 この勝負は長引くと、『僕』のほうが不利かもしれない。

 しかし三人目のメンバーは、すでに部員たちによって拘束されていた。 

「最後は恋姫よ? ほらほら!」

「は、離してったら! レンキはもう負けでいいから……」

「アイドルが弱気なこと言って、どうすんのぉ?」

 嫌がる恋姫を数人掛かりで抱えあげ、『僕』の頭上まで運んでくる。

「P先生、あとはよろしく~」

「……エ? ちょ――」

 と制止する間もなかった。

 恋姫のボディプレスをもろに受け、ぬいぐるみの身体が平たくなるまでひしゃげる。

「んぶっびゃらぶ!」

 そしてバネのように弾んだ。

「ア~~~ッ!」

 恋姫の股座からすっぽ抜け、またもプールの中へ。

 向こうのプールサイドで美玖が呟いた。

「兄さんがアホで恥ずかしいわ……」

 ごもっともである。

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